「高級旅館はどこも一杯」富裕層ばかり得する「GoTo」は正しい政策なのか 業者救済だけでは冬を越えられない

プレジデントオンラインに9月18日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/38858

たった10日間でも「7月のGo To」の効果は出ていた

「9月の4連休に有馬温泉に行こうとしたら、どこも一杯。高額な宿が多いから空いているだろうと思ったのですが」

著名なエコノミストはこう苦笑する。国土交通省が7月から始めた「Go To トラベル」の効果だ。

観光庁が9月11日に発表した7月の「旅行業者取扱額」によると、国内旅行は前年同月比78.4%減の492億円。1年前の2282億円の5分の1だった。それでも緊急事態宣言で人の動きがピタリと止まった4月の93.6%減や5月の96.6%減、6月の87.9%減と比べると急速に改善している。ちなみに海外旅行は4月以降98~99%のマイナスが続いたままだ。

国内旅行が戻してきたのは当初「8月の早い時期」としていたGo To キャンペーンを7月22日からに前倒ししたことが大きい。

新型コロナウイルスの感染拡大が懸念されていた段階で、東京都発着を除外してまで強引に実施したが、その10日分だけでも旅行業界にとっては干天の慈雨となった。最大手のJTBグループの7月の取扱額は71.0%減まで持ち直した。8月、9月は「Go To トラベル」効果でさらに減少幅が急速に縮小していくことになりそうだ。

「金持ち優遇」の政策ではないかという批判

だが、そんな中で恩恵を受ける宿泊施設や旅行者に「歪み」が目立っている、という指摘が出ている。

中国新聞デジタルは9月15日「GoTo恩恵、宿泊施設間に格差 お得感強い高級宿に人気集中、ビジネスホテルは閑古鳥」という記事を掲載。山口県広島県の老舗旅館が「ほぼ満室」だという経営者の声を紹介。一方で、「低価格帯の中小宿泊施設。特に出張が減ったビジネスホテルは閑古鳥が鳴いたままだ」と指摘していた。宿によって大きな格差が生じている、というのだ。

利用して恩恵を受ける旅行者にも「歪み」が出ている。高級な旅館やホテルを利用できる富裕層ばかりが得をしている、という批判だ。国内宿泊やツアー代金の35%分が割引になる他、15%分の地域共通クーポンも支給されるようになる予定だ。1泊ひとり最大2万円が補助されるので、4万円高級旅館・ホテルが最もお得ということになる。

だが、新型コロナが経済を直撃している中で、そうした高級旅館に泊まれるのは生活に余裕のある人たちだけ。「金持ち優遇」の政策ではないか、という声も聞かれる。もともと「Go To キャンペーン」自体が、政府の補助金を「呼び水」にしてお金を使ってもらうというのが狙い。1兆円あまりの予算を政府が支出して、それが2兆円、あるいは3兆円の経済波及効果を生むことを期待している。もともと富裕層が恩恵を被ることが想定されている。それでも庶民感覚からすれば、利用できるのは金持ちばかり、ということになる。

定額給付金は「平等」ではない

政府が行う新型コロナでの経済対策は、軒並みこうした矛盾を抱えている。ひとり一律10万円の定額給付金もそうだ。国民全員に一律で同額を配っているのだから「平等」ではないかと考えがちだが、どうも違う。

総務省の家計調査にはその「歪み」が表れている。調査には「勤労者世帯の実収入」という項目があるが、5月以降、それが急増しているのだ。5月9.8%増、6月15.6%増、7月9.2%増といった具合だ。明らかに10万円の定額給付の効果だが、一方で、家計消費は大きく減っており、多くが貯蓄に回っているとみられる。パソコンやクーラーなどを購入する人が増え、家電量販店が最高の利益を上げるなど、一部の消費増にもつながっているが、本当に生活に困窮している人たちに十分な現金が行きわたっているとは言えない。

生活が困窮している人にだけ配ろうとすると時間がかかる、とりあえずの資金繰り破綻を避けるための緊急措置としては致し方ない、という話だった。だが、結果的には富裕層にとって本来不要なお金が配られ、それが不要不急の消費や貯蓄に回っているというのが実情だろう。

「生活者の負担を軽減する」ドイツの経済対策

一連の経済対策で欠如しているのは「生活者の視点」だ。ドイツは7月1日から半年間の時限措置として消費税に当たる「付加価値税」の税率を19%から16%に引き下げた。食料品など生活必需品の軽減税率も7%から5%に下げられている。

日本の報道を見ていると消費喚起策と解釈されているケースが多いが、消費喚起というよりも、明らかに生活者への支援を意識している。特に生活必需品である食料品などの軽減税率を日本よりも低い5%にしたのは、明らかに生活支援策だ。減税規模は200億ユーロ(2兆4000億円)に相当するとみられている。

ドイツの経済対策が生活者を支える視点から打たれているのは、電気料金の引き下げが盛り込まれていることでも分かる。ドイツの電気料金は非常に高く、家計支出の重石になっている。電力会社を助けるという発想から出た政策ではなく、あくまで生活者の負担を軽減するという狙いがある。

同時に、ドイツ鉄道への支援も決めている。旅客数が激減している生活者の足としての鉄道を守ることが目的だが、もともと国営企業だったドイツ鉄道だけを支援するのは不公平だという反対の声もある。

通信料金の引き下げが家計を救う

では、日本で「生活者の視点」に立った政策は何が考えられるか。

まずはドイツに倣って消費税率を時限的に引き下げることだろう。特に生活必需品の軽減税率を現状の8%から3%、あるいは思い切ってゼロにすることだ。生活困窮者を支える一助になるし、生活必需品だけの減税ならば、金持ち優遇の批判も出ない。

副次効果もある。飲食をレストランですれば10%の税率がかかるが、テイクアウトすれば0%ということになれば、テイクアウトやデリバリーへのシフトが進む。新型コロナ対策として効果もある。

電気代はどうか。日本の家計にとって重石になっているのは電気よりも通信料金だ。

2019年の家計消費支出(2人以上世帯)の月平均額は29万3379円だったが、このうち通信が1万3599円と4.6%を占める。しかも2011年の1万1928円から8年連続で増えている。このほど首相になった菅義偉氏が、官房長官時代を通じて、携帯電話料金の引き下げを求め続けたのは、ある意味、適切な主張だった。

では、通信料金をどうやって引き下げるべきか。これまでは通信各社間の競争を促進することで料金を下げていこうという「真っ当な」方法をとってきた。だが、今は非常時だ。生活者を守るならば、通信料を半額にするために助成を出せばいい。ただし一律に業者に配れば競争が起きず、官業に戻ることになりかねない。

失業者や収入が減る人を支える施策が必要だ

半額になるバウチャーを国民に配り、国民に通信業者を選択させれば、競争原理を働かせたまま、助成金を配ることができる。国のバウチャーを獲得しようと、通信業者が独自に上乗せで値引きをするかもしれない。単純計算すれば、通信料を半額にすれば、家計消費支出の2.3%分が生活者の手元に残る。

ちなみに食料品は家計消費の25.6%を占めるので、消費税率が8%からゼロになれば、家計消費支出の2%分が残る計算だ。この2つを実施するだけで、生活者を支える効果はかなり大きい。

「Go Toトラベル」にしても、今後農林水産省が実施する「Go Toイート」にしても、視点は「業者救済」だ。日頃業者と付き合っている省庁が実施するのだから、業者視点になるのも当然と言えば当然だろう。だが、今、大事なのは生活が困窮する人たちをどう支えていくかという「生活者」の視点だ。

3月期決算企業は10月から11月の中間決算発表に向けて今年度通期の業績予想を立てる作業が本格化する。多くの企業が業績予想を立てられずにいたが、いよいよその数字が次々に明らかになってくる。かなりの数の会社で巨額の赤字決算となり、黒字でも大幅減益が避けられないところが少なくない。当然、赤字見通しとなれば、人員の圧縮などリストラを行う企業が出てくる。年末の賞与は大幅に削減される会社が続出するだろう。

そうした中で、失業したり、収入が減る人たちをどう支えるか。生活者の視点に立った対策を早期に立案して実行することが求められている。