コロナ選挙に陥った横浜市長選には別の『争点』があったはずだ 元市議が語る山中新市長の今後

現代ビジネスに8月27日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/86647

「コロナ対策批判」以外は

8月22日に投開票が行われた横浜市長選挙は、現職の林文子氏や、菅義偉首相の盟友である小此木八郎氏が惨敗。新人で立憲民主党など野党が支援した山中竹春氏が大差で初当選を果たした。

新型コロナウイルス対策が後手に回っていることなど菅政権への批判が噴出。国政への有権者の不満が市長選びに大きな影響を及ぼした。

だが、人口378万人を抱える日本最大の基礎的自治体である横浜市は、急速に進む高齢化など深刻な構造問題を抱える。そうした横浜市の課題はほとんど議論されることなく新市長が決まった。

横浜市の実情や自治体首長の選挙のあり方について、横浜市議会議員を10年務め、前回の市長選にも立候補した伊藤大貴・Public dots & Company代表取締役CEOに聞いた。

空前の乱戦のはずが

ーー今回の市長選をどうご覧になりましたか。国政への批判がいわば争点になった感じで、自治体首長の選挙としてこれで良いのかと感じたのですが。

伊藤 その通りですね。自民党政権の新型コロナ対策がチグハグであることは間違いありませんし、それに市民が怒っているのも当然ですが、国政の「政局」が市長選に持ち込まれる形になりました。新型コロナ対策は国から都道府県に下りてくる話がほとんどで、市長の力ではどうにもならない点も多いのですが、それが市長を選ぶいわば「争点」になったのです。

当初争点だったカジノを含むIR(統合型リゾート)への賛否は、横浜の問題として重要でしたが、横浜のリーダーを選ぶイシュー(課題)の提起が十分に行われなかったと感じています。

ーー史上最多の8人が立候補しました。

伊藤 現職の林さん、現職の大臣を辞めて立候補した小此木さん、元神奈川県知事で現職の参議院議員を辞めて出た松沢成文さん、元長野県知事で作家の田中康夫さん、横浜選出だった元衆議院議員福田峰之さんなど錚々たる方々が立候補し、これも横浜市のパワーだと感じました。

小此木さんは面識はありませんが、立候補を決めた姿勢を見て、相当な覚悟だと感じましたし、落選して政界引退を表明されたそうですので、純粋に地元横浜の事を考えていたのかな、とも思います。

田中康夫さんが立候補したのは驚きましたが、現職や与党候補に入れたくない人で、かと言って国政与党の色が強い人も嫌だという有権者の受け皿になったのではないか。予想された以上に得票が増えた理由はそこにあると思います。個人的に面識もある福田さんが掲げた政策は、DX(デジタル・トランスフォーメーション)やエネルギー問題など面白い提言だと思いましたが、組織の支持がない中での選挙戦は大変だったようです。

ーーそんな中、山中氏が50万6300票と、2位の小此木氏の32万5000票に圧倒的な差を付けて当選しました。菅内閣の新型コロナ対策に怒っている市民にとって、「新型コロナの専門家」といった位置づけも効いたようです。

伊藤 そうなんです。山中さんの経歴を見るとピカピカですが、データサイエンティストとして医療データの専門家で、新型コロナウイルスの専門家というのは少し違うのではと感じました。

このあたり、9月議会で圧倒的多数を握る自民党などから相当突っ込まれるのではないでしょうか。投票した市民に対しても、例えば来年の春くらいまでに、「これまでの市長とは違う新型コロナ対策を行って成果を上げた」という何らかの実績を作らないと、市民の支持が離れてしまうと思います。9月議会は長いので、新市長は大変だと思います。

ここ数年で自民党の若手議員が育ち、「論客」も増えていますので、論戦に耐えられるかどうか。その上で、新市長が考える施策を打ち出して、議会に同意させられるかどうかが焦点です。

横浜の財政・構造問題に対処できるか

ーー山中氏の選挙公約を見て驚いたのが、真っ先に掲げられていたのが、「敬老パス自己負担ゼロ」でした。

伊藤 これも議会では槍玉にあげられるのではないでしょうか。敬老パスは敬老特別乗車証といって市営地下鉄やバスに加え市内の民間交通機関も無料で使えるパスで、数年前に有料にした事で高齢者などの批判があるのは事実です。

しかし有料化といっても非課税世帯の人は年間3000円、市民税の課税所得が700万円以上で2万500円、月1700円です。このパスのコストは確か3万円以上かかっていて、差額は市の財政から支出します。無料化するとその分、財政支出は増えますので、その財源をどうするのかが問題になります。

ーー横浜市の財政は問題なのですか。

伊藤 日本全国の自治体でこれまで財政再建団体になったのは夕張市だけですが、最近、京都市財政再建団体寸前だという話が出て話題になりました。財政再建団体に指定されると地方債を発行する際に許認可が必要になり、事業の縮小整理などが進められます。押し並べて政令指定都市の財政状態は厳しいのですが、横浜市も構造問題を抱えていて今後、急速に財政ひっ迫が進みます。本当は、財政問題が選挙の焦点になるべきなのですが、選挙に馴染まないというか、関心をなかなか持たれません。

ーー横浜の構造問題とはどういう事ですか。

伊藤 横浜中心部は戦後長く米軍に接収されていたためもともとあった企業が東京などに流出しました。このため、法人住民税の税収割合が歴史的に少ないのです。

一方で高度経済成長期に入ると東京のベッドタウン化が一気に進んだため、昭和40年(1965年)代に人口が急増。その頃、郊外型団地や小中学校が一斉に建築されたため、50年以上が経って人口の高齢化、インフラ設備の老朽化が一気に進んでいます。

インフラの建て替えに資金が必要なのですが、高齢化で税収の伸びは見込めません。法人が少ないため、個人住民税への依存度が高いのに、そこが減り、しかも高齢化で福祉予算の増額などが必要になっています。

例えば、財政を立て直すために、市営バスの統廃合に手を付けようとしても、住宅開発が一気に行われた結果、丘の中腹など傾斜地に建っている住宅が少なくないため、交通不便地域が極めて多いので、統廃合すると高齢者の足が無くなるという問題に直面します。誰がやっても答えが出ない問題が横浜市には山積しています。

できることは何か

ーーでは、山中新市長は大変ですね。

伊藤 もともと前任の林市長も民主党支援で当選したものの、徐々に議会多数派の自民党に取り込まれる形になっていきました。山中市長も現実的にはそうなると思います。ただ、その際に掲げた公約のうち、議会との妥協の中で諦めなければならないものが出てきます。それを立憲民主党の市会議員が許すかどうか、という問題は別にあります。

ーーIR反対はどうなるのでしょう。

伊藤 そこは変わらないと思います。自民党議員の中にも反対派はいます。まずは山中市長が4人いる副市長の人事を行うと思うのですが、2人はIRの推進を担ってきた人たちなので、変えざるを得ないのではないでしょうか。

ーー新型コロナ対策は横浜市として何かできることがあるのでしょうか。

伊藤 山中さんが何を具体的に打ち出すのか。データを駆使してということですが、どんなデータがあればどんな政策ができるのか、まだ具体的に説明していません。

実は、横浜市には新型インフルエンザが発生したのをきっかけに2015年4月に作った「横浜市業務継続計画(BCP)【新型インフルエンザ等編】」というものがあります。非常時に横浜市として何をやるか、通常業務を一部停止してその人材を新型インフル対策にシフトすることなどが想定されているのです。

ところが、市の幹部職員に聞いてみたところ、今回はこのBCPプランを発動していないというのです。何のために作ったのでしょうか。今は、明らかに市役所の人員資源が不足しているわけですから、まさにBCPプラン発動の時だと思うのですが。

ーー伊藤さんは前回、市長選に出て落選したのち、政界からは足を洗ったとおっしゃっていますが、会社を起こされて自治体へのアドバイス業務などを行い、成功されています。日本の自治体の抱える問題についてどう見ていますか。

伊藤 今は自治体のDX化のお手伝いなどが多いのですが、まだまだ自治体の仕事に民間が関わる余地がたくさんあります。これまで地方の「公」の部門は非効率で、そこを効率化するだけで日本はまだまだ変われるというのが私の信念です。人口減少や財政危機に直面する中で、自治体の役割をゼロベースから見直すことが求められています。これまでの仕事の仕方を前提にするのではなく、役所は何をどこまでやるのか、どこまでが民間に任せられることなのか。それを一から考え直すのです。

すでにそうした地方の自治体は出始めていますが、こうした流れが一気に広がっていくと思います。そんなお手伝いをしたいと思っています。市長選から4年経って、ようやく政治色が消えたかな、と感じています(笑)。