品質第一の〝タネ〟 戦前からのグローバル企業の開発力

雑誌Wedge5月号に掲載された拙稿です。Wedge Infinityにも掲載されました。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/24120

 

 

「タネは見ただけでは良し悪しが分かりません。蒔いてしばらくすれば結果が分かります。ですから、品質が第一、ごまかすこともできないから誠実が命なのです」

 日本を代表する種子ビジネス企業「サカタのタネ」の坂田宏社長は、社是に掲げる「品質・誠実・奉仕」こそが、1913年(大正2年)の創業以来、守り続けてきた精神だと語る。

 種子ビジネスというと、独バイエルが買収した旧モンサントや中国化工集団が買収したスイスのシンジェンタなど巨大化学会社のイメージが強い。サカタのタネの連結売上高は2020年5月期で617億円と規模は大きくないが、「SAKATA」ブランドは世界の農業関係者に広く知られている。世界の巨大種子企業は「穀物」のウエイトが高く、売上高も1兆円を超えるが、サカタのタネは「野菜」と「花」に特化している。看板商品とも言えるブロッコリーのタネでは、世界シェアのなんと65%を握っているのだ。

 ブロッコリーローマ帝国時代にも食べられていたというが、日本に本格的に入ってきたのは1980年代で、まだまだ外来野菜のイメージが強い。そのブロッコリーのタネで同社が成長したのは、品質が格段に優れ、しかも収穫期が揃う「グリーンデューク」というF1品種を70年代に米国で発表したのがきっかけだった。成長が揃えば、収穫のために畑に何度も入る必要がなくなり、大規模生産が可能になった。どんな料理にも合う野菜として人気が高まり、ブロッコリーの生産が世界に広がるとともに、同社の販売も拡大。一時は世界シェアの8割を握った。

 米国での成功が世界に広がるきっかけだったわけだが、実はサカタのタネは戦前から海外事業に力を入れていた。創業者の坂田武雄が「坂田農園」を設立、翌1914年にはユリの球根を欧米向けに輸出。21年には米国シカゴに支店を開いたが、関東大震災で日本の社屋が消失して、シカゴ支店を閉鎖。39年には上海支店を開設して米国向けに種子を輸出したが、太平洋戦争の拡大で閉鎖に追い込まれた。本格的に海外に再進出するのは戦後のことだが、実は戦前の「SAKATA」ブランドの信用が大きく役立ったという。

それを物語るエピソードがある。

 1930年頃、完全八重咲きのオール・ダブル・ペチュニア「ビクトリアス ミックス」を世界で初めて開発した。それまでペチュニアはタネを蒔いても50%しか八重咲きにならないのが当たり前だった。100%八重咲きになるタネをサンプルとして欧米各国に送ったが、どこの企業もそのタネを蒔いてくれなかったという。「誰も100%八重咲きなどあり得ない、と信じなかったからだそうです」と坂田社長は笑う。

 唯一、今もドイツにあるベナリーという会社が蒔いたところ、本当に100%八重咲きになるというので大評判になり、世界の種苗会社から注文が殺到したという。「サカタマジック」とまで言われ、米国でも賞を獲得するなど看板商品になった。その時の、「SAKATA」の品質に偽りがないという信頼が、戦後再び、世界に打って出る時の基盤になったのだという。

 同社は今も世界で高いシェアを握る花のタネを持つ。トルコギキョウは75%、パンジーも30%に達する。サカタのタネの売上高のうち6割以上が海外だ。

「花は心の栄養、野菜は体の栄養」──。坂田社長は、「世界に栄養と笑顔を供給できる企業」になることをビジョンとして掲げる。国内でもタネのシェアは高く、ブロッコリーは7割、スイートコーンは6割、ホウレンソウは5割を占める。花では、パンジーが国内シェアの4割を握る。

 戦後、国内で生み出したヒット商品のひとつが「プリンス」メロンだった。戦前から日本でもメロンは生産されていたが、高級贈答品などとして使われるマスクメロンで、庶民には高嶺の花だった。62年に「プリンス」メロンを開発、その後も「アンデス」メロンなど、気軽に食卓にのせられるフルーツを作り出した。そして、70年代に米国でブロッコリーを大ヒットさせた。「まだまだブロッコリーの消費は伸びていくと思います」と坂田社長は期待を込める。

 野菜や花は食生活や文化と密接なつながりを持つ。中国やベトナムなどアジア諸国の生活水準が上がるにつれ、健康志向の高まりから食生活が豊かさを増し、生活の中に花が増えていく。その後にはアフリカが控えている。

研究開発が強みの源泉

 日本国内は人口が減っていくこともあり成熟市場だが、より品質が高く、健康志向の強い野菜へのニーズは高まっていくと読む。サカタのタネの強みはブロッコリーやキャベツなどアブラナ科の野菜類だったが、トマトやきゅうり、ピーマンといった果菜類にも力を入れている。そのためにはなんと言っても研究開発力が欠かせない。

 100周年に当たって坂田社長は7項目の頭文字をとった「PASSION」を経営理念として打ち出した。People(人々)Ambition(野心)Sincerity(誠意)Smile(笑顔)Innovation(革新)Optimism(プラス思考)Never give up(不屈の精神)の頭文字だ。その先頭に「人々」を持ってきているように、人材こそが品質や誠実さを支える。連結で約2500人の社員のうち20%程度が研究開発人材だ。

「野菜や花の栽培に、日本は本来向いていない場所なんです」と坂田社長は言う。気候が穏やかで栽培に適しているのではないかと感じるが、実は四季が存在し、台風もあり、湿度が高い日本は、植物にとっては世界の中でも劣悪な環境と言えるのだそうだ。逆に言えば、植物にとって厳しい環境でもよいパフォーマンスを出せる品種(タネ)は世界で通用するということだ。

 また、天候に大きく左右される中で、商品であるタネを安定的に採るためにはリスクを分散することが重要だ。年に1回しかタネが採れないものでも、北半球と南半球で生産すれば年に2回採ることができる。サカタのタネの事業がグローバル化しているのにはそんな事情もある。

 気候変動が激しさを増す中で、どう品質を守っていくか。サカタのタネの誠実な挑戦はまだまだ続く。