イスラエルで驚異的なスピードで新型コロナウイルスワクチンの接種が進んでいる。昨年12月19日にベンヤミン・ネタニヤフ首相自身が最初に接種を受けて以来、新年1月1日までに100万人が接種した。イスラエルの総人口が930万なので既に1割以上の人口への接種が終わっている。


現在では日に15万人のペースで接種が進んでいるという。2カ月間ですべての国民が接種を終える計算になる。ワクチンの効果を高めるためには、一定の間隔を空けての2回目の接種が望ましいとされている。もし1日15万人への接種というペースがもっと上がれば、3カ月もあれば、全国民への2回目の接種も完了するだろう。途方もないスピード記録である。イスラエルの医療水準の高さと政府の迅速な対応に強い印象を受ける。ネタニヤフ首相の指導力に賞讃が集まるだろう。


このスピードの背景には、どこの国も認可していない段階でのファイザー・バイオンテックのワクチンの大量発注があった。ファイザーのCEOのアルバート・ブーラがユダヤ系のギリシア人であるのも、ユダヤ人国家イスラエルのワクチンの優先的な確保と関連しているのだろうか。ネタニヤフ自身が、2人の間の新しい友情がイスラエルのためのワクチンの確保に貢献した旨を発言している。どういう条件でイスラエルが大量のワクチンを購入したのかは、公表されていない。かなり高価な価格で購入したのではと、推測されている。


迅速なワクチンの接種の背景として重要な要素は、もちろん政治的な日程である。というのは3月下旬にイスラエルでは総選挙が予定されているからである。過去4年間で実に4回目の総選挙となる。ネタニヤフ首相は、その政治生命を懸けて、この選挙に挑むことになる。現在、複数の汚職疑惑の最中にいる同首相は、権力を手放せば、刑務所行きになる可能性が高い。過去の首相で、そうなった例もある。同首相としては、ぜがひでも権力の座にしがみつきたいだろう。


しかも新型コロナウイルスの対応に、ネタニヤフは、これまで失敗してきたとみられている。問題発生の直後は伝染を抑え込んだが、その後は、結局は伝染を許してしまった。その結果、今年1月現在、感染数は50万人を超えている。死者は4千人以上である。宗教儀礼のための集会を規制できなかったのが、その大きな要因と見られている。ユダヤ教に熱心な人々こそがネタニヤフの支持基盤である。となれば、宗教儀礼のための集会の禁止は、この層の反対から政治的に難しい。


これまでの失点を、早期のワクチン接種によって挽回して投票日を迎えたいというのがネタニヤフの計算だろう。 ちなみに日本では、2月にファイザーのワクチンが認可されそうだと報道されている。イスラエルでは2回目の接種の最中だろう。このスピード感の違いは対照的だ。日本でも日程を前倒しにしてでも早めに総選挙を実施するべきだろうか。


-了-


※『経済界』、2021年4月号、78ページに掲載