弁護士人気の凋落続く--司法試験合格者数が7年連続で減少 法曹界は国と共に衰退の道を選ぶ?

現代ビジネスに9月17日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

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歯止めかからず

今年も司法試験の合格者減少に歯止めがかからなかった。

法務省が9月6日に発表した2022年の合格者は1403人と、前年の1421人を下回り、7年連続の減少となった。さらに深刻なのは出願者数の減少で、新司法試験に完全移行した2012年以降で過去最低の人数を更新、3367人と2011年の1万1891人の3分の1近くに落ち込んだ。弁護士や検事、裁判官といった「法曹界」を目指す人が激減し続けているのだ。

弁護士といえば医者と並んで花形職業だったはずだが、なぜ、弁護士を目指す人の減少が止まらないのか。司法試験や公認会計士試験など資格取得の予備校関係者は「よほど勉強してもまず合格できないからと初めから諦めてしまう学生が多い」と語る。

合格率だけを見ると今年は45.5%で、10%を下回る公認会計士試験などに比べて難易度は低いように見える。しかし、それは受験者数が大きく減っているためで、実態を表していないというのだ。

現在の司法試験制度では、大学の学部を卒業した後、2年間、法科大学院に通ってから司法試験を受けることになっている。その費用は最低でも200万円はかかる。もともと政府が進めた司法制度改革では、法科大学院を出た学生の大半が司法試験に合格する想定だった。

政府は司法試験合格者を年間3000人程度まで増やす目標を掲げ、実際、2008年から2013年までは毎年2000人を超える合格者を出していた。

規制緩和を進めることで、行政がそれまでの官による事前指導型から事後チェック型に変わるとされ、官に代わって法規制を担う法曹人が大量に必要な社会になるという考えが背景にあった。

ところが、2000年に2万688人だった法曹3者(弁護士、検事、裁判官)の人口は2009年に3万1441人と3万人を突破、2015年には4万人を超えた。急激に資格者が増えたことで弁護士業界の競争が激化し、収入が落ち込む人が出るなど、弁護士過剰を是正するよう求める声が噴出。政府は2015年に合格者数の目標を1500人に半減させ、それにつれて司法試験の合格者数も減っていった。

色あせる法科大学院

その結果、法科大学院に進んでも司法試験に合格できない学生が急増、法科大学院人気も一気に色あせたのだ。

現在でも、法科大学院を出た学生の合格率が50%に達しないところが少なくない。

2022年にトップだった京都大学法科大学院で合格率が68%、東京大学法科大学院が57%に過ぎず、早稲田大学法科大学院は45%、中央大学法科大学院は26%といった状態だ。ひとりも合格者を出せなかった法科大学院も23校に及んでいる。

つまり、法科大学院できちんと勉強すれば法曹界に進めるという「設計」自体が破綻しているのだ。

一方、経済的に法科大学院に進めない学生を救済する目的で設けられた「予備試験」の受験者が急増。こちらは年齢制限がなく大学卒業資格も不要なため、2021年秋の試験には1万4317人が出願した。こちらの合格者は467人で、合格率は3.99%。猛烈な狭き門であることを如実に示している。

簡単には受からない試験を学生が敬遠していることが司法試験人気凋落の大きな理由というわけだ。

「まだ多過ぎる」と騒ぐ法曹業界

合格者は、政府の新たな目標である1500人を、3年連続で下回っている。それでも弁護士業界からは、「まだ多過ぎる」という声が上がっている。

合格発表当日の9月6日、札幌弁護士会は「司法試験合格者数を直ちに減員することを求める会長声明」を出した。合格率が大きく上昇しているのは、政府の目標である1500人に「過剰に配慮したとの懸念が生じ」るとし、「『輩出される法曹の質の確保』という留意事項に照らしても、極めて問題であると言わざるを得ません」と述べている。つまり、合格率が上がって難易度が下がれば弁護士の質が下がる、といっているのだ。

また、裁判所の民事事件の新受件数が2009年をピークに減り続けていることを挙げ、「人口減少に伴い減少する法的需要よりも多くの法的需要が喚起されると判断すべき客観的かつ明確な根拠は見当たりません」としている。仕事が減るのに弁護士を増やすとは何事か、というわけだ。会長声明は「そこで当会は、引き続き政府に対し、司法試験合格者をさらに減員するよう強く求めます」と結ばれている。

もちろん、弁護士業界にも様々な意見がある。弁護士の活動領域が従来の裁判や紛争解決だけでなく、様々な契約行為や事業活動の場面に広がっていること、法律事務所だけでなく、企業内などで活躍する弁護士が増えていることなどを指摘、安易に合格者を減らすべきではない、という意見もある。

実際、日本弁護士連合会は2022年3月にまとめた「法曹人口政策に関する当面の対処方針」で、「現時点において、司法試験の合格者数に関して、更なる減員を提言しなければならない状況にはない」としている。

だが、その日弁連も毎年発行する『弁護士白書』では、「弁護士人口の将来予測(シミュレーション)」を掲げ、毎年1500人の合格者を出し続けると、2048年まで弁護士数が増え続けると予測。一方で日本の人口は減少していくため、弁護士1人あたりの国民数は2020年の2994人から2038年には1898人、2048年には1610人となり、どんどんマーケットが縮小していくというデータを示している。

危機感はあるのか

しかし、本当に、試験を難しくすれば有能な法曹人が増えていくのだろうか。

司法制度改革で法科大学院を作った背景には、法学部の学生だけでなく、様々な学部から法曹に進めるようにすることで、より幅広い知見を持った法曹人を作ろうという狙いがあった。世の中が複雑化、専門化する中で、多様な人材を法曹界に迎えなければ対応できなくなるという危機感もあったのだ。

にもかかわらず、現状主流を占めている議論は、人口が減りマーケットが縮小する中で、司法試験に合格した人が法曹の仕事で十分な収入を得られるようにするには合格者を減らすべきだ、というものだ。資格を取りさえすれば食べていける「ギルド」の発想と言っていい。

資格試験はあくまで「入り口」で、その後は専門家として競争の中で切磋琢磨していく、優秀な人だけが生き残り、そうでない人は法曹以外の仕事に就くのが当たり前という米国などの発想とは真逆なのだ。

日本の法曹界は、人口が減り、経済も縮んでいく中で、競争を避け、自分たちが生きていける職域だけを守り続けていくことで十分だと思っているのだろうか。多くの若者たちが日本で弁護士になることに魅力を感じなくなっているという事実に、法曹界はもっと危機感を抱くべきではないか。