ヤフー・アスクル騒動、ここへきて「火中の栗を拾った人」たちの事情 「アスクル・モデル」がもたらす衝撃度

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アスクル・モデル」登場

2019年8月の株主総会で、大株主のヤフー(現・Zホールディングス)に現職の社長だった岩田彰一郎氏の再任を拒否されたアスクル。ヤフーは返す刀で独立社外取締役3人もクビにし、同社には社外取締役がいない状態が続いてきた。

その社外取締役を決める暫定の「指名・報酬委員会」(委員長、國廣正弁護士)がようやく候補者4人の選定を終え、3月13日に開くアスクルの臨時株主総会に提案することになった。

候補者に選ばれたのは、弁護士で多くの企業の社外取締役を務めてきた市毛由美子氏、医薬品のインターネット販売会社ケンコーコム(現・楽天)を創業し代表を務めた後藤玄利氏、麗澤大学教授でコーポレートガバナンスに詳しい高巌氏、石川島播磨重工業(現・IHI)で副社長を務めた塚原一男氏の4人。

昨年9月に國廣弁護士が委員長を引き受けるに当たって、「アスクル側でもヤフー側でもなく、市場のため、アスクル企業価値を上げるために相応しい候補者を探す」と宣言。アスクル、ヤフーの両社がそれを受けて入れていたといい、候補者選びに両社は関与しなかったという。

候補者を選ぶ過程で打診をすると、「火中の栗を拾うのは」と尻込みする人もいたという。12月前半に4人に候補を絞ってから発表するまでの間に、アスクルの経営陣やZホールディングスの経営陣、同じく大株主のプラスの経営陣と対話を重ね、前回の株主総会社外取締役への再任が否決された斉藤惇・日本取引所グループ前CEO(最高経営責任者)らとも意見交換するなど、「徹底的に議論を重ねてきた」(國廣弁護士)という。

もちろん、4人とも過去にアスクルやZホールディングスなどとの関係はないほか、4人どうしにもつながりはないという徹底した「独立性」を重視したという。

独立社外取締役の効用

株主総会での選任に向けて、前代未聞のユニークな手法を取っている。社外取締役候補者4人に「抱負文」を書かせ公開したのだ。また、臨時株主総会では選任議案の可否を問う前に、候補者に抱負を語らせたうえで、株主からの質問に答える場を作る方針だという。

通常の株主総会では、取締役候補者は選ばれてから紹介されるのが一般的で、選任前に株主の質問に答えるのは、おそらく上場企業では例がない。

國廣弁護士はこうした手法を「アスクル・モデル」と呼び、委員の落合誠一弁護士も「相当なインパクトを与えるものと思う」と述べ、独立社外取締役を選任する場合の方法として、他社にも広がることを期待する、としていた。

さらに國廣弁護士らは、独立社外取締役らで作ることになる「指名・報酬委員会」の規定案のたたき台も示した。そこにもベスト・プラクティスとして「アスクル・モデル」を作り上げる提案が含まれている。指名・報酬委員会のあり方として以下の8項目を掲げている。

1. 取締役会の常設の諮問・勧告機関とする
2. 構成員は独立社外取締役全員とCEOとする
3. CEO、取締役、執行役員などの選解任を取締役会に答申する
4. CEO、取締役、執行役員などの個別報酬を答申する
5. 取締役会からの諮問事項以外でも勧告できる
6. 取締役会は勧告を尊重する
7. 外部の専門家を会社の費用で選任できる
8. 勧告等を行った事項について株主総会等において意見を表明できる

また、独立性を保つ観点から、社外取締役の任期を1年でなく例えば2年にする一方で、在任期間の上限を設けることも検討しているという。

ここまで独立社外取締役の権限を明記するのは、支配権を握る大株主が強権を振って少数株主の利益を侵害しないようなガバナンス・ルールを作ることがある。数の論理だけで社長のみならず独立社外取締役を再任拒否した昨年の株主総会を繰り返さないためだと言える。

「そのためにはルールを作るだけでなく、徹底的に議論することが大事だ」と國廣弁護士は言う。

そもそも少数株主の権利が軽視されている国

日本では、世界では珍しい親子上場が広く行われている。Zホールディングスもアスクルの議決権の過半を握る実質親会社だ。一方で、支配株主以外の少数株主の権利に関する規定は、日本では整備されていない。

親会社の株主と上場子会社の株主の利益が相反した場合、欧米では少数株主の利益を守ることが強く求められる。訴訟になる恐れもあることから、欧米では上場企業の親子上場はほとんどないのが実情だ。

日本でも経済産業省などが旗を振って、少数株主の利益を守るためのガイドライン作りなどが進んでいる。

そんな最中に、アスクルとヤフー(Zホールディングス)の問題が勃発。支配権を持つ親会社が強権発動して株主総会で現職社長の取締役再任を拒否、現職社長を取締役候補に選んだ指名報酬委員会を構成する独立社外取締役まで再任しなかったわけだ。

確かに、新しいアスクル・モデルは、独立社外取締役の機能を強化するうえでは、画期的だろう。指名報酬委員会の答申などを取締役会が尊重しなかったり、親会社が無視した場合、社外取締役株主総会で答申や勧告の内容をぶちまけることができる、というのはなかなかの武器には違いない。支配株主として強権発動した親会社は、世の中の批判を浴びることになるからだ。

抱負文の中で候補者4人はこう述べている。

「経営陣や親会社・支配株主の意向と一般株主の利益とは、必ずしも一致するとは限りません。(中略)独立社外役員は、空気を読まず積極的に意見を言わなければなりません」(市毛氏)

「親子の利害が異なる場合、上場子会社単体の部分最適を親会社グループの全体最適よりも優先させます。少数株主がいる以上、親会社への貢献は上場子会社の価値向上を通じて提供することを原則とすべきです」(後藤氏)

「重要事項の検討・判断にあたっては、『株主全体の共通の利益の向上』という基本中の基本を肝に据え、取締役としての信認義務を厳格に果たしていきたく考えております」(高氏)

「主要株主と経営陣が信頼関係を早急に築くことが肝要であり、そのためには両者の間でダイアログを頻繁に行うことが求められます」(塚原氏)

4人の候補の選任に対して、Zホールディングスは同意しているといい、臨時株主総会では無事4人の社外取締役が加わることになる見込み。現在の5人の取締役は吉岡晃社長兼CEOと、吉田仁COO、木村美代子COOに加え、Zホールディングスから派遣されている輿水宏哲氏と、Zホールディングスの取締役専務執行役員を務める小澤隆生氏が占める。

アスクルと旧ヤフー(Zホールディングス)の間には、子会社化してもアスクルの経営の独立性を維持することや、取締役派遣は2人までという申し合わせがあり、数の論理だけで取締役会の支配権をZホールディングスが握ることは難しい。

Zホールディングスがアスクルの事業を思う通りにコントロールしようとする場合、新たに選ばれる独立社外取締役の支持を受けることが不可欠になる。