以前にブログにアップした拙文ですが、現在のオリンピックに関する議論の中で、今もう一度読んでいただく価値があるのかも知れないと思いアップします。


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日本人は、2020年の東京オリンピック開催の決定で盛り上がっているのだろうか。


ヨーロッパでは、ノルウェーの首都オスロの2022年の冬季オリンピックの誘致立候補からの辞退が評価されている。14年秋に辞退を表明したノルウェーだが、過去2回オリンピックを主催している。それに冬のオリンピックでは一番多くのメダルを獲得している。にもかかわらず13年秋に成立した保守党と進歩党の連立政権が立候補の辞退を決定した。最有力候補とされていたノルウェーの首都オスロの辞退で、立候補している都市は中国の北京とカザフスタンのアルマトイのみとなった。


立候補辞退の背景は、費用の問題である。14年のロシアのソチでの冬季オリンピックは510億ドル(約6兆円)を要したと報道されている。ソチでは新たな競技施設が建設されたが、オスロでは既存の施設の利用が可能である。したがって費用はソチの1割で済むのではとの予測もあった。しかし、それでも国民の支持は燃え上がらなかった。こうした費用は見積もりを超えて膨らむ傾向があるとの懸念の声も強かった。


ノルウェーは世界で有数のエネルギー生産国である。北海と北極海での石油とガスの生産で知られている。生産しているのは国営会社のスタトオイル社である。


ノルウェーの人口はわずか512万人である。したがって国内消費は少なく、生産されたエネルギーの大半は輸出に回される。そのため年間の一人あたりの国民所得は10万ドル(約1200万円)を超えている。世界でもトップ・クラスである。莫大な石油収入だが、それを国内で支出しては経済が大混乱を起こすというので、エネルギー輸出からの収入は別勘定の基金に組み入れられている。そのため、そのエネルギー輸出収入からの基金が天文学的な額に膨れ上がった。14年末の推定で90兆円ほどである。ノルウェーの人口一人当たりにすると1800万円になる。国民一人当たり1800万円の貯金を、政府が持っている計算になる。その豊かなノルウェーが、お金がかかりすぎるからとオリンピックの主催国の立候補を取り下げたのである。まともな感覚の人たちである。


ノルウェーを旅行してつねに感じるのだが、この国に貧しさは見えない。しかし同時に華美とか贅沢といった雰囲気もない。伝統的な質素で倹約を重んじる質実剛健な気風が残っている。じつは、こうした感覚が国際オリンピック委員会のさまざまな要求を嫌悪させたのかも知れない。


ノルウェー筋からのリークと思われる情報を元にイギリスの経済紙『フィナンシャル・タイムズ』が伝えたところによれば、国際オリンピック委員会は主催者にたかっているかのように要求を突きつけている。


たとえば、委員の一人ひとりに運転手つきの車、携帯電話、開会式と閉会式では貴賓室での豪華な料理とバーの準備、ノルウェー国王とのカクテル・パーティーなどなどであり、しかもその費用をすべてノルウェー側が負担する。ノルウェー側は、オリンピック開催の費用ばかりでなく、こうした誘致のための「特権」の提供の要求にもカチンときたようだ。


この報道で、国際オリンピック委員会なる組織に漂う腐敗臭が臭気だけでないと知れ渡った。ノルウェーのオリンピック開催国への立候補辞退は、国際オリンピック運動の舵取りをする人々の姿勢を批判する一撃でもあった。ノルウェーの決断は一部では、「金メダル」級の英断との評価もされている。


この報道から想像すると、他のオリンピック開催国は国際オリンピック委員会の特権的なサービスの提供要求をすべて受け入れてきたのだろうか。オリンピックの「おもてなし」とは、おもてのない裏ばかりの「接待合戦」なのであろうか。ワールドカップやオリンピックの誘致に多額のお金が動くとの嫌疑はかつてから存在した。ノルウェーの場合はお金を要求されたわけではないが、国際オリンピック委員会なるものの体質が見えた場面であった。ちなみにアジアには国債発行残高が、つまり国の借金が1千兆円を超える国がある。国民一人あたりにすると800万円以上の借金がある計算になる。2020年には、その国の首都で盛大にオリンピックが開催される予定である。


-了-


※『まなぶ』(2015年2月号)42~43ページに掲載