国民は従わせればいい? 国民感覚から遊離した「菅官僚内閣」  西村大臣「圧力」発言の「出所」

現代ビジネスに7月16日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/85233

霞ヶ関の牢固な体質

「由(よ)らしむべし、知らしむべからず」――。駆け出しの新聞記者の頃、大蔵省(現財務省)などを取材していると、そんな言葉を口にする幹部官僚がいた。

論語」泰伯の言葉で、人民を為政者の施政に従わせることはできるが、その道理を理解させることはむずかしい、というのが本来の意味だそうだが、もっぱら当時の官僚たちは、為政者は人民を施政に従わせればよいのであり、その道理を人民にわからせる必要はない、といった意味で使っていた。

選抜された優秀な我々官僚組織に任せておけば良いので、新聞記者なぞを通じて国民に主旨を説明する必要があるのか、というわけだ。

さすがに昨今、そんな言葉を口にする官僚はほとんど見かけない。だが、今でもそうした「体質」が霞が関に残っているのだということを今回は痛感させられた。

西村康稔・経済再生担当相が発した、酒の提供自粛に応じない店舗への「圧力」に2つのルートを使おうとした問題である。

2つのルートとは、酒の提供を続ける店舗と取引のある金融機関と、酒を卸している酒販店。従わない店舗の情報を金融機関に知らせ、その金融機関が店舗に改めて自粛するよう「要請」する、あるいは酒販店に連絡して販売を止めるよう「要請」するというものだった。

金融機関は当然、居酒屋などの店舗に貸付を行なっているわけで、それを背景に「要請」するということは、従わないなら困っても助けないぞ、という事になる。さすがに、独禁法が禁じる「優越的地位の濫用」に当たるのではないか、あまりにも上から目線だ、といった批判が巻き起こり、西村大臣はすぐさま撤回に追い込まれた。

それでも酒販店ルートは残っていたが、自民党内からも批判の声が上がり、これまた西村大臣が撤回を表明するに至っている。

政権ぐるみの発想では

加藤勝信官房長官が西村大臣に注意したと語るなど、あたかも西村大臣の思い付きによるスタンドプレーであったかのような印象を与えているが、実際はそうではない。

西村大臣が金融機関からの働きかけを表明したのは7月8日のこと。記者会見での発言で大騒ぎになった。だが、その時点で、官僚機構を通じた指示が出ていた。

同日付の「内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室長」から「各府省庁担当課室」宛の依頼文書を、山尾志桜里議員が入手、SNS上で公開している。そこには、「貴府省庁が所管する金融機関等が、融資先等の事業者等に対し、(中略)新型コロナウイルス感染症対策の徹底を働きかけていただきますよう、よろしくお取り計らいをお願いします」と書かれている。

また、同日、内閣官房と「国税庁酒税課」の連名で、「酒類業中央団体連絡協議会各組合」に出した事務連絡でも「酒類販売業者におかれては(中略)飲食店が同要請等に応じていないことを把握した場合には(中略)当該飲食店と酒類の取引を停止するようお願いします」とされている。

つまり、西村氏が発言した段階では、関係する複数の官僚組織が正式に議論した上で、行政文書を出していたのである。ちなみに金融機関は銀行から農協まで様々なので、関係する省庁は、金融庁財務省経済産業省農林水産省と多岐にわたり、文書を出すに当たって、事前に調整が行われていたことは明らかだ。

その後の報道では、こうした調整については菅義偉首相ら関係大臣に事務方から説明がされていたことも明らかになっている。

菅首相は9日午前の段階では西村発言について「承知していない」と述べ、あくまで西村大臣の発案であるかのような態度を示していた。

また、酒販業者への文書を出した財務省麻生太郎大臣は、説明を受けたのは9日だったとした上で、「違うんじゃねぇ。言っていることが分からないからほっとけ」と言ったとしているが、これも逃げ口上に聞こえる。

結局、国税庁の事務連絡を撤回したのは7月13日になってからだった。

もう国民は信じていない

7月12日に東京都に緊急事態宣言が再発出されても、人流はほとんど減っていない。7月14日には東京都の新規感染確認者が1149人と、5月13日以来の1000人超えとなった。インドで確認された変異ウイルス「デルタ株」が急速に広がっていることや、若年層での重症化が進んでいるといった報道にもかかわらず、人々の警戒心は高まらない。

しかも今回の緊急事態宣言はオリンピックが終わった後の8月22日までと長期にわたることで、居酒屋やバーなどにとっての休業要請はまさに死活問題。もはや政府の言うことには従えないとばかりに、深夜まで酒類営業を始めるところも出ている。

 

蔓延防止等重点措置を緊急事態宣言に切り替えた以上、「より厳しい措置」が必要だと考えた官僚が思いついたのが、2つのルートを使った「圧力」だったというわけだ。

この2つはともに「免許業種」で監督官庁が存在する。法的根拠はなくても「お上」の言うことには逆らえない業界である。それが分かっているからこそ、官僚たちはこの手を思いついたのだろう。

西村大臣も経産省の官僚出身。内閣官房をまとめる加藤官房長官財務省出身だ。菅首相は第2次以降の安倍晋三内閣で7年8カ月にわたって官房長官を務め、官僚機構を束ねていた。国民の側に立つ、国民視点の政治家が菅内閣の中枢にいないことが今回の問題の根底にあるのではないか。

今もって西村大臣発言への批判は収まらない。西村大臣は会見で「エビデンス(根拠)」という言葉を多用するが、多くの国民はその説明に納得できずにいる。

6月22日にいったん緊急事態宣言を解除したのも、オリンピックの開催を決めるためだったのだろうと多くの国民が感じている。案の定、新規感染確認者はそれをきっかけに増加に転じている。明らかに判断ミスだが、誰もその責任を取っていない。

菅政権発足以来、学術会議議員任命拒否問題でも理由は説明されず、河合案里議員夫妻による買収の原資になった自民党本部からの1億5000万円の拠出理由もまったく説明がないままだ。

財務省の公文書改竄問題で自殺した赤木俊夫さんが残したファイルも裁判所に命じられてようやく提出したものの、それまでその存否も認めていなかった。もちろん再調査も拒否し続けている。

「知らしむべからず」を続けている菅内閣の官僚体質では、到底、国民に寄り添う政治は望むべくもない。