ニューヨークのセントラルパークにテント村が出現している。新型コロナウイルスの感染の広がりによって病院のベッドが足りなくなったので、さまざまな対応がとられている。海軍が病院船をニューヨークに派遣したり、会議場の中に病院をつくったりして、多様な対応がとられている。セントラルパークのテント村もそうした取り組みの一貫である。野外に病院を設営している。そのためのテント村である。


テントの写真を見てマンハッタンでテントに泊まろうとしたある政治家を思いだした。キューバの指導者のフィデル・カストロである。1960年の話である。その前年にキューバ革命で政権を取ったばかりのカストロが秋の国連総会に出席のためにマンハッタンを訪れたところ、宿泊するはずだったホテルが2万ドルの保証金を要求するといった事件がおきた。反カストロ派がホテルを傷つける可能性があるというのが経営者の説明だった。怒ったカストロは側近にテントを買うように命じた。、国連の庭にテントを張って野営する構えだった。結局は部下の説得でセントラルパークの北にあるハーレムのホテルに宿泊した。当時のアメリカでは人種差別が激しく、黒人が普通のホテルに泊まりにくいという状況があった。ハーレムに黒人用のテレサ・ホテルというのがあった。カストロはそこに泊まった。国連の庭での野営ほどではないにしても、アメリカ社会の矛盾を示すには絶好の舞台だった。ハーレムでは多くの黒人やプエルトリコ人がカストロを歓迎するために集まった。その中には黒人のイスラム教徒のリーダーのマルコムXもいた。またソ連やインドの首脳がカストロに会うためにホテルを訪問した。アメリカの人種差別の酷さと貧富の差を世界に示すには、これほど素晴らしい舞台はなかった。


この差別そして差別から生まれる格差の構造は、アメリカでも世界でもいまもつづいている。そして今回の新型コロナウイルスが、この構造をまぶしすぎるほど強い光で照らしている。ウイルスが広がり、ウイルスを追いかけるように、その後にアメリカ全土で失業が広がった。ウイルスの余波が失業であった。3月中旬からの1カ月で少なくとも2200万人が失業した。前例のない雇用の崩壊である。1920年代末からの大恐慌の時期と比べても、5倍のスピードで失業者が増えている。


この感染の犠牲になる割合もアフリカ系やヒスパニックの方がはるかに白人より高い。理由はいくつもある。そもそも、通常から少数派の人々の方が高血圧や心臓疾患などに苦しんでいる率が高い。、健康保険によって守られていない人々が多いので、病気になっても十分な医療が受けにくい。既に病んでいる人々にウイ、ルスがとどめを刺す構図だ。平均寿命からして白人より短い。住んでいる環境からして違う。空気や水が汚れている場合が多く、公園などのスペースも少ない。、住居も狭い。ウイルス対策で「社会的な距離(ソーシャルディスタンス)」をと言われても実行できない。


しかも自宅からのテレワークとかリモート・ワークとかが可能な職種に就いていない。現場にいなければ仕事にならない職種でのマイノリティーの比率が高い。郵便配達人、スーパーの販売員、運転手などである。しかも職場へは公共交通機関を利用して通っている場合も多い。社会の根幹を担いながらも、必ずしも普段は評価されない人々の感染のリスクが高いわけだ。


貧しい人々の多く住む地域で感染者が多く死者が多い。郵便番号が人生を決める。つまり、どこに住んでいるかで、人生が決まるという格差の構造に新型コロナウイルスが光を当てた。


こうした格差の構図は日本にもある。、風俗業など濃厚接触を避けようがない職種もある。貧しさゆえに厚化粧の下に大きな苦しみや悲しみを隠して働く、人々が高い感染のリスクにさらされている。立教大学の金子勝氏の表現を借りれば、「コロナ・ウイルス」は格差病だ。セントラルパークに設営されたテント村の野営病院の映像を見て、カストロがテントに野営する覚悟で訴えようとした格差の深い亀裂に思いを巡らせた。


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※『まなぶ』2020年6月号に掲載された記事です。