「ジョブ型」への道のり

 世間は新型コロナ禍と市場の混乱で大騒ぎですが、そうした中でも春季労使交渉は行われ、この水曜日には金属労協主要各社の回答が出そろって第一の山場を越えました。各労使ともに円満な解決がはかられたようでご同慶です(他人事)。
 さて今次交渉で私が注目しておりましたのが他ならぬ日立製作所労使であり、開始前にこう報じられていたわけです。

 日立製作所労働組合は13日、2020年春季労使交渉での要求を経営側に提出した。基本給のベースアップ(ベア)に相当する賃金改善分として、前年と同水準の月3000円を要求した。経営側は従業員の職務を明確にする「ジョブ型雇用」への転換などの議論を進めたい考えだ。
(令和2年2月14日付日本経済新聞朝刊から)

 私はここでもかねてから「日立の労組がそれでいいならそうすれば」という趣旨のことを書いてきたわけですが、いよいよ組合と話をするらしく、さてどうなりますかと注目していたわけですね。
 そこで回答も出たということでこれについてはどうなったのかと思っていたのですが、日経ビジネスオンラインで報じられていました。「1分解説」というコラムなので本当に短いものですが、タイトルは「「ジョブ型」への道のり遠い? 日立労担が春闘を総括」となっておりますな。

 「職務記述書(ジョブディスクリプション)」に基づいて、それぞれのポストの役割と報酬を決める「ジョブ型」の雇用モデルへの転換を目指す日立製作所。すでに管理職では同モデルを取り入れているが、約10万人いる国内の一般社員に広げられるかが課題だ。3月11日に集中回答日を迎えた春季労使交渉春闘)ではどこまで議論は深まったのか。日立の労務担当役員が総括した。
 「遅くとも2024年度には定着させたい」。…次の中期経営計画の最終年度にあたる24年度にジョブ型の人材管理への転換と、それに必要な意識や行動の定着を終えたいとの見通しを示したかたちだ。
 20年度からは一般社員の職務記述書の作成に着手。まず4部門で先行し、その成果を踏まえて全部門に広げる段取りだ。…
 管理職では13年度にジョブ型への移行を始めた日立。全世界の管理職5万ポジションをランクづけし、翌年に日立本体の管理職の処遇をランクに合わせるかたちに変えた。世界各国の社員が世界の市場に製品やサービスを届けるためには、世界の標準に合わせた人材管理が必要だと考えたからだ。

 日立グループ労組も経営側に理解を示す。「グローバル化で人材が多様になる中で、いつまでも日本のあうんの呼吸でやっていくのは難しい。仕事を定義して見える化をしていこうという方針には反対するものではない」。ただし、「拙速に進めると色々な問題が出てくる」(同)。実効性を持ちつつ適切にメンテナンスできる職務記述書をつくれるのか、などをチェックしていく必要があるとみる。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00002/031101141/

 全体像がわからないので何とも言えないのではありますが、この記事やとりあえずウェブ上から拾える情報などから推測すると、日立さんの「ジョブ型」は「職務記述書があること」と「賃金は職務等級制度で決まること」が核心のようです。これはまあ「職務(記述書)が賃金などの労働条件と同様に労働契約の一部になっている」欧米のジョブ型に似ているように見えなくもありません。
 とはいえ、核心部分で大きく異なっているようにも思えるわけで、欧米のジョブ型の雇用契約はまさに「職務も契約の一部」なので職務の変更には双方当事者の合意が必要になるわけですが、はたして日立さんの「ジョブ型」はそういうものなのかどうか。
 ここからはほぼ想像になりますが、「まず4部門で先行」ということなので、「ジョブ型」導入の必要性・緊急性の高い部署や、職務記述書が作成しやすい部署などが先行するのでしょう。必要性・緊急性が高いのは昨今稀少性の高いデータ処理やら人工知能やらサイバーセキュリティやらの部署だと思われ、そういう部署であれば初任配属部署・業務だけではなく先々も職務変更には同意が必要になってもいいのだと割り切っている可能性はありそうです。ちなみに職務記述書が作成しやすい部署というのは圧倒的に現業部門であり、一方でホワイトカラー職場では欧米でも職務記述書を詳細に記載することがで難しくなってきて現状ではかなり大雑把なものになっているわけですね。
 さて日立さんは組合員については今後4年間かけて全体を整備するという計画のようですが、職務記述書についてはホワイトカラー職場の多くではまあ現状も職場単位で作成されている業務分担表を少し詳しくしたようなものが作成されるのでしょうか。それはそれでいいとして、これを職務等級にクラス分けしていくことは、まあ労使ですり合わせながらやっていくのでしょうが、かなり大変な作業になりそうです。さらに労組が「適切にメンテナンスできる職務記述書」と言っているように業務分担変更(タスクの組み合わせの変更)は想定されているらしいので、だとするとその都度変更後のグレードが定まるような仕組みも必要になるわけです。でまあ普通に考えて業務分担変更したら職務等級が下がって賃金も下がりましたというのはやられた方はたまらんわけで本当にやるんですかこれ。しかも組合員レベルとなると今現在は稀少な技術でも数年後には珍しくなくなってくる可能性もあってそれも「適切にメンテナンス」しなければならない。結局のところ、まだしも幹部ポストであればまあ重要性とか難易度とかいったものはそれなりにランク付け・グレード分けしやすいでしょうし、万一職務等級が下がって賃金が下がってもそれなりに高いレベルの処遇にはどどまるわけで、だから日立さんに限らず他のの企業でも管理職対象というのが多くなっているのでしょう。
 もちろん人事異動も業務分担変更もやりませんという制度変更を断行するというのであれば(まあそのほうが普通のジョブ型だ)そういう心配もないでしょうが、しかしこれまでの人事管理との継続性は労組としては当然主張するはずですし、結局のところ人事異動や業務分担変更を企業の都合で柔軟にやりたいのであれば、その分賃金の安定性を確保しなければならないといういつもの話ですね。
 あとはまあ初任配属だけは約束する「ジョブ型採用」(≠ジョブ型雇用)というのは考えられているのかもしれません。これについては今年の経労委報告で提唱されている(これまた独自定義の)「ジョブ型」(これについては以前のエントリhttps://roumuya.hatenablog.com/entry/2020/01/28/164053で書いたので繰り返しません)に通じるものなので現実的な施策だろうと思います(というかすでに現状が先行していて経団連が追認している感もあり)。
 ということで組合員レベルに関しては職能資格制度を職務等級制度にして職務の空き具合に応じて昇等級させるという感じになるのではないかと思われ、あれだなそれほど大きく変わるという感じはしませんが年功的ではないぞというメッセージとしては意味があるのかな。まあ職務が高度化していることを反映して昇等級(特に若手抜擢)が増えて賃金水準も上がるということになればご同慶ですが、いずれにしても労組がいうとおり「拙速に進めると色々な問題が出てくる」でしょうから4年間かけて漸進的に進めようという姿勢は適切なのではないかと思います。なにをやってもいいけどゆっくりやれという、まあこれもいつもの話ですね。それやこれやでタイトルにあるように「ジョブ型への道のりは遠い?」ということだろうと思います。欧米型のジョブ型になるには、仮になるとしてもはるかに遠い道のりがあろうとも思う。
 なお乏しい情報をもとに推測に推測を重ねていますのでなにかと的外れや読み違いがあろうかと思いますので関係者の方は怒ってもいいです(笑)。というかご叱責とともにぜひとも全体像をご教示いただきたいというのは本音なので、なにとぞぜひともそのようにお願いいたします。