労働市場の分極化

 ツイッターで反応してみたのですが140文字連投ではやはり限界があったのでこちらで考えてみたいと思います。先週金曜日(7日)に開催された第35回未来投資会議の資料が官邸のウェブサイトで公開されているのですが、その中にこんな一節があります。

6.大学教育と産業界、社会人の創造性育成のあり方

 第4次産業革命労働市場の構造に著しい影響を与える。その構造変化の代表が「分極化」。米国では、中スキルの製造・販売・事務といった職が減り、低賃金の介護・清掃・対個人サービス、高賃金の技術・専門職が増えている。日本でも同様の分極化が発生し始めている。
 逆に、第4次産業革命が進むと、創造性、感性、デザイン性、企画力といった機械やAIでは代替できない人間の能力が付加価値を生み出す。労働市場の分極化に対応し、付加価値の高い雇用を拡大するため、以下の政策のあり方を検討。
(1) 新卒一括採用の見直し・通年採用の拡大に併せて、Society5.0時代の大学・大学院教育と産業界のあり方
(2) 労働市場の分極化を踏まえた、社会人の創造性育成に向けたリカレント教育のあり方
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/dai35/siryou1.pdf

 この「労働市場の分極化」というのは正直初めて見ました。もちろん政治の世界では「米国政治の分極化」とか普通に使われる言葉ではあり、「社会階層の分極化」なども見たことがあるような気もするのですが、「労働市場の分極化」となるとインターネット上をざっと検索したくらいではほとんど引っかかってきませんので、まあまあ未来投資会議のオリジナルと言えるのではないでしょうか。そうか自ら率先して創造性、感性、デザイン性、企画力といった能力を発揮して国民に範を垂れたかこらこらこら、しかしなんか言葉が浮わついていて今一つ意味がわかりません。
 まあ一応定義らしきものは与えられていて「米国では、中スキルの製造・販売・事務といった職が減り、低賃金の介護・清掃・対個人サービス、高賃金の技術・専門職が増えている。日本でも同様の分極化が発生し始めている」というのですが、少なくとも米国で「中スキルの製造」の職が減っているのは製造拠点の国外移転が主因だということにはまあ異論はないはずで第4次産業革命とは関係ない。そのほかにも、米国の労働市場の変化については、たとえば移民労働力の流入なども影響しているものと思われます。というか、第4次産業革命自体が「さあこれから大いにやるぞ」と各方面が張り切っているこれからの話であって、今の米国の現状を「第4次産業革命労働市場の構造に著しい影響を与える。その構造変化の代表」ということはそもそもできないのではないでしょうか。
 もちろん日本の労働市場でも主として正規/非正規の二極化が進んでいるということはまあ大方のコンセンサスでしょうが、やはりそれが第4次産業革命の著しい影響であるという意見はほとんど聞かないわけですね。
 いやいやそれはそれとして今後第4次産業革命が進めばそうなるのだという話なのかもしれませんが、しかし「労働市場の分極化に対応」「労働市場の分極化を踏まえた」などと無批判に所与の前提にしているのは問題だろうと思います。「創造性、感性、デザイン性、企画力といった機械やAIでは代替できない人間の能力が付加価値を生み出す」と書かれていて、まあたしかに世間にはそういうことを言う人もいるわけですが、しかし「機械やAIでは代替できない」ものとしてボリュームがあるのはいわゆる「調整(スケジュール調整とかじゃなくて、利害の調整とかそういうのだな。法人営業とかやっていれば日常的にある仕事)」業務や対人サービスなどであって、こちらの価格を上げることで付加価値を増大させるという成長戦略を考えてほうが賢明なのではないかと、思わなくもない。もちろん創造性、感性、デザイ(ryはそれはそれでとても大事でしょうが、しかし調整業務や対人サービスも相当に創造性や感性が求められるわけであってな…?
 そして「労働市場の分極化に対応し、付加価値の高い雇用を拡大するため」に「新卒一括採用の見直し・通年採用の拡大」をやれと言っているわけですね。まあ新卒一括採用の見直しも通年採用の拡大も現実にはすでに政策論を先取りして進み始めているわけで、それ自体は採用や処遇の多様化であり選択肢の増加でもあるので基本的に好ましいことだろうと思います。実際これはわが国で現実に起きている二極化に対する対策という面が相当にあって、それこそ二極化の中間形態として「スローキャリアでジョブ型の限定正社員」みたいな提案がまじめに議論されているわけですね(例の朝日の「妖精さん」特集で掲載されたhamachan先生のインタビューとか)。先日ご紹介した2020年版経労委報告でも経団連は(経団連会長はどうか知らないが)引き続きメンバーシップ型を主流としつつ、かつての「自社型雇用ポートフォリオ」の「高度専門能力活用型」のようなジョブ型雇用を各社が適切に組み合わせるという方向性を明確に打ち出しているわけです。二極化に対する問題意識はかなり広く共有されていて、それをいかに食い止めるかという議論をしているわけで、ここで「分極化に対応」と白旗をあげる必要もないじゃないかと。
 でまああとは「Society5.0時代の大学・大学院教育と産業界のあり方」「社会人の創造性育成に向けたリカレント教育のあり方」と来るわけですが、リカレント教育については私も当事者なのでうーんとは思う。創造性育成ねえ…。まあ仕事からは得られないような知識や経験は提供していると自負しているので、あとはそれぞれに創造性につなげていただければ幸いですということで現時点ではご容赦いただければと。
 なおこの資料、ここ以外にも労働の話がたくさん出てきていて要するに兼業・副業とフリーランスなんですが、ざっとした感想としてはいかに「成長戦略」だとは言っても能天気すぎねえかという印象です。いい側面ばかりが強調されているわけですが、たとえば兼業・副業についていえば、自由にやっていいよという話になれば「新たな技術の開発、オープン・イノベーションや起業の手段、そして第2の人生の準備として有効」なのはむしろ少数派であって多数派は追加的な収入が目的になるだろうと思いますし(まあ明白だと思うのですが違うのかな)、フリーランスについても「ギグエコノミーの拡大により高齢者の雇用拡大に貢献しており、健康寿命を延ばす」とか言うわけですが現実をみればまあ不安定で低収入なものが大半だろうと思われるわけで、つい先週もウーバーイーツ(だったかな?)の事例が国会で取り上げられて首相から「そのような実態はよろしくない」みたいな回答を引き出していたはずです。まあこちらは保護の在り方も視界には入っているようですが。