富士通の公募と「ジョブ型」

 本日も最近の日経新聞から。先週は富士通の連載記事が掲載されていましたが、その中で例の「ジョブ型」の呼び物である「公募」が紹介されていたので見てみたいと思います。本質とは無関係な個人のエピソードはばっさり割愛しましたので少々読みにくいですがご容赦を。さて。

 「5Gバーティカル・サービス室長を社内ポスティングにて公募する」…
…国内企業で初となるローカル5Gの商用免許を20年3月に取得した富士通。社長の時田隆仁(58)は「プラットフォームづくりが我々のような大企業の使命となる」と、社を挙げてローカル5G事業に注力する方針を打ち出している。
 そんな次代の成長を担う重要事業のけん引役を、当時まだ手探り状態だった「ジョブ型雇用」で決めるとの発表に、社内はざわめいた。
…グループ全体から手を挙げた26人。…20年4月に国内約1万5000人の管理職にジョブ型を導入した富士通で、ポストの公募は今回が第1号。
…5Gバーティカル・サービス室のメンバーも公募で決まった。160人の志願者から選ばれたのは15人。競争率は10倍を超えた。部下の一人…は…年上。だが、「…リーダーに年齢は関係ない」と事もなげに話す。
(令和3年2月18日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

 いやいやいやいやメンバーシップ雇用でもとっくに年下の上司・年上の部下は当たり前であり「リーダーに年齢は関係な」くなっていると思うぞ。「ジョブ型雇用」(カギ括弧つきのな)にすれば「リーダーに年齢は関係な」くなるというのは、「メンバーシップは年功序列で順送り人事」という藁人形を叩いているだけで説得力がありません。せいぜい、多少はそういうことが起こりやすくなるとか、それに抵抗のある人がいたとして、公募なら抵抗感は少ないかもしれないとかいう程度の話でしょう。
 それから、まあ「ジョブ型」の呼び物が公募だというのはそれはそれとして、これ自体はジョブ型でもなんでもないジャスト公募だからな。まあ会社が人事権をがっちり握っている日本型雇用では公募とか社内FAとかはイレギュラー扱いではあるとしても、すでにかなりの事例もあってメンバーシップ型ではできないというものではありません。これを(カギ括弧なしの)ジョブ型というためにはこの室長さんも15人のメンバーも今後は本人との合意なしでは職務変更しない(詳細な職務記述書はあるらしい)という約束(契約)になっている必要がありますがそうなっているのかな。まあなってないとも書いてないのでなっているのかもしれませんが。このあたりhamachan先生なら「じょぶがた」とかお書きになるのかしらこらこらこら。
 もちろんこうした公募そのものは大変けっこうなことであり、特にこの事例は花形プロジェクトらしいので応募倍率が高いのもうなずけるところです。気になるのは公募の結果昇格する人がいたかどうかなのですが、昇進昇格をともなわない公募であれば残念ながら選ばれなかった人も機会は与えられたということでエンゲージメントは向上するのではないかと思います。
 さて次の事例はより「ジョブ型」らしいものです。

 20年秋、富士通はさらに踏み込んだ手を打った。…国内の新任課長職600ポジションをジョブ型で公募することを決めた。
 事前の説明会には1500人が参加し、このうち900人強が実際に公募に手を挙げた。
 これまでは30代半ば~40代半ばで就くのが一般的だった。公募には非管理職の20代から課長職以上の50代まで幅広い世代の社員が名乗りを上げた。全体の4分の1が公募ポストとは異なる部署や別会社に所属する社員だったという。
 従来の課長昇進は部内の推薦をベースに決めており、人事査定などを経て不合格になるケースは全体の数%程度。ほぼ出来レースのような状態だったが、今回の公募の競争率は1.5倍。…人事担当者らを交えた面接を中心としたオープンな場で競い合うことになる。

 どうやら人事管理がほとんどわかっていない記者の方が書いているものと思われ、まあここまで知りたいことが書かれていないとかなりの部分を推測で補わざるを得ないのですが、まず「新任課長職600ポジション」がどういうものなのか。「新任」ということは普通に読めばそれまで課長職ではなかった人が新たに課長職に就くということでしょうが、それだと後に「課長職以上の50代」と書いてあるのと矛盾します。ということは、まあ「ジョブ型」だからポストがあいた課長職、ということかな。もうひとつ疑問なのは「課長職」というのが本当の課長職(総務課とか販売促進課とか実体のあるライン組織の課長)なのか、課長級とか課長クラスといった必ずしも実体があるとは限らない社内資格なのか、という点で、前者であれば降格覚悟で応募する人も出てきそうです。後段の「昇進」という言葉は業界ではポスト長への就任を意味することが多いのですが、しかしいかに大企業といっても課長ポストが一気に600も空くとも思えず、このあたりはわかりません。また、もうひとつ重要なのはこの600というのが今回の新任のすべてなのか一部なのかという点ですが、これもわかりません。
 ということなので、「600ポジションに900人」というのもどう評価していいのかわからないのですが、昇進する人に加えてすでに課長職にある人まで対象に含めて900人というのはえらく少ないなというのが率直な感想です。いやもちろん富士通の人事管理がすばらしくてほとんどの社員が現在のポジションに満足しているのであればこうなるかもしれませんが、しかし失礼ながらそこまでうまくいっていれば「ジョブ型」なんてやることないよねえとも思う。
 一般的なメンバーシップ型の年次管理型の人事であれば毎年新たに課長クラスへの昇格候補が出てくるのであり、まあこのあたりは企業によってかなりのバラつきはあるものの、10年くらいかけて5割から9割くらいが課長クラスに昇格していくわけです。仮に100人の同期が5年かけて2割ずつ最終的には全員昇格するという大甘な企業があったとして、毎年の昇格枠は100人、それに対して1年め100人、2年め80人、3年め60人、4年め40人、5年め20人(これは全員昇格)の候補者がいるわけですね。合計で300人、昇格枠の3倍です。もちろん富士通はこんなに甘くない(そんなに甘くてよければ「ジョブ型」以下略)でしょうし、どうやらそこにさらに新しいポジションを求めて応募する課長職というのも加わっているらしいわけで、それで1.5倍というのはいかにも少なく思えるわけです(説明会ですら2.5倍)。なぜそうなっているのかは不明ですが、後段の記述から想像するに職場の推薦が要件になっていたりしたのかな(可能性考慮の自主規制ではここまで減らないと思う)。そういうのって公募って言わないと思うんですがまあそれはそれとしましょう。
 それまでは「従来の課長昇進は部内の推薦をベースに決めており、人事査定などを経て不合格になるケースは全体の数%程度。ほぼ出来レースのような状態」だったということで、まあそのほうが人事管理としては一般的でしょう。職場ごとに厳格に昇格枠が割り当てられていて、昇格の推薦に至るまでには部内、部門内での過酷な調整が行われていて、人事部署はそれを追認的に審査するというスタイルですね。これを「出来レース」と言っていいものかどうかとも思うわけですが、まあ人事部署から見ればそうかもしれません。
 それに対して、今回は従来の昇格枠の5割増で推薦を出して全社で競争、ということにしたのであれば、昇格をたくさん勝ち取れた職場、わが職場は人材育成力があって優秀者が多いと考えている職場にとってはウェルカムでしょう。「人事担当者らを交えた面接を中心」ということなので人事部署の権限も強力になるのでなるほど人事はやりたいかもなこらこらこら。

 ジョブ型の拡大には課題も残る。ローカル5Gのような成長領域で花形のポジションには多くの社員が集うが、業績が芳しくない地味な事業のポストには誰も手を挙げないのではないか。それどころか、現在、地味な事業を支えているエース級の人材が花形の部署に流出してしまう恐れも出てくる。
 …そのようなクレームが社内から多数寄せられた。だが、逆にこう問い返している。「その仕事のやりがいや魅力をちゃんと発信してきましたか。部下をつなぎ留めるため、普段からエンゲージメントマネジメントに気を配っていますか。まずは目の前のやるべきことからやっていきましょう」
 自主性が不可欠なジョブ型は働き手だけが試されるわけではない。オープンにポストを募ることで、同時に組織のあり方も問われることになる。なれあいや慣例を捨てるのに決断は必要だが、身軽になった先には厳しいながらも努力が報われる極めてフェアな世界が広がる。

 まあ花形部署には人材が集まり、目立たない部署はそれなりというのは世間一般に従来から多かれ少なかれある話であり、公募への応募に対して職場が拒否権を持たないのであれば、魅力のない職場から魅力的な職場に人材が流れるのは自然な流れでしょう。まあそれが市場原理というものですし、それがフェアだという考え方もあると思います。でまあこのあたり、どうやら人事管理がほとんど分かっていない方が書いている記事のようなのでこれだけをもとにあれこれ言うのは気がさすのではありますが、魅力のない職場には有能な人材が集まりにくくなるわけですが、そういう職場に向かって「人材が集まる魅力的な職場と思われるように頑張ってくださいね」と言っているわけで、いや「やるべきこと」と言われてもできないこともあると思うぞ。少なくともそれを支援するのが人事の役割だとかつての古い元人事担当者としては思うわけですが、まあ職場相互の競争に任せるのが「厳しいながらも努力が報われる極めてフェアな世界」と職場に丸投げするのも人事のひとつの在り方かもしれません。楽な仕事だねえとは思いますが。