バイデンのサウジアラビア訪問


先週アメリカのバイデン大統領がイスラエルとサウジアラビアを訪問した。そして今週はロシアのプーチン大統領がイランを訪問する。なぜ今、2大国の首脳の中東訪問なのか。


まず既に終了したバイデン大統領の訪問を要約すれば、次のようになるだろうか。


サウジアラビアに行ったのに、イスラエルに行ったふりをした。石油の増産のお願いにいったのに、その他の案件で行った振りをした。


バイデン大統領は何のためにイスラエルとサウジアラビアを訪問したのか。何が目的だったのだろうか。なぜ、この2国を訪問したのだろうか。なぜ、この時期の訪問だったのだろうか。この訪問から何を得たのだろうか。イスラエルとサウジアラビアは、バイデン大統領を迎え入れて何を得たのか。


まず、何の目的だったのか。それは、訪問の相手国とタイミングが教えてくれる。サウジアラビアに石油の増産を依頼するためである。サウジが出した条件は、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子との会談であった。同皇太子は、2018年イスタンブールでジャマール・カショギが殺害された事件の黒幕と信じられている。カショギはサウジアラビアの体制に批判的な論調で知られ、アメリカに在住してワシントンポスト紙にも寄稿していた。2020年の大統領選挙では、候補者ジョー・バイデンは、同皇太子を激しく批判した。


その皇太子を、そのバイデン大統領が公式に訪問するのである。これで、同皇太子のカショギ事件への関与をバイデンが不問にするという儀式であった。何のために、そこまでバイデンは膝を屈したのだろうか。答えは2語である。つまりウクライナと石油である。2月のロシアのウクライナへの大規模な軍事侵攻を受けて石油価格が上昇している。これがアメリカのガソリン価格の高騰を引き起こしている。車に大きく依存するアメリカ社会では、有権者はガソリンの価格に敏感である。ガソリン価格の高騰がバイデン大統領の支持率の低下につながっている。11月のアメリカ中間選挙を考えると、何としてもガソリン価格を引き下げねばならない。そのカギを握るのは、石油の増産能力を持つサウジアラビアの動向である。そこでバイデン大統領の同国訪問と皇太子との会談となった。ガソリンがバイデンの人権重視の建前を焼き払った格好である。


この訪問で皇太子は、日本風に言えば外交的な「みそぎ」を済ませた。それではバイデンは石油増産の約束を得たのだろうか。石油価格は下がるのだろうか。サウジ側は、こうした点に関しては明言を避けている。今後の同国の石油生産の動向が、その答えとなるだろう。


なぜイスラエル訪問?


それでは、バイデンは、なぜイスラエルに行ったのか。それは石油のために中東を訪問したのではないというアリバイのためである。イスラエルではベネット首相が率いていた連立内閣が6月に議会の過半数を失った。同首相が辞任し、代わりに外相だったラピッドが、首相の座に座っている。11月に予定されている総選挙までの暫定的な存在である。そうした国を、現段階で訪問する理由はない。しかし、さすがにサウジアラビアのみを訪問するのでは、「アブラ乞い」の姿があまりにも目立ちすぎる。そこでイスラエル訪問となった。ラピッド首相にとってもバイデン大統領の訪問はありがたい。11月の選挙を前に、超大国の大統領を迎えて華々しい外交ショーを繰り広げれば、自身を首相らしく見せて有権者に売り込むことが可能になるからだ。イスラエルは喜んでアリバイ作りに付き合った。


さてバイデンの努力は石油価格を引き下げただろうか。バイデンの中東訪問の終了後の最初の週の石油市場では価格が高止まりしたままである。マーケットはバイデンの外交を、嘲笑っているかのようである。


テヘランの3首脳


さてバイデン大統領の中東訪問の直後ともいえる19日にロシアのプーチン大統領とトルコのエルドアン大統領がイランの首都テヘランに入った。イランのライーシー大統領との3首脳会談が予定されている。なぜ今、バイデン大統領の去った直後という時期の会談なのだろうか。これもウクライナが多くを説明する。2月のウクライナへの大規模な攻撃の開始以降、ロシアは国際的に孤立し、欧米から様々な制裁の対象とされてきた。そのプーチン大統領は、この時期にイランを訪問し首脳会談に参加することで自国が決して孤立していないと主張できる。やはり以前から様々な制裁の対象とされてきたイランも事情は同じである。イランは周辺の2つの大国の首脳を迎えることで、自国の国際的な地位の高さをアッピールできる。トルコのエルドアン大統領は、アメリカともロシアともイランともイスラエルとも話の出来る現在では世界で唯一の存在である。テヘランでの3首脳会談は、その外交力を国内の支持層に誇示する場面となる。


さて、こうした外交的勝利の演出を越えた、実質的な討議すべき問題もある。この3国関係の焦点のひとつはシリアである。


シリアの現状は、どうなっているのか。アサド政権の支配地域、トルコの支援する反アサド派の領域、そしてクルド人の支配地域にシリアは、大きく三分されている。アサド政権を支援しているのはロシアとイランである。ロシアは制空権を握り空爆によってアサド政権を支えて来た。イランは各国のシーア派の若者を兵士として送り込んで陸上戦闘で同政権を助けて来た。また革命防衛隊も入り込んでいる。


このシリアにイランの影響力が強くなるのを嫌いイスラエルが大規模な爆撃を続けている。シリアの上空を支配するロシアは、これを黙認している。イランは、イスラエル空軍の動きを牽制するようにプーチン大統領に働きかけるだろう。その対応が、注目される。プーチンのイスラエルへの対応に影響を与えるのは、もちろん同国のウクライナ政策である。イスラエルは、この問題では中立を維持している。


もう一つのシリアを巡るポイントは、トルコのクルド政策である。トルコはシリアのクルド人支配地域に軍事的な攻勢を計画している。この地域を支配するPYD(民主統一党)は、トルコ政府軍と戦うテロ組織でありPKK(クルディスターン労働者党)と一体である。これがトルコの認識である。したがってPYDの勢力は、トルコへの脅威である。世界がウクライナに集中している今は、ある意味チャンスだ。この動きに対してロシアとイランが、どう対応するのだろうか。ロシアもイランも、これまでシリアではトルコと対立してきた。この問題での3首脳の交渉が注目される。ウクライナでの砲煙の向こう側でシリア情勢が動くのだろうか。


-了-