「政産」複合体


こうして見て来たように、バイラクタールが、トルコを「ドローン大国」にした。バイラクタールとは、正確にはバイラクタールTB2とは、いったい、どのような兵器なのだろうか。小型トラックで運べるサイズのドローンである。翼の幅が12メートル、機体の長さが6.5メートルである。機体の重さは550キログラムで150キログラムまでの重量の爆弾を積載できる。そしてレーザーによる精密誘導爆弾を搭載している。ドローンばかりでなく、その通信設備や制御設備などとセットとして輸出されている。製造元のバイカル社の言葉を借りれば「プラットフォーム」として輸出されている。価格は公表されていない。1機当たり1億円から2億円程度になるのではと推定されている。これは、イスラエルやアメリカの同様のドローンの価格の数分の1と言われている。ちなみに日本の航空自衛隊の主力機のF15の調達価格は100億円ほどである。


2016年に最初のバイラクタールTB2を使用した殺害が記録されている。この頃から、トルコ軍が盛んにドローンを使うようになった。それ以来バイラクタールは既に触れたウクライナやアゼルバイジャン、そしてエチオピア以外にポーランド、カタール、モロッコ、リビア、イジェリアなど13か国に輸出されている。東アジア諸国も興味を示している。お手頃価格の精密誘導兵器として販路を広げているわけだ。そして、これまで800回以上も実戦で使用され、その実用性を証明してきた。ウクライナの場合2019年に少なくとも6機のTB2を6900万ドルで輸入したと報道されている。トルコのドローンからの兵器輸入は価格以外でも魅力的である。というのは欧米諸国と違い、兵器の輸入国の人権状況をトルコは問題視したりしないからである。


ドローンを輸入すると言っても、電化製品を買って帰って自宅で使うようなわけには行かない。輸入国は「操縦士」をトルコの施設に送り込んで数か月の訓練を受けさせる必要がある。


さてバイラクタールTB2という名前は、このドローンの開発者のセルチュク・バイラクタールから来ている。さてセルチュクは、三人兄弟の次男として1979年にイスタンブールで生まれている。現在42歳である。セルチュクの父親のオズデミルは漁民の子として生まれ、イスタンブール工科大学を卒業後に自動車部品の製造を始めて成功した実業家である。昨年、世を去っている。母親はエコノミストでコンピューターのプログラマーだった。一族は、現在は世界的な兵器製造企業を経営している。


父親はアマチュアのパイロットであり、小型機に子供を載せて飛行した。「自分が鳥になったように感じた」とセルチュクは、幼児を回顧している。やがてセルチュクはラジコンの模型飛行機の制作に夢中になった。2002年にイスタンブール工科大学で学んだ後にペンシルバニア大学の大学院へと留学した。修士課程ではドローンを制作し、2機のドローンの編隊飛行を成功させている。その後にMIT(マサチューセッツ工科大学)で二つ目の修士号の研究に取り組んだ。研究課題は、無線操縦の模型のヘリコプターを壁の上に着陸させることだった。


熱心なイスラム教徒であり、当時アメリカ軍がアフガニスタンやイラクで始めていたドローンを使った作戦に批判的だった。MITの言語学の教授でアメリカの外交政策に批判的な論調で知られるノーム・チョムスキーの考えに魅かれていた。


在学中にイスタンブールの家族の工場で小型のドローンの制作を始めている。そして大学院の休みには故郷に戻り研究を続けた。そして、研究のための資金を政府が提供した。この面で父親の人脈が活きた。


父親のオズデミルは、政治的には長年にわたるイスラム主義の政党の支持者である。1996年にイスラム勢力の支持を基盤に首相に選ばれたネジメティン・エルバカンと親しかった。エルバカンは、もともとはドイツ留学の経験のあるエンジニアでイスタンブール工科大学の教授であった。産業を育成し工学教育に力を入れることで、トルコを近代的なイスラム国家に変えられると信じていた。しかし、宗教と政治の分離の原則を強硬に主張する軍の圧力で、そのイスラム主義的な主張ゆえに翌1997年には首相の座からの辞任を迫られた。その後2011年に世を去った。


そのエルバカンが育てていた次の世代の政治家がレジェップ・タイップ・エルドアンだった。地方からイスタンブールに移住した貧しい層の面倒を見て、のし上がった叩き上げの政治家だった。日本風に言えばドブ板活動によってイスラム教に熱心な貧しい層の支持を固めた。イスタンブール市長を経て、2002年に首相に、そして、その12年後の2014年に大統領になった。


エルドアンはトルコを工業国にするというエルバカンの夢を引き継いでいる。特にエルドアンが力を入れて来たのが兵器産業である。エルドアンが政権を握ってからの20年間でトルコの軍需産業は10倍に拡大した。しかも兵器の国産化比率を高めて来た。近代的な軍需産業に支えられた強力なトルコを率いてイスラム世界を指導する。それがエルドアンの夢である。バイラクタールというドローンは、その夢の実現の先駆けである。


セルチュク・バイラクタールの父親は、このエルドアンとも長年の親交を結んできた。エルドアンがイスタンブールで政治活動をしていた頃から、さまざまな助言を与えて来た。エルドアンがバイラクタール家を訪れるほどの親密さだった。


エルドアンが地方政治家から最高権力者に飛翔したように、バイラクタールのドローンも飛躍的な進歩を遂げた。最初は飛行距離も高度も滞空時間も短かったが、2014年に爆薬を積んで飛行できる段階にまで達した。現在のドローンの原型が完成したいと言えるだろう。セルチュクは、このドローンをエルドアンの師的な存在であったエルバカンの思い出に捧げている。翌2015年には精密誘導兵器が搭載された。そして8キロ先からレーザー誘導でピクニック用の毛布のサイズの目標にミサイルを命中させる実験が行われた。翌2016年には、ついにバイラクタールのドローンがトルコ東部の山岳地帯で反政府武装勢力のPKK(クルディスターン労働党)のゲリラに対する偵察と攻撃に投入された。そしてゲリラを殺害した。


セルチュク自身がトルコ軍と共に行動した。厳しい環境の山岳地帯に兵士と共に寝起きしてドローンを操縦した。セルチュクは研究者であると同時に実践と実戦の人でもある。


TB2が実戦配備された2016年に、セルチュクはエルドアン大統領の末の娘と結婚した。5000名が参列するという盛大な式であった。政治的な有力な家系と軍事産業を代表する家系が婚姻関係で結ばれた。軍産複合体ならぬ、「政産複合体」の誕生だった。


>>次回につづく