上野友子・武石恵美子『女性自衛官』

 「キャリアデザインマガジン」159号に掲載した書評を転載します。

『女性自衛官-キャリア、自分らしさと任務遂行』
上野友子・武石恵美子著 光文社新書 2022.3.30


 男の世界というイメージの強い自衛隊だが、すでに自衛官の7.9%は女性が占めている(2020年3月31日現在)。この本に登場するのは、その中の「子を持つ女性佐官」20人、全員が幹部候補生課程であり、年齢は30代が6人、40代以上が14人という。佐官といえば、現場に出れば一佐なら1,000人の連隊を、三佐でも200人の中隊を率いるポジションだ。キャリア官僚とまではいかないものの、世間的にはエリート公務員の範疇に含まれよう。この本は、このポジションに「育児をしながら」到達しえた20人の女性自衛官を対象としたインタビュー調査をもとに、そのキャリアを多角的に描写し、分析している。
 まず第1章では自衛隊自衛官の概要がかいつまんで説明される。キャリアの各ステップに行われる研修の充実ぶりが目を惹く。第2章では多様な入職課程が描かれる。強い意志や覚悟を持って自衛官の道を選んだ人ばかりでなく、「なんとなく」や「たまたま」選んだという人も少なくないという。そんな人でも、やがて仕事を通じて自衛官の仕事に高い誇り、強いアイデンティティを持つようになるのだが、第3章ではその課程が述べられる。それは任務の特殊性への自覚や、具体的な教育や任務遂行を通じて形成されるというから、まさに自衛隊という組織の風土ゆえなのだろう。
 第4章では職場や仕事の変化といった「横のキャリア」が分析される。将来のキャリアのために複数の専門職種・職域を経験しつつ、現場と行政とを往復するという幹部自衛官のキャリア形成においては、頻繁な異動、時には転勤が繰り返されるが、女性自衛官たちはその意義を認め、前向きだという。また、近年では従来女性の配置が制限されてきた職域でも女性が増加し、女性の職域が拡大しているという。
 第5章は昇任、「縦のキャリア」にあてられる。自衛隊は性別や年齢とは無関係な階級社会であり、任務内容が明確かつ男女差がないことから、女性の昇任は進みやすいという。ここでは幹部、指揮官の任務の醍醐味が多く語られているが、一方で上位昇任を目指す単線型のキャリアの複線化が課題として指摘されてもいる。
 第6章は「女性自衛官の壁」と題され、男性社会たる自衛隊の中で女性が直面するキャリアの壁、具体的には体力、妊娠・出産によるキャリアの中断、根強く残るジェンダー・バイアスなどが取り上げられ、ダイバーシティや管理職の役割の重要性が述べられる。そして第7章が「女性自衛官の仕事と子育て」、いわゆるワークライフバランスの分析となる。264ページの本書の50ページを占める最長の章である。自衛官には緊急事態に際して職務を最優先にする「即応態勢」が課され、有事にあっては命を賭して国民を守る覚悟が求められる。ここでは、そうした中で仕事と家庭の責任をともに果たすことの苦悩が切実に述べられ、それぞれが置かれた立場、環境の中で、それを克服していく様々な悪戦苦闘が語られている。それをやり遂げた20人の共通項は「一人で抱え込まずチームで乗り越える」ことであり、それが自衛隊の一致団結の強みなのだろう。第8章は全体のまとめで、副題にあるとおり、女性自衛官のキャリアが「自分らしさ」と「任務遂行」をキーワードに考察されている。任務遂行が自分らしさにつながる納得感はキャリア自律の基本であり、組織と共存し自分らしさを実践する柔軟性が重要であると著者はいう。官民、男女を問わず通用するインプリケーションであろう。
 たしかにこの本の語りは自衛隊という特殊な世界、さらにその中の女性幹部自衛官という限られた範囲のものだが、それを超えた普遍的な価値も豊富に有しているのではないかと思う。まずなにより、それぞれの語りは臨場感と迫力にあふれ、強い説得力がある。著者の調査力と筆力のなせるわざであろうが、その中にはキャリアを考える多くの人々にとって、さまざまなヒント、気づきがあるに違いない。さらに、男性である評者にはうかがい知れないが、働く女性に勇気を与える内容も多そうに思える。もちろん、多くのキャリア危機を乗り越えてきたサバイバーたちの語りに「私にはできない」という感想を持つ人もいるだろうが、それはそれでキャリアを考える上で一つの有意義な気づきだろう。
 そしてなにより評者が感じたのは、ここに登場する多くの人物像は、女性自衛官だけではなく、その上司や配偶者といった人々も含めて、たいへん魅力的なものが多いということだ。この本を読んで「私も幹部自衛官を目指したい」と思う女性も少なくないのではないかと思う。そういう意味でも、多くの人に読まれてほしい本だと思う。