それが本当の終身雇用

 このところ新型コロナ対策で在宅勤務続きだったのですが、先週木曜日に久々に出社したので広報で『日経ビジネス』先週号の「働かないおじさん特集」をコピーして週末に読んでみました。権利関係で問題ありかもしれませんがまあいいよね。実は電子版にもアップされていたのですが有料記事なのでスルーしていたのでした(笑)。地元の図書館がクローズしているのが痛い。
 さて内容は私の本務先の話なども取り上げられていて(笑)いささかコメントしにくいところもあり、最後の中西経団連会長のインタビューをご紹介して感想など書きたいと思います。4ページの記事なのですが写真とタイトルを除くと実質2ページというところでしょうか。でまあ最初に昨年の闘病の話があり(寛解されたようでご同慶です)、最後のほうはコロナ、米中関係、原発の話になっていますので人事管理の話は実質1ページくらいですね。
 でまあ相変わらず日立の人事制度の具体的な話がないのが残念なのですが(特集のはじめの方でも日立の話がかなり長く書かれているのですが「年功をやめる」ばかりでやはり制度の具体的な説明はない)、まず春闘について「大前提は「賃上げすべきだ」という意見」だと述べたうえで、ただし年功序列や全体の底上げはできない、リーダー層など、中国などと較べて賃金水準が負けている人たちの賃金を上げるべきだと主張しています。まあ、データ人材とかAI人材とかで、組合員層の高度人材を高く処遇したいということでしょうか。
 さてここでインタビュアーから「年功序列も一律賃上げも終身雇用の問題」と問われたのに対し、中西会長は「雇用を大事にする仕組みには非常に価値がある」と前置きしたうえで、「終身雇用を前提とした人生設計は見直さないといけない」と言っています。これはずいぶん簡単に言ってくれるなという感は否めず、もちろん企業規模や就労形態などによる違いは大きいとしても、やはり日本社会のしくみが長期雇用慣行のもとでの雇用と収入の安定を前提にしているわけなので、そうそう簡単な話ではない。社会保障制度も基本的には長期雇用慣行をベースにしているわけですし、職業訓練は企業に多くを依存しているわけですし、子女の教育費を保護者が負担する制度になっているのも長期雇用慣行のもとでそれが可能な処遇がなされているからでしょう。勤労者財形、特に住宅ローンなども長期的な雇用と収入の安定を前提にしてきており、「人生設計を見直せ」というのであればこうした社会のしくみもあわせて見直す必要があるはずで、さて経団連にそこまでの覚悟があるのかという話ではあります。いや生活扶助とか職業訓練とか住宅扶助とかを政府が全国民対象にやることになるわけで、経団連はそれでいいのかね。
 続いてジョブ型の話題に移るわけですが、中西会長はここでは「明確な職務規定があって、働き手をそこにアサインすることで、価値が市場で決まる。報酬が足りないと思う人はよその会社に行く。流動性も上がる。このような仕組みに徐々に移っていくことに晴朗性はある」と述べておられます。まあこれはやって悪いたあ言いませんが徐々に移っていくということが最重要だろうとは思います。
 そこで日立のジョブ型の話になるのですが、年功的には賃金を上げない、上位のジョブグレードに上がれば賃金が上がる、そこで「職務規定はオープンにしているので…手を挙げてもらう。規定と合っていれば仕事をいつまでやってもらっても構わない」ということだそうです。やはり「職務記述書を作成し、それが該当するジョブグレードの賃金を支払う」というもののようですね。
 ただ日立さんがどうかはともかく、一般論としてはおそらく「手を挙げてもらう」となると何本も手が挙がるというのが実態でしょうから、何らかの判断で一人選んで、あとの人はまた今度ということになるでしょう。ところが「いつまでやってもらっても構わない」という話だと、選ばれた人が上のグレードへのチャレンジに成功するまで、選ばれなかった人はいつまでも次のチャンスがないということになりかねない。別にジョブ型にしたところで職務等級給にしたところでポストや上位のジョブグレードの仕事が増えるわけではないですからね。まあでも賃金は上げてないから選ばれなかった人も「働かないおじさん」にはならないし、「いつまでも次のチャンスはない」のは仕方ないんだから、それが気に入らないならどこへでも出ていけという話になるわけか。なるほど。
 いっぽうで中西会長は逆に「ジョブがなくなるとその人は職を探す」とも言っておられて、なるほどジョブ型というのは労働契約に記載されたジョブがなくなれば相応の補償を受けて解雇され、次の「職を探す」というのが通り相場ではあります。もっとも日立さんはそうはしないようで、中西会長も後のほうで解雇規制については「規制緩和を声高にいうつもりはない」「私がやってきたオペレーションの中でも「いきなり解雇」はしてきていない」とのことですから、まあ職を探すのは企業のほうがなにか別の仕事を、という話のようです。要するに雇用は維持するけれどそのために衰退分野を温存することはしたくない、ということですね。だから別分野にチャレンジしろと。まあ、人事権を手放すつもりがないのなら解雇規制の緩和も難しいといういつもの話ではあります。
 そうなるとよくわからないのが定年制の話で、中西会長はここで「定年という仕組みは終身雇用、年功序列があるからついてくる。本当の意味で、ジョブ型雇用が浸透すれば定年なんて関係はなくなる」「日立において、(引用者注:ジョブ型を導入している管理職層は)定年制自体があってないようなもの、なんです」と、こちらは欧米で典型的なジョブ型が前提の話をしておられるのですね。ただ、欧米で定年制がないのは(欧州では事実上の定年制がある例が多いですが)ジョブがなくなったり加齢によってジョブを遂行する能力を喪失したりした場合には解雇されるからであって、人事権を手放さず解雇規制の緩和を求めないのであれば、そうした場合でも解雇の前に社内の別業務への配置転換を行う必要が出てきます。もちろん、それによって転換した仕事のジョブグレードが下がるのであればそれに応じて賃金を引き下げることはできる可能性が高いでしょう。とはいえ、定年がなくなって働ける仕事がある限りは雇用されるということだと、それって文字通りの意味での終身雇用じゃないかと思うわけだ。
 ということで中西会長の議論はいささか混乱気味のように思われますが(まあ日経ビジネスの編集の問題も多々ありそうな気はしますが)、基本的にその問題意識は長期雇用がどうこうというよりは賃金の問題で、経営上必要な稀少人材であれば高い賃金を提示して採用して囲い込みたいし、逆に能力が高くてもそれ相応の仕事についていないのであれば、現実の仕事に応じた以上の賃金は払いたくないということのようです。でまあそれは理解できないではないし、日立の労使がそれでいいのならそうすればいいという話ですし、それで他社に較べていい人材が採れるならそれでいいのではないかと思うわけです。
 なお特集全体についていえば、「働かないおじさん」=「若い頃から意欲も能力も低いのに終身雇用と年功賃金に安住して年功的に賃金が高い人」という従来のステロタイプはどうやら脱して、「働かないおじさん」=「能力はあるけど出世に敗れた人」という理解には一応達しているようなので若干の進歩は認めたいと思います。ただまあ書いてあることは要するに「働かないおじさん」を恫喝しつつ「能力の高い人が高リスク低賃金の仕事に移れば歓迎される」(これを流動化と称するらしい)という拙劣な話がほとんどで(もちろん中原淳先生の談話のように有意義な記事もありますが)、まあやはりカネ払ってまで読むもんじゃなかったなと。