塩崎元厚労相「引退」で懸念される改革派政治家の「絶滅」 嫌われても疎まれても政策を主張した人

現代ビジネスに6月25日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/84459

妥協のない政策新人類

官房長官厚生労働大臣を務めた塩崎恭久衆議院議員が秋にも行われる総選挙に出馬せず、政界を引退する。

霞が関の官僚たちに「政策にうるさい議員」として恐れられた塩崎氏が、「国難真っただ中」とも言えるこのタイミングで永田町を去る影響は大きい。古くから塩崎氏と“共闘”してきた「改革派」の間にも衝撃が広がっている。

塩崎氏が一躍注目されるようになったのは1998年の金融国会。金融機関の不良債権処理を進める金融再生法の成立に活躍した与野党の若手議員のひとりとしてだった。「政策新人類」と呼ばれた面々には塩崎氏のほか石原伸晃氏や渡辺喜美氏、枝野幸男古川元久氏らと共に名を連ねた。塩崎氏は当時、議員5年生、まだ40代だった。

他の若手議員がその後、政治家として大物になり、「政策」よりも「政局」に軸足を移していく中で、塩崎氏は引退を決めるその日まで「政策人」であり続けた。

政治家の仕事は、最後は「利害調整」なので、政策でも落ちどころをさがし「妥協」するのが常だが、塩崎氏はとことん「正論」にこだわり、自説を譲らなかった。

最後は同僚議員や官僚たちが「根負け」して、塩崎氏の主張が通ったものが少なからずある。それが日本の「仕組み」を大きく変えることにもつながってきた。

粘り勝ち、社外取締役導入

その典型例が日本企業への社外取締役の導入である。欧米では一般的になっていた社外取締役を日本にも導入すべきだという声が強まっていた2012年。当時は民主党政権だった。会社法の改正を事実上決めてきた法務省の法制審議会は、ギリギリまで「1人以上の義務付け」を模索したが、経団連全国銀行協会などが強硬に反対。結局、義務付けを見送った。

これに反発した塩崎氏は、法務省幹部に直談判。「社外取締役を置くことが相当でない理由」を事業報告書に記載することを法案に明記させた。「相当でない理由」ということは、「置かない方が良い理由」ということになり、そんな理由を記載すれば株主総会で株主から突き上げられることは必至だった。

さらに自民党政調会長代理だった塩崎氏は追い討ちをかける。衆議院予算委員会で質問に立ち、谷垣禎一法務大臣に「事実上義務化をしたのに等しいと言えるのではないか」と質問。谷垣氏から「事実上の義務化という塩崎議員のそういう評価、十分可能だと思っています」という答弁を引き出したのだ。これで、世の中の流れは決まったと言っていい。

ご承知のようにその後、9割方の企業が社外取締役を導入、今では「当たり前」になっている。日本のコーポレートガバナンス企業統治)が大きく変わることになったのだ。

ガバナンス一筋

コーポレートガバナンス・コードを導入したのも塩崎氏の功績だ。月刊誌「FACTA」編集長だった阿部重夫氏が、ドイツの企業統治改革を進めた前首相のゲアハルト・シュレーダー氏を招いた際に対談し、シュレーダー氏から「なぜ(機関投資家のあるべき姿を示す)スチュワードシップ・コードを導入しようとしているのに、ガバナンスコードを入れないのだ」と言われ、がぜん、その必要性を訴え始めた。

塩崎議員が政調会長代理として細部にまで関与した2014年の「経済財政運営と改革の基本方針(いわゆる「骨太の方針」)は成長力を取り戻すための手段として、コーポレートガバナンスの強化を打ち出した。ガバナンスコードは2015年6月に導入、日本企業の「変身」を期待する外国人投資家によって株価が上昇した。

 

塩崎氏の「改革派」議員人生は、「ガバナンス一筋」とも言える。国際会計基準IFRSの導入に力を注ぎ、会計監査の厳格化にも取り組んだ。第1次安倍晋三内閣の官房長官の時には、政府系金融機関特殊会社のトップを民間人にすげかえるのに力を注ぎ、公務員制度改革に乗り出した。

厚生労働大臣に就任すると、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)を改革、ガバナンス体制の整備を行った。また、社会福祉法人への監査導入なども実現した。最近では、大学など学校法人のガバナンス強化に取り組んでいた。いずれも当事者は猛烈に抵抗し、役所や政治家もその声に流されがちになる中で、塩崎氏は信念を貫いてきた。

最近では新型コロナウイルスのまん延に対して、非常時の保険医療体制の整備を求める提言などを党側から行っていた。

後続はいるのか

「妥協しない」塩崎氏に、守旧派の政治家や前例踏襲の官僚は眉を潜めたが、改革しないとこの国は滅びると危機感を募らせてきた一部の官僚や若手政治家、民間人、専門家たちは、陰で塩崎氏を支え、応援していた。

今や与野党とも、損得抜きで正論を言い、既得権と闘おうという政治家は「絶滅危惧種」になっている。既得権に連なっている方が反発もないし、選挙も楽に戦える。

若い頃、「NAISの会」というのを作った。根本匠安倍晋三石原伸晃塩崎恭久の頭文字をとった4人会である。「妥協しない政策人」を周囲の反発を押し切って表舞台に立たせたのは安倍前首相だった。「お友だち」と批判されても、繰り替えし塩崎氏に主要ポストを任せた。政策を一途に突き詰める塩崎氏を安倍氏は信頼していたのだろう。

 

「ショックですね。こんな難しい時こそ、塩崎さんのような人が必要だったのですが」

長年、金融・証券・企業の改革で“共闘”してきた斉藤惇・前日本取引所グループCEO(現・プロ野球コミッショナー)は言う。

「死んだわけでも、隠居するわけでもない。発信は続けたい」と塩崎氏本人も語る。だが、バッジを外してどれだけの影響力を持てるのか。塩崎氏に代わる、役所や同僚政治家、既得権層に嫌われても、損得抜きに国益を考え、改革を進めようとする政治家は出てくるだろうか。