高級スイス時計が激売れ…中国経済、実は「ひとり勝ち」が鮮明になっていた 経済回復競争、日本は負け組に?

現代ビジネスに4月15日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

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高級品消費の指標、スイス時計

新型コロナウイルスの蔓延は世界経済に大きな打撃を与えている。ところが、新型コロナが最初に確認された中国は、その後、ウイルス拡大の封じ込めに成功。他の国々を横目に、経済は一気に回復基調をたどっている。まさに、中国経済が「ひとり勝ち」の様相を呈しているのだ。

典型的なのは、高級ブランドの時計や宝飾品などの需要。ロックダウン(都市封鎖)などで外出もままならない欧米諸国では、国内外の旅行がストップし、ブランド品の売り上げが激減している。

ところが、経済活動が回復し、消費も持ち直している中国では、高級品ブームとも言える状況が生まれている。海外旅行などができない分、国内での高級品消費に余裕のある市民たちの資金が向いている、というのだ。

それが端的に表れている数字がある。高級時計の代名詞でもあるスイス時計の全世界向け輸出額を調べているスイス時計協会の2020年の年間統計だ。

それによると、中国(大陸)向けの輸出額は23億9400万スイスフラン(約2800億円)と、2019年に比べて20%も増加。過去最高額を記録しただけでなく、スイス時計の最大の輸出先に躍り出た。

全世界向けの輸出額総額は169億8410万スイスフラン(約1兆9884億円)と21.8%も減少しおり、輸出先30カ国・地域のうち、中国、オマーンアイルランドを除いた27カ国が大幅なマイナスになった。オマーンアイルランドはもともと輸出額自体が小さく、イレギュラーな数字と言え、まさに中国が「ひとり勝ち」なのである。

香港、急速な凋落

もともとスイス時計の輸出先としては、戦後長い間、香港がトップだった。2019年の香港向け輸出額も26億9100万スイスフラン(約3185億円)と、2位の米国、3位の中国を抑えて圧倒的なトップだったが、2020年はその座を譲る歴史的な年になった。

2020年のスイス時計の香港向け輸出額は16億9670万スイスフラン(約1986億円)で、2019年比なんと36.9%も減少、世界3位に転落したのだ。

新型コロナに伴う経済凍結で消費が落ち込んだ米国向けも19億8670万スイスフラン(約2326億円)と17.5%減少、中国に大きく水を開けられて、2位にとどまった。ちなみに、4位の日本向け輸出も26.1%減った。

香港は英国の植民地だった頃から、世界を代表する貿易都市として栄えてきた。1999年に中国に返還された後も「一国二制度」の方針の下で、それまでと変わらないアジアの貿易拠点、金融拠点としての地位を保ってきた。

それがにわかに変わり始めたのは2014年の「雨傘運動」と呼ばれた民主化運動から。2019年には強権姿勢を強める香港政府に対してさらに激しい抗議運動が盛り上がった。ところが、2020年6月に遂に中国政府が「香港国家安全維持法」を成立させ、民主派の弾圧に乗り出した。

従来の「一国二制度」が風前の灯火となったことに西側諸国は強い危機感を抱いている。貿易上の最恵国待遇を取り消すなど対抗措置を強めており、その結果、香港の自由貿易都市としての歴史的地位が音を立てて崩れているのだ。

中国大陸向けのスイス時計輸出が一気に増えたのは、香港での時計需要を支えてきた中国大陸から香港への観光客が減少し、上海や北京などでの消費が増えていることが背景にあると見られる。

欧米からの香港への旅行者も激減しており、高級品の一大需要地だった香港の影は一気に薄れている。つまり、中国市場の急伸とは裏腹に香港が凋落しているのである。この傾向は当面続くことになるだろう。

「ポストコロナ」の敗戦国は

中国の「ひとり勝ち」は、日本との貿易にもはっきりと表れている。2020年の日本から世界への輸出額と、世界から日本への輸入額の合計である「貿易総額」は136兆円あまりと前年に比べて12.5%減少した。輸出が68兆円と11.1%減、輸入が67兆円と13.8%減ったのだ。

そんな中で、逆に「中国」への依存度が大きく増している。日本から欧米などへの輸出が激減している中で中国向け輸出は15兆円と2.7%の伸びたのだ。2019年に最大の輸出先だった米国向けは、2020年は17.3%減の12兆円あまりとなり、中国向けを下回った。日本にとっての最大の輸出先が中国になったのである。

もともと中国からの輸入額は米国からの輸入よりも遥かに多く、輸出と輸入を加えた貿易総額は2007年に中国が米国を抜いて以降、差が開いてきたが、その差がさらに広がった。

米国が中国と対立色を強めている背景には、こうした中国経済の影響力の増大があるのは間違いない。中国は経済的に「ひとり勝ち」となっていることを背景に、周辺各国と軍事的な緊張も高めている。

問題は新型コロナが終息した後の「ポストコロナ」の時代にも、中国が「ひとり勝ち」を続けることになるのかどうか、だ。リーマンショックで欧米の緊急機関が苦境に立ち、各国の経済が大打撃を受けたのを横目に中国は一気に存在感を強めてきた。今回の新型コロナでも同じことが起き、中国の存在感が圧倒的なものになるのかどうか。

欧米各国は、ワクチン接種の拡大で、新型コロナを抑え込み、経済活動を復活させようと急いでいる。ワクチン接種が先行しているイスラエルなどでは新型コロナの新規感染者の減少が見え始めている。

中国を追いかけるように欧米各国の経済活動が急ピッチで再開されていく中で、ウイルスの封じ込めがうまくいかず、ワクチン接も進まない日本が大きく出遅れることになるのではないか。中国ひとり勝ちの世界で、日本だけが負け組に転落する危険性が出始めている。