「骨太」早くも方針転々、信念なき岸田首相の高支持率はいつまで 「市場派」「反市場派」双方が不信感

現代ビジネスに6月19日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/96438

骨太の方針」にないことを

ますます岸田文雄首相は何がやりたいのか、見えなくなってきた。

6月15日の国会閉幕に当たって開いた記者会見でも、「やります」「やります」という政策のオンパレードだったが、どこまでが「本気」なのかが今ひとつ分からない。参議院議員選挙に向けて「敵を作らない」ための対策ならいいが、仮に選挙で圧勝しても、何を真っ先にやるのかが見えて来ない。

6月は毎年「骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)」が閣議決定され、夏の霞が関の人事異動を経て、それから1年間に各省庁が取り組む課題が明示される。3月頃から与党内での議論が始まり、4月5月で細かい文言が調整された上で、首相が議長の経済財政諮問会議で決定される。

役所にとっては、骨太の方針に書かれて閣議決定された事項は優先課題として取り組む必要が出てくるので、自分たちのやりたい事をいかに残し、やりたくない事は空文化するか、水面下でバトルが行われる。小泉純一郎首相以来の「政治主導」の武器で、首相や官邸の側近たちは、自分たちの「やりたい事」を盛り込み、役人たちを従わせてきた。

ところが、今年は不思議なことが起きている。岸田首相の6月15日の記者会見で、1週間前の6月7日に閣議決定されたばかりの「骨太の方針」にはまったく書かれていない事が、首相の口から語られたのだ。

間に合わなかったはずの「感染症危機管理庁」

その最たるものが「感染症危機管理庁」の創設である。次のパンデミックに備える司令塔機能の強化は、菅義偉内閣からの課題で、岸田首相も就任時には、取り組む姿勢を見せていた。

ところが、早々に「6月までに結論を出す」と問題を先送り。

新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議」を立ち上げて初会合を開いたのは5月11日だった。1週間に1度という異例のペースで会議を開催したが、当然、「骨太の方針」には間に合わず、「感染症対応を客観的に評価し、次の感染症危機に備えて、本年6月を目途に、危機に迅速・的確に対応するための司令塔機能の強化や感染症法の在り方、保健医療体制の確保など、中長期的観点から必要な対応を取りまとめる」と書かれるだけに終わった。

もちろん、「感染症危機管理庁」という言う語句はどこにもない。

有識者会議は、首相が会見した6月15日に、報告書をまとめたが、そこにも「感染症危機管理庁」という語句は見当たらない。有識者会議のメンバーによると、もともと司令塔機能の強化を提言するための会議だったはずなのに、事務方からは「司令塔機能強化の具体的な提案はやめて欲しい。十分な議論をする時間がなかったので、報告書には盛り込めない」と言われたという。

報告書には「総理が司令塔となって行政各部を指揮命令し一元的に感染症対策を行う体制を強化すること」といった当たり前の方向性が示されただけだった。

にもかかわらず、総理がその日の会見で「感染症危機管理庁」を表明したのだ。6月17日に政府の「新型コロナウイルス感染症対策本部」を開いて、「内閣感染症危機管理庁(仮称)」の創設を決定。組織決定した形は繕ったが、「首相周辺の思いつき」(経済官庁幹部)と言われても仕方がない打ち出し方だった。

本気度はどのくらい

問題は、実際に機能する「感染症危機管理庁」ができ、次のパンデミック時に、今回のような大混乱に陥る事を防げるのか。岸田首相は「本気で」そうした体制を整えるつもりがあるのかどうか、だ。

菅義偉首相は、就任時に「デジタル庁創設」を打ち出し、すぐに法案作成を指示、人材募集なども並行して行い、1年で創設にこぎつけた。システムを一元管理する事で、省庁間の縦割りを打破するという菅首相の強い思いとリーダーシップで、1つの役所を1年で誕生させた。

菅首相が退陣して主がいなくなったデジタル庁は「一元化」も「縦割り打破」もできずに、ほとんど報道されない存在になったが、それはここではおいておく。

危機管理庁については、様々なアイデアが報道されているが、いつをメドに設置されるのか、各省庁の法的権限をどう調整するのかはまだ具体的な内容は検討も始まっていない。首相が「本気」で危機管理庁が必要だと思っていたのなら、8ヵ月も先送りせず、具体的な検討を始め、閉幕した国会に法案を出しただろう。それに間に合わなくても、骨太の方針に具体的な内容を盛り込み、秋の臨時国会での法案提出を明記したに違いない。

宿題の期限を6月までとした時点で、国会での審議はしない、という事を決めていたようなものだ。とりあえず期限までに宿題はこなしたが、またしても具体的な実行は「先送り」という事なのだろう。

「八方美人」「無策無敵」

まだある。骨太の方針からは「分配」という語句がすっかり影をひそめ、「成長」一辺倒となった。「人への投資」が分配だ、というレトリックを採って、当初の方向性を一気に転換した。「新自由主義的政策は取らない」と言い、「分配重視」と言っていたはずが、人への投資で「労働移動を促進する」という政策を掲げるに至った。

もっともこれも、骨太の方針には明記されず、同時に閣議決定された「新しい資本主義実行計画」に盛り込まれている。高付加価値産業に人材をシフトする事で、給与を上げようというのは正しい戦略だが、これまでの政策を一変させることになる。

新型コロナでの経済への打撃が大きい中、政府は雇用調整助成金を大盤振る舞いして、企業に雇用を抱えさせてきた。これによって日本の失業率はまったく上昇せずに新型コロナ禍を乗り越えたが、一方で、労働移動はほとんど起きなかった。いったん14%にまで失業率を上げながらも、ポストコロナの産業に大きく人材がシフトし、コロナ前の失業率に戻した米国とは対照的だった。

世界的なインフレ、そして猛烈な円安が進む中で、日本経済に未曾有の危機が訪れようとしている中で、労働移動の政策を取れば、失業者の増大で弱者の生活が大打撃を受けることになる。このタイミングで岸田首相がそれをやり抜く覚悟があるのか。つまり、この政策も「本気」かどうか分からないのだ。

5月5日に英国の金融街シティで「Invest in Kishida(岸田に投資を)」と語り、露骨に「市場」に擦り寄った岸田首相。だが、「市場」派の人たちは、いまだに岸田首相の「本気度」を疑っている。一方、当初の岸田首相の新自由主義批判に溜飲を下げていた「反市場」派の人たちも、岸田首相が変説したのでは、と疑心暗鬼になり始めている。

選挙前とはいえ、「本気度」が感じられない八方美人の岸田首相が、いつまで高支持率を維持できるのか。「無策無敵」と言っていられるほど、山積する課題は甘くない。