phaの日記

パーティーは終わった

面白かった本2020



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毎年まとめているコーナー、もう7年目です。


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2020年は少し前の小説とかを多く読んでいて最近のをそんなに読んでなかったかもしれない。大体12冊くらいを紹介しようと思います。それでは行きます。

武田砂鉄/大石トロンボ/山下賢二/小国貴司/Z/佐藤晋/馬場幸治/島田潤一郎/横須賀拓『ブックオフ大学ぶらぶら学部』

書店主、古書店主、ライター、せどらーなど、さまざまな立場のブックオフ好きの人たちが、それぞれのブックオフについての思い入れを語った本。読むと、ゼロ年代くらいの頃、ブックオフに行くのは本当にわくわくして楽しかったな、という気分を思い出してしまう。今でもそれなりに楽しいけど、あの頃ほどではないんだよな。まあ今でも3日に一度くらいは行ってるんですが……。
そんなにワクワクしなくなった理由は、ブックオフが当時に比べてちゃんとした値付けをするようになったからというのがあるだろう。昔はもっと雑な値付けで、宝探し感が今より強かった。商売としては今のほうがマトモなんだろうとは思う。
どの文章もとてもいいのだけど、そのあたりの値付けなどの事情について、せどらー視点から解説した「ブックオフとせどらーはいかにして共倒れしたか~せどらー視点から見るブックオフ・クロニクル」が個人的に一番面白かった。僕も無職になってからしばらくはせどりをやってたのでわかる話だらけだ。単Cとかビームとか。
昔はブックオフの棚をざっと見ると、一瞬でいい本があるかどうかがなんとなくわかった(気がした)のだけど、今は棚を前にしてもよくわかんなくなってしまった。棚のスキャン力がすっかり落ちてしまったな。

「ブックオフって、やっぱり時間を超えたものに出会える場所なんですよ。昭和のものにも出会えるし、平成のものにも出会えるし、令和のものにも出会える。その面白さがいちばんの魅力じゃないですかね」

――山下賢二(ホホホ座)

大原扁理『いま、台湾で隠居してます』

東京の郊外で週2日だけ働いて隠居生活を送っていた大原くんが台湾に引っ越したという話は知っていたのだけど、どんな生活をしているのだろうと見てみたら、台湾でもあまり変わらない隠居生活をしていてすごくよかった。台湾らしいことは特にしない、人と会わない静かな生活をわざわざ台湾でやっているというのがいい。海外生活というのはいろいろ大変じゃないか、と思うけれど、この本を読むと意外とハードルが低そう、という気持ちになる。むしろ日本よりゆっくり暮らせるのでは、と思えてくるくらい。
同じく海外で自分の地道な生活を追求している本として、香山哲『ベルリンうわの空』が好きな人ならこの本も好きだと思う。

ebookjapan.yahoo.co.jp


能町みね子『結婚の奴』

一般的な恋愛や結婚に違和感や反感を持ちながらも、性的対象ではない人と「結婚(仮)」をするという話。結婚って、生活とか財産とか子育てとか性的関係とか、いろいろな要素が複合しすぎているので、それを分解して一部分だけ活用するというのはありだと思う。人生の全てを共にするわけじゃないけど、ある程度生活を共有するパートナー的な人というのはいていい。
僕も普通に恋愛して結婚をするというのにしっくりこない人間なので、共感するところが多かった。本当に切実なことだけを書いてある感じでよかった。

春日武彦『鬱屈精神科医、占いにすがる』

私小説のようなエッセイのような曖昧な感じで、特に大した事件は起こらず、春日先生がひたすら自分の中を掘ってるだけなんだけど、すごく面白くて好みの本だった。ひたすら内向的なのがいい。還暦を超えてそれなりに偉くなっても、もう亡くなった母親との関係にこだわっていたり、自分の顔について気にし続けていたりするものなんだな。一生悩んでいくしかないのか。

たみふる『付き合ってあげてもいいかな』

大学生の女性と女性の恋愛の漫画。いわゆる「百合」みたいなのはあまり手を出さないのだけど、たまたま読んだこれはよかった。
好きだとか嫌いとかそういう感情のやりとりや変化が丁寧に描かれていてよい。女同士の恋愛の話ということで、男女間の恋愛よりも性差とか社会的位置づけとかがない分、恋愛というものが純粋に描かれている気がする。大学生という何も背負ってない立場なので、ややこしいことを考えずに恋愛を純粋に考えられるところもいい。歳を取ると社会のこととか人生のこととか、男女だったら法律婚するかとか子供を作るかどうかとか、いろいろ考えることが増えてきちゃうからな。

urasunday.com


長田悠幸・町田一八『SHIORI EXPERIENCE ジミなわたしとヘンなおじさん』

地味で変な女教師にジミヘンの霊が取り付いてバンドを始めるという、設定だけ聞くとと出落ちみたいな漫画だけど、すごく面白いので読んでほしい……。略称シオエク。霊は『ヒカルの碁』で言う藤原佐為的なポジションなので、メインで動くのは生きてる人間たち。ジミヘン以外にも27歳で死んだロックミュージシャンの霊がたくさん出てくる。
ストーリーは、人生に挫折したり迷ったりしている人が、音楽や仲間をきっかけに、迷いを晴らして前向きになる、という王道的なエピソードなのだけど、絵も話もキャラも異常にクオリティが高くて、どのエピソードを読んでもアツくて涙が出てしまう……。
カート・コバーンの霊のエピソードがニルヴァーナが好きな僕としてはたまらなかった。カートがあんなに嫌いだったあの曲があんなことに……。




絲山秋子『イッツ・オンリー・トーク』

絲山秋子さんの小説はこれまで読んだことなかったんだけど、初めて読んだこの本はめちゃめちゃ気に入って何回も読み返した。デビュー作のこの作品から始めて、他の作品も少しずつ読んでいっている。
蒲田に引っ越した女性がいろんな男とセックスをしたりしなかったりする話。セックスをあまり特別視していなくてカジュアルなところがいい。文体は湿っぽくなくて簡潔で美しい。出てくる男性は全員いいのだけど、中でも「痴漢」氏が好き。

アガサ・クリスティ『春にして君を離れ』

自分は良き妻で良き母としてずっとふるまってきた、と思っていた女性が、実はそうではなかったかもしれない、ということに気づいていく話。
アガサ・クリスティの作品を読むのは初めてで、70年くらい前の本だしそんなに期待していなかったのだけど、内容は全く古く感じなくて、とてもよかった。冒頭から引き込まれる展開で、そのあとも語りの上手さでするすると読まされて、最後までずっと面白かった。
いわゆるミステリではない。人が死んだり明らかな謎があるわけじゃない。でも隠されていた真相が徐々に明らかになるというのはミステリ的なのかもしれない。そのあたりの語り方がすごく上手い。ほぼ回想だけで進められているのに、こんなに面白いというのもすごい。
読んでいると自分の家族のことを思い出してしまった。あれは普遍的なものだったのか。

三宅香帆『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』

有名な名作小説の楽しみ方を教えてくれる本。慣れてないジャンルのものって、一人で入門するよりも先達に解説してもらったほうが楽しめるもので、よいガイド役になる本だと思う。紹介されている20冊中読んだことがあるのは9冊だったけど、あとの11冊についてもなんとなく読んだような気になった。
ヘミングウェイ『老人と海』の解説で、小説は、映画よりも漫画よりも自然をリアルに生々しく感じることができるメディアだ、という話があって、それは考えたことがなかったので意外だった。確かにそうかもしれない。

最果タヒ(文)及川賢治(絵)『ここは』

ここは

ここは

Amazon

最果タヒ初の絵本。
最果タヒさんの書くものにはいつも、宇宙から人類全体を俯瞰するような視点と人類の個々の営みへの慈しみが両立していると思うのだけど、この絵本もまさにそんな本質的な本だった。動きがないのに視点ががんがん動いていくのがサイケ。自我も世界認識もまだぜんぜん固まってない5歳児くらいになってこの本を読みたい、と思った。

阿波野巧也『ビギナーズラック』

歌集。短歌を読むとやっぱり落ち着くな……。舞台が僕が学生時代を過ごした京大近辺だというのもあって馴染み深い。
まだ最後まで読んでないけど、いいなと思った歌。

ぼくもあなたも大人になって生活のあちらこちらで見つけるさなぎ

「さなぎ」がいい。実際はさなぎなんて見つけないんだけど、日常の裏側に潜んでいる不穏さの象徴って感じで。

雨の降りはじめが木々を鳴らすのを見上げる 熱があるかもしれない

なんかこういうのを見ると若いな! 若いっていいな!という気になってしまう。こういう感性はもう自分から失われてしまったな。

モノレールが夜景を開く この町と知らない町の緩い連続

視界を表す歌にいいのが多いなと思った。「コカ・コーラを瓶からついでくれるときぼくの視界はゆっくり縮む」など。

冬と春まじわりあって少しずつ暮らしのなかで捨ててゆく紙

「紙」がいい。そうなんだけど言われないと意識しない部分。

永遠のような始発を待つ春の、羽生善治のことを話した

「しはつ」「はる」「はぶ」「よしはる」「はなした」という「は」音の繰り返しが口に出すと気持ちいい。同音の繰り返しには催眠性がある。こんな情景は体験していないのだけど、なんだか体験したような気になってしまう。

樋口由紀子『金曜日の川柳』

いろんな川柳を紹介した本。川柳ってよく知らなかったけど、575で俳句と同じ形式なのに俳句との違いは確かに感じる。俳句が「AとB」を並べるものだとしたら、川柳は「Aは〇〇だった」で終わるみたいな感じ? なんかぬけぬけとして掴みどころなく投げ出されている感じが結構好きかもしれない。
川柳は俳句に比べて情報が圧縮されてなくてそのままで(俳句の季語や切れは圧縮の技法なのだろう)、想像させる部分が少なく全部説明されていて、その上で残る不思議な感覚がある、という感じがした。帯の「どうして、こんなことをわざわざ書くんだろう。」というフレーズがよい。

いっせいに桜が咲いている ひどい   松木秀

楽しいに決まっているさ曲がり角  髙瀬霜石

世界からサランラップが剥がせない  川合大祐



最後に、まだ冒頭のほうしか読んでないのでちゃんと紹介できないけど、これは絶対おもしろいだろうという本も簡単に載せておきます。

幻覚剤は子供の頃に世界を見ていた視点を取り戻させてくれるとかいう話。漢詩とエッセイの組み合わせ。前作に引き続き、エッセイが異常に上手い。短歌界を揺るがした永井祐8年ぶりの第二歌集。



2020年の本はこんなところで。2021年もたくさん面白い本が読めますように。