経団連提言「Society5.0時代を切り拓く人材の育成」

 先週金曜日に発表されておりましたので読んでみました。副題は「―企業と働き手の成長に向けて―」となっておりますな。こちらで全文がお読みになれます。
https://www.keidanren.or.jp/policy/2020/021_honbun.pdf
 まず第1章は「企業と働き手をめぐる現状と課題」で、現状については「グローバル化やデジタル化の進展により、企業の経営環境は、厳しさと複雑さを増している。…人材の採用・育成には時間と費用を要する。加えて、スキルが陳腐化するスピードが早い」「働き手の意識や就労ニーズは大きく変化している。…多様な人材の活躍が進むにつれて、個人のキャリア観も多様になってきている。特に、若年・中堅層を中心に、仕事を通じて社会課題の解決に貢献しながら、自身の成長を実感・実現することを重視する人材が増えている」と述べています。その上で、課題として「前例主義的な意識や内向きの組織文化の変革」「会社主導による受け身のキャリア形成からの転換」「デジタル革新を担える能力の向上」の3点があげられています。
 続く第2章は「Society5.0を実現する人材の育成」となっており、「エンプロイアビリティ」というまことになつかしい語が登場するのに加えて、企業サイドが従業員を雇用できる能力としての「エンプロイメンタビリティ」という語を担ぎ出してきて、労使ともにこれらの向上に取り組むべきだと主張していて、それが「企業と働き手の成長」なのだと、まあそういうストーリーのようです。取組事項としては「意識と組織文化の変革」「自律的なキャリア形成の支援」「デジタル革新を担える能力開発」のまたしても3点が柱とされています。
 そして第3章は「学びと成長を促す環境整備」となっていて、「有益な情報の提供」「経済的な支援」「評価と処遇」「学びと成長のための時間の確保」「学び合うプラットフォームの整備」「エンゲージメントの把握と改善」「HR Techの活用」の7つがあげられています。
 そこで具体的な施策ですが、本文に続いて20社の企業事例があげられていてページ数も本文より多く、まあこれは旧日経連時代からよくある話ですが(かの『新時代の「日本的経営」もそうだった)、先進事例を収集してそれを追認的に整理したものとなっているようです。
 したがってお題目はなかなかに勇ましいのですが具体的な中身はといえばかなり拍子抜けであり、たとえば「2020年版経労委報告」その他であれだけジョブ型ジョブ型と連呼したわりにはその話はまったく出てきません。あるいは「はじめに」で「「人生100年時代」の到来により、職業人生が長期化し、キャリア・トランジションを経験する働き手が増えていく」と問題提起しているのに、最近話題の「65歳以降の就業」については本文でも事例でも一切言及されていません。また、第2章では「デジタル分野などにおいて、高い専門能力と成果を評価して、処遇することが適した職種が増えている。こうした職種に就く人材は、比較的流動性が高く、世界的に人材獲得競争が激化し、日本企業が求める人材を確保できない状況も起きている。こうしたことを背景に初任給から高額な報酬を設定する企業も出てきている」と書いているのですが、初任給どころか賃金に関する言及は本文ではここだけですし、企業事例も話題になったNTTデータ(ADP制度)の1例のみです。これに関しては第3章にも「評価と処遇」という項目があるのですが、「社員の「学ぶ姿勢」や「部下・後輩の育成」を適正に評価し、処遇へ反映することが重要」「どのように評価し、処遇へ反映するかは、人事処遇制度や人材育成方針などを踏まえて、労働組合等と議論しながら検討していくことが求められる」と書かれているだけです。なにこれ
 第1章で柱のひとつとされた「会社主導による受け身のキャリア形成からの転換」は私としては大いに注目するところなのですが、第2章の「自律的なキャリア形成の支援」を見てみますと、はじめに意識改革の話があり、次に「社員の意向を踏まえた人事異動の実施」が来るのですが、まずは「企業は、「組織の要員管理」と「社員の選択」とのバランスをとりながら、適材適所を実現していく必要」を確認したうえで「自己申告などによりキャリアビジョンを確認」「異動できる範囲・期間を柔軟に」「本人の意向を踏まえた選択制の異動」、具体的には「社内公募制度や国内外留学制度」「グループ企業や他企業等への出向制度」「フリーエージェント制度」「社内インターンシップ制度」などをあげていて、あれだなこれ人事権を手放すつもりはさらさらないな。まあもちろんそれが悪いということもまったくないわけであって、2020年版経労委報告でも「「メンバーシップ型社員」を中心に据えながら」と書かれているのとも整合的です。さらに続けて「効果的なOJTに向けたコミュニケーションの充実」として「業務経験を通じて社員の成長を促すOJTは、今後も人材育成の中心的施策」と書かれているので内部育成・内部昇進をやめるつもりもないらしい。具体的な施策も「定期的な目標管理面談」「数週間おきに仕事の進め方や課題について1on1ミーティング」「メンター制度」そして「管理職層のマネジメントスキルの向上」で、まあ「自律的なキャリア形成の支援」にならないたあ言いませんがしかし迫力には著しく欠けるよなと。
 ということで、まあこれが経団連主要企業の実情というか本音ということなのでしょう。もちろん新しい施策でまだ結果が出ておらず評価も難しいということで紹介を避けた企業もあろうかとは思いますが、やはり長期雇用基軸で行こうという姿勢は鮮明なように思われ威勢のいい会長さんとの温度差は相当にありそうだと邪推をめぐらす私。ちなみに日立製作所さんの事例もあるのですがほぼ全面的にeラーニング含むHRテックの活用の話ですし。