「霞ヶ関をぶっ壊す」ことができなければ、「デジタル庁」発足は失敗する 人材もいない、縦割りや序列も壁になる

現代ビジネスに11月19日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/77489

「既存の府省の寄せ集めでは本末転倒」というが

菅義偉首相が就任早々「目玉政策」として掲げたデジタル庁のあり方を巡る議論が本格化してきた。自民党のデジタル社会推進本部(本部長・下村博文政調会長)が「デジタル庁創設に向けた第1次提言」をまとめ、11月18日に平井卓也デジタル改革担当大臣に申し入れた。

自民党としての提言では、デジタル庁を「内閣直属で、強い権限を有した常設組織」とすることを求め、「予算一括計上と執行権限、これまでの前例に囚われない十分な機構・定員を与える」べきだとしている。

これまで霞ヶ関に新しい組織が作られる場合、権限を握る各省庁からの出向などで、調整機能を担う組織になるケースが多かった。

提言では、「デジタル庁が単に既存の府省の寄せ集めでは本末転倒であり、政府・地方公共団体・民間のデジタル化をけん引する強力な司令塔機能を付与する必要がある」と、デジタル庁に権限を集約するよう求めている。

果たして「デジタル庁」は旧来の霞ヶ関の枠組みを超えた「スーパー官庁」となり、行政サービスのデジタル化を一気に進めることになるのか。

実現すれば行政組織の作り直しだが

提言では、「システム」「マイナンバー・データ」「個人情報/セキュリティ」「デジタル庁の機能」「組織」「予算」など41項目の政策を掲げた。「地方公共団体でバラバラに整備・運用されている情報システム」を国が主導して共通化することや、「マイナンバーを中心としたマスターデータ」を整理し、「マイナンバーカードとの一体化を進め、将来的に健康保険証を廃止する」ことなども盛り込んだ。

「(国民が)利便性を実感できるというユーザー目線で改革を進めること」を基本とすべきだとし、具体的な施策のひとつとして、こう述べている。

「デジタル庁は、個人、法人、事業所、土地、不動産等、社会の基本データたるベース・レジストリを整備し、国全体のデータ戦略の企画・推進を担う。その際、他の行政機関が参照できるように整備を進めることで、行政手続において一度提出した情報は二度と提出しないワンスオンリーの実現など、住民の大幅な利便性向上と行政コストの削減を実現する」

企業や個人が自身で収支データをクラウドに入力するだけで、それが税務申告や助成金申請に使われ、申請書の作成や行政側の処理に膨大な人手をかける必要を無くそうというわけだ。

もし、これが実現すれば、壮大な行政機構を「作り直す」ことになるが、焦点は、それを支える「人材」を確保できるかどうか、だろう。少なくとも、霞ヶ関の中にはそれを実現できるようなデジタル人材はほとんどいない。

デジタル化を担える人材を採用できるのか

提言では、人材確保について、こう述べている。

「デジタル庁においては、これまでの霞ヶ関の組織文化・前例に囚われることなく、幹部職含め、若手からの抜擢含めて、官民問わず適材適所の人材配置を行う。その際、デジタル庁設置において、各府省から振替られた機構・定員等に影響されない人事配置とする」

「民間等における実務経験(DX 戦略、PM、UI/UX、データ戦略等)を有したIT人材を採用・確保するとともに、柔軟かつ魅力的な人事・給与・評価制度、執務環境を整備する。その際、デジタル庁での実務経験が、その後のキャリア・アップ等につながるような制度・環境も整備する」

旧来型の霞ヶ関の序列に従っていては、デジタル化を担える若手人材の採用はおぼつかない。

実は、現在も政府にはCIO (最高情報責任者)という役職が存在し、民間人を充てている。「内閣情報通信政策官」というのが正式名称で、大林組の元専務で情報システム担当などを務めた三輪昭尚氏が就いている。

台湾で2016年に、天才プログラマーと言われたオードリー・タン(唐鳳)氏を35歳の若さで、閣僚級の「デジタル担当政務委員」に抜擢したことが有名だが、三輪氏は就任時66歳、現在68歳である。

今回の自民党提言でも、この政府CIOと政府CIO補佐官制度を見直すことを求めている。その上で、デジタル庁に、CIO、CTO(最高技術責任者)、CDO(最高データ責任者)、CSO(最高セキュリティ責任者)などを置き、「ジョブ・ディスクリプション」を明確にしたフラットな組織を求めている。

霞が関に「フラット」という発想はない

こうした「フラットな組織」という発想は霞ヶ関にはまったくない。これまでも役所を新設する際は、長官や次長、局長、審議官、課長といった役職を決め、民間人を採用する場合にはそこに当てはめるという手法をとってきた。

役所が作る幹部名簿を見れば、役職名の頭の位置が微妙にズレており、役職の序列を示している。すべてがヒエラルキーなのだ。これを壊すのは至難だ。提言をしたデジタル社会推進本部の甘利明座長も「そこが一番難しい」と会見で語っていた。

霞ヶ関の「序列文化」を壊すことに猛烈な抵抗が起きるのは必至だ。だが、それができなければデジタル庁は、旧来の省庁の中に調整官庁がひとつ増えただけ、で終わるに違いない。

提言取りまとめの実務を担った推進本部事務総長の小林史明衆議院議員は、「まずは準備室の段階から『人事部』を作って、CIO、CTOに相応しい能力を持った民間人材を発掘、ヘッドハントするくらいのことから始める必要がある」と強調する。

霞ヶ関主導で組織を作ってから民間人を募集するのでは、結局、旧来型の組織になってしまうというわけだ。

菅首相が言う「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」の肝は、デジタル化ではなく、デジタル化に合わせて組織や仕事のやり方を根本から見直すことにある。

デジタル庁のトップにふさわしい、霞ヶ関の既得権を握る在来省庁を「ぶち壊す」胆力と政治手腕を持った人材を探し出せるかどうかが、デジタル庁成否のカギを握ることになる。