8月30日発売の『地図でスッと頭に入る中東&イスラム』に掲載したエッセイを出版元の承諾を得てアップします。


中東は世界の心臓 国際政治の最前線

 

中東を抜きに世界経済は語れない。また国際政治も見通せない。そして人類の歴史も理解できない。中東の理解は人類の過去と現在と将来を考える鍵である。なぜか。

 

世界経済にとって、中東が重要な理由を一言で言えば、エネルギーである。中東は世界有数の石油と天然ガスの埋蔵量と生産量と輸出量を誇っている。世界を人体にたとえるならば、中東は心臓といえる。石油と天然ガスという世界経済の血液を、地球という体全体に送り出している。

 

各国はこの血液の源である中東に進出し、激しい競争を展開している。その競争はしばしば戦争に転化する。第二次世界大戦後、中東から戦火が絶えた時を知らない。そしてそのため中東は最新の兵器の実験場となってきた。

 

2022年にロシアのウクライナへの大規模な軍事侵攻が起こった。この戦争において双方が使用している最新の兵器の多くは、中東の戦場において既に使われていた。ウクライナ側の使用している対戦車ミサイルが、ロシア軍の戦車などの多くを破壊している。こうした対戦車ミサイルが実戦で最初に大規模に使用されたのは、1973年の第四次中東戦争。また双方が投入しているドローンも、2000年代の初めからアメリカがアフガニスタンやイラクなどで使っていた。トルコも、コーカサス・シリア・リビアなどへの介入の際に、自国製のドローンを使ってきた。中東で性能が実証された兵器が、やがて世界各地で使われるという構図が対戦車ミサイルやドローンの例に見てとれる。

 

ウクライナでの戦争が示すように、国際政治を規定する大きな要因は軍事力である。最新の兵器と戦術の実験場となってきた中東を知らずして、軍事を、ひいては国際政治を語れない。

 

中東は人類の信仰の故郷 3宗教だけでなく仏教にも関係

 

現代の世界をリードしているのは欧米の技術や生活様式だ。欧米の文明の核にあるのはキリスト教で、ユダヤ教がその母体となった。イエスはユダヤ教徒として生まれている。

 

信者の数ではキリスト教が世界一で20億人ほどだろう。世界人口を80億とするなら、4人に1人はキリスト教徒である。この宗教に関する誤解のひとつは欧米の宗教と認識されていることだ。日本には欧米の宣教師がもたらしたという経緯も、間違いの背景にあるのだろう。しかしキリスト教はユダヤ教から派生した。そしていずれも中東パレスチナ発の宗教である。ならば中東を理解せずしてキリスト教が分かるだろうか。

 

キリスト教に次いで信徒が多いのがイスラム教である。信者の増加数はキリスト教を上回っているので、21世紀の半ばには、イスラム教が最大の信者数の宗教になりそうだ。

 

イスラム教で見落とされがちなのは世界的な広がりである。中東に起こった宗教ではあるが、その信徒はキリスト教のように世界に広がっている。そして信徒の大多数は中東の外に生活している。イスラム教徒の人口が最大なのはインドネシアである。次にパキスタン、インド、バングラデシュと続く。いずれも中東の国ではない。イスラム教は中東のみの宗教ではない。世界の宗教である。そのルーツである中東を知れば、世界中のイスラム教徒への理解が深まる。

 

さらに中央アジアを含む広い意味での中東が、仏教の歴史にも影響を与えている。仏教は南アジア発で、東アジアや東南アジアに広がった。しかし仏教はインドから直接中国に伝わったのではない。中央アジア経由で、現在のアフガニスタンやウズベキスタンを経由し中国に伝わった。中央アジアでは現在も仏教遺跡の発見と発掘が続いている。

 

仏教の前に中央アジアで信仰されていたゾロアスター教の影響を受けながら、仏教は中国へと伝わった。ゾロアスター教とは古代のイラン高原で起こった宗教である。現在も少数ながら、その信徒がイランとインドを中心に生活している。ゾロアスター教の仏教への影響として指摘されるのが、たとえば仏像の背後に彫刻されている炎のデザインである。なぜ仏像の背後に炎が必要なのだろうか。それはゾロアスター教徒が火を神聖視し、火に向かって祈るからである。仏像はゾロアスター教の炎を背負いシルクロードをたどって日本に伝わった。多くの日本人の祈りの形は中東が源といえるのだ。

 

中東は世界の経済の心臓。それゆえに各国が介入し衝突する国際政治の縮図である。またこの地域はユダヤ教、キリスト教、イスラム教を生み、仏教にも影響を与えた。中東は人類の文明の故郷といってもよく、私たちにとって大切でないはずがない。

 

-了-