二国家案の死


こういったことがいかなる意味を持つのか? 下の地図は現在の西岸地区を表しています。何かに似ていませんか? 紫色の部分は現在のエルサレム市で、青色は和平プロセスの枠組みでイスラエルの管理下に置かれる部分です。そして黄色はパレスチナ人が押し込められて暮らしている部分です。イスラエルが1967年に提示したアロン・プランにそっくりではありませんか。イスラエルはこのプランを実現させたのです。こんな状況がある以上、私たちははっきり認識しなければなりません。パレスチナ国家はもはやありえないということを。二国家案、パレスチナ国家をつくるという考えは、終わったのです。死んでしまったのです。なぜ私たちは、あたかもこの案が有効であるかのように語り続けているのでしょう。パレスチナ国家はありえない、エルサレムがパレスチナの首都となることはないと言い放つネタニヤフ政権のもとではなおさらです。


パレスチナ人の大多数にとって、エルサレムへの米国大使館移転は大きなショックでした。しかしこれは、エルサレムがパレスチナの首都となりえなくなったからではありません。大使館移転により、パレスチナ人はエルサレムに帰属しない、排除されるべき存在だということが宣言されたからです。これらは全く違う話です。前者は主権と支配の問題ですが、後者は帰属の問題です。そしてほとんどのパレスチナ人にとって一番差し迫った問題とは、「自分はここ(エルサレム)にとどまれるのか?」ということです。上の地図の赤で示したエリアは東エルサレムの、およびその周辺のパレスチナの村々です。例えばイーサーウィーエ、アッ゠トゥール、ベイト・ハニーナ、アル゠イーザリーエ、アッ゠ラームなど。イスラエルの計画が進展すれば、これらの村に住む人々は排除されます。イスラエルの入植型植民地主義による領土拡大と、その管理支配の確立が続けば、強制的に排除されてしまいます。ですから、エルサレムに首都が置けるか否かが問題なのではありません。問題なのは、今回の動きによって、そもそもエルサレムにとどまれなくなってしまうことなのです。


この排除は、種々多様な方法を利用して進められます。イスラエルの既存の法律、環状道路建設、家屋破壊、新しい法の制定、先に述べた分離壁、入植者に好き放題させて何の罰も与えないこと、エルサレムに住むパレスチナ人に7年間連続して居住していたことを証明させる「生活の中心」政策――こういったことは全て、米国が大使館を移したことに一切関係なく、毎日起こり続けています。そしてこれこそが、苦闘の焦点です。彼らの闘いは、この排除に対する闘いであり、帰属するための闘いです。いわばパレスチナにパレスチナ人として残るための闘いなのです。


では、この先どうすればいいのか? 今私たちに求められているのは、外交交渉に先行きはなく、パレスチナ国家の可能性はもはやないという現実を認めたうえで、パレスチナ人の帰属と人権のための闘いが今もなお続いているということを認識することです。世界の市民社会は、ボイコット・投資引揚げ・制裁への継続したコミットメントを通して、まさにこのことを認識し直そうとしています。この動きは、これまで述べたような人権の規範や国際法がパレスチナ問題に適用されてしかるべきであることを認め、政治交渉には先がないどころかそれ自身問題の一端であることを認識するとともに、米国が提示している解決策やパレスチナの指導者たちが目指すものを乗り越えた先に何かが見出せるのではないか、という展望を語るものなのです。ご清聴ありがとうございました。


アリー・クレイボー氏からのコメント


アリー・クレイボー


アル=クドゥス大学教授。専門は文化人類学。京都大学大学院人間・環境学研究科客員教授として滞日中だった。


まず何よりも、マブルーク(おめでとうございます)。すばらしいことです。BDS Japanの行っておられる活動をとても嬉しく思います。シュクラン(ありがとう)、大変すばらしい講義でした。


当然ながら非常に難しい内容ではありましたが、エルサレム出身者である私には手に取るように分かる、私たちにとっての常識ともいえることがたくさん言及されていました。ヌーラさんは今回、エルサレムを奪い取ろうとするイスラエルの計画について、1967年以前からさかのぼり、大変興味深く鮮やかな歴史的説明をしてくださいました。また法的システムについて、そしてトランプ政権がイスラエルの首都をエルサレムと認めたことでいかに「統一された新たな都市」としてのエルサレムの法的・国際的なステータスを正当化したかについて話してくださいました。トランプ政権はまた同時に、私たちから一切の権利をはく奪しました。簡単に述べますと、トランプ政権以前の私たち(エルサレムのパレスチナ人)は、事実として占領下の住民でした。しかしトランプは、まるで私たちの足元のカーペットを突然引き抜くかのように、私たちは占領下住民ではなく、エルサレムの歴史に本来いてはならない不慮の存在だということにしてしまいました。トランプ政権は、私たちが歴史的に持っていたはずの権利である、エルサレムに帰属する権利を奪いました。私の家系は14世紀にわたってエルサレムに住んでおり、記録にもはっきり残されています。しかしトランプ政権が成立してから、突如として私には何の権利もなければ歴史もないことになってしまいました。


もうひとつお話すべきことがあります。1967年のイスラエルによる占領以後、私たちの財産権は怪しいものとなってしまいました。残されているのは、借地者に地主として認められる権利だけです。実際、アラブ人がエルサレムで所有する財産は、公式には登記されておらず、借地者に地主として承認される取引を行うための法的書類がそのままなのです。そういうわけで、私たちは持てるものを徹底的に奪われました。そしてこの収奪に資金援助を与えているのが米国政府です。米国のシステムの新位相の中で、私たちはもはや占領下の住民ではなく、イスラエルに外からやってきて、そこに帰属する資格のない厄介者とされてしまいました。ですから、ヌーラさんが非常に明確に説明してくださったように、私たちは遅かれ早かれ、エルサレムを追い出されようとしています。以上をコメントとして申し上げます。皆様が状況を理解する助けとなるように。ヌーラさんが見抜いているのは、まさにこのことです。トランプは占領を「終わらせ」、イスラエルによるエルサレムの接収を正当化したのです。


質疑応答


[質問] BDS運動でどのようにしてパレスチナ人の土地を奪還できるのですか?


誤解がないように申し上げておくと、私はBDS運動によって何かが取り戻せるとは思っていません。BDSは連帯のための戦略であり、政治的ヴィジョンではないのです。運動を立ち上げた人々も実際、この運動は二国家案を支持するものでも、一国家案を推すものでもないと明言しています。パレスチナ国家の憲法をどのようなものにすべきか、イスラエル人とパレスチナ人の関係性をいかなるものとしていくべきか、具体的なヴィジョンを抱いているわけでもありません。BDS運動のメッセージはシンプルです。「外交官たちがつくりだした窮状を乗り越えるため、グローバルな市民社会運動に参加してほしい」。よって私はBDS運動を必要不十分なものと認識しています。これだけでは足りないのですが、必要とされている要素のひとつであることは間違いないのです。十分でないというのは、政治運動ではなく、政治的ヴィジョンを持たないからです。また考えてみれば、BDS運動はパレスチナ人に残された最後の道といってよいでしょう。他の全てが違法化されてしまいましたから。武力を用いればテロリズムとされます。外交に頼った結果は行き止まりでした。法に頼ろうとしても、米国が国際刑事裁判所や国際司法裁判所、その他さまざまな裁判所で行ってきたことのせいで、ほとんど不可能になってしまいました。これはまた別に論じるべきトピックですが。こうなると、私たちに残された道はBDSしかありません。そしていっそう悲しいことには、パレスチナ人自身では行えないのがBDSなのです。私たちを信じ、ともに取り組んでくれるよう、他の人にお願いしなければならないのですから。それにすら応じてもらえなければ、もう私たちには何も残されていません。ですからBDSには足りない点が多くあります。それでもなお、未来を切り開いていくためにはきわめて重要な運動なのです。


[質問] アメリカでBDSキャンペーンを行っている個人に対してイスラエルが入国拒否をする、ブラックリストを作るというふうに言いましたが、アメリカ国内でそれによってどのような影響が出ているでしょうか。またBDSを禁止する法律を作っている州もありますが、それによってどのような影響が出ているでしょうか?


大変よいご質問ですね。BDS運動は2005年、BDS民族評議会(BNC)とPACBIによって始められましたが、当時は誰もこれを真剣には受け止めず、「活動家がバカバカしいことをやっている」としか見なされませんでした。しかし2018年の今はどうでしょう。運動が次々と成功をおさめ、止められない勢いで突き進んでいるがために、米国でもイスラエルでもトップ級の立法課題として扱われるようになっています。ですので、BDSを公然と支持している場合、イスラエル入国を拒否されるかもしれないというのは事実です。BDS運動支持のために今日ここにお集まりの皆様も例外なく、入国を許されない可能性がありますね。私はパレスチナ人ですが、米国のパスポートしか持っていないため、BDS支持を理由に入国を拒まれる可能性があります。とはいえ(パレスチナ人である)私の場合、BDSとは無関係に入国拒否される可能性も高いのですが。エルサレムの人の状況と似ていますが、私の場合は外からです。入国を拒否するというのは、私が二度と戻れないようにすることと同じです。いずれにせよ、こういったことをイスラエルは事実として行っています。


米国では、50州中22州で反BDS法案が出されました。これらの州でBDS運動を支持すると、州を相手に仕事の契約が取れなくなったり、州や連邦から給料の出る公立大学の教員などの仕事に就けなくなったりする可能性があります。私たちはこういったところでも困難な闘いを強いられています。他方、米国議会では、BDSの活動にかかわった場合、最高で懲役20年と25万ドルの民事制裁金を課されうる法案が出されています。ですので、この運動に取り組むにあたっては大変恐ろしい側面もあります。こういった法は米国憲法修正第1条で保障されている表現の自由の権利に則って覆せる場合がほとんどだと思いますが、これもまた大変な道のりです。実際に求められている活動に取り組む代わりに、運動のリソースや活動力を、法廷での闘いに注ぎ込むことになるからです。しかし同時に、これほど露骨に反BDS法が提案されているということは、BDS運動の重要性とそれがもつ意味を物語っていると思います。BDS運動はイスラエルの語る物語を書き直し、犠牲者ではなく抑圧者としてのイスラエルを表に出しています。だからこそイスラエルは、実際に奪われた土地を取り返すには至りえない運動であるにもかかわらず、きわめて大きな脅威を感じているのでしょう。


[質問] 一国家解決のプロセスにおいて、自治政府は解体されるべきなのでしょうか? そしてその解体をパレスチナの人々が支持することは考えられるのでしょうか?


未来を見据えた、大変スケールの大きい質問ですね。パレスチナ自治政府を悪だ、非生産的だ、問題の一端だと語ることは非常に簡単ですし、これらのイメージは実際、いろいろな意味で正しいものでもあります。パレスチナ自治政府は占領の手先になり果ててしまいました。なぜなら自治政府の治安部隊は、入植者や入植地を守るのに、パレスチナ人を守らないからです。自治政府はまた、人々がガザと連帯して抗議行動を行うことを許さず、参加者を投獄して罰しています。こういったことは枚挙にいとまがありません。とはいえ、自治政府についてひとつだけ良い点を申し上げておきます。自治政府には、腐敗した政体という以外の側面もあります。かれらはパレスチナ国家建設のヴィジョンに政治的にコミットしている存在でもあり、よって先ほど申し上げたような弾圧のプロセスに関わっているのは、パレスチナには国家となる力があるのだと示そうとする行為、自らのヴィジョンへのコミットメントの一環でもあります。私たちも知るとおり、国家が国家たる資格を得たいがために自らの民を管理する方向に向かい、他の何かを築く道を放棄することはままあるわけですから。


ここで本当に問われるべきは、自治政府がどのようなヴィジョンを出してくるかでしょう。二国家解決にもはや先がないことは明らかです。パレスチナ国家建設の展望はなくなりました。オスロ合意に基づく、あるいは米国の仲介を経たパレスチナ国家などもはや成立しえないことは明らかです。二国家解決こそ自治政府の求めるものだというならば、彼らがすべきは、オスロを無効化し、米国から距離をとることでしょう。ですがもし、彼らが追求しているのは二国家解決ではなく、本当の意味でパレスチナの人々を自由に導き、アパルトヘイトを終わらせ、入植型植民地主義に抵抗するためのヴィジョンなのであれば、彼らはもっと創造性のある未来像を描かなければなりません。つまり、自治とイコールではない未来や自由を想像しなければならないのです。20世紀のほとんどを通して反植民地主義運動の一端を担ってきた私たちは、自由イコール自治および独立だ、と思うようになっています。しかし今日の私たちは、自治や独立は自由と同義ではない、もっと大きな視野を持たなければ、というところに来ています。世界には他にも、自由からは程遠い状態にあるけれども、自らの国家を持つことは許されない人々がいます。例えば米国の黒人のことを考えてみましょう。今彼らが自由であるとは言えませんが、彼らが自らの国家を持つことはありえません。では、彼らにとって「自由」とは何なのか? こういった創造的な思考が、パレスチナ人にも求められています。私たちが地平線の先に見てきた「国家建設」とイコールではない自由とは、いったいどのような姿をしているのでしょう。私たちのためだけでなく、世界のためになる何かをパレスチナに築くとすれば、それはどんなものになるでしょうか。


[質問] BDSやパレスチナの文脈においてヨーロッパ諸国はどのような対応をしているのでしょうか? 彼らは影響力を持っていないのでしょうか?


ヨーロッパ諸国は何かと大きな影響力を持ちえますが、パレスチナ問題の場合はそうともいえません。これらの国々は、パレスチナ人や国連機関に対する主要な援助提供国です。その地位を活用してもっと大きな役割を果たしうるはずですが、当のヨーロッパはそれを望んではいません。トップブローカーの座を米国と争おうとしている国もありません。そんなメンタリティは誰も求めていませんし。というわけで、そのあたりの動きにもかかわっていません。ヨーロッパはまた、PLOの方針に従わねばならないと考えているため、グローバルな市民社会への反応が鈍いところもあります。ヨーロッパはパレスチナ人と連帯しているのですけれども、その連帯を示すにあたって、パレスチナ自治政府が出した方向性に従うのです。自治政府は実際にはパレスチナ人に益をもたらさないことも多かったのですが、それにもかかわらずヨーロッパはこのラインを守っているわけです。これに加えて、イスラエルと近い距離を保つ政策もあるため、イスラエルを直接に批判することを嫌い、占領の違法性を認めることしか望んでいません。これは入植地製品のボイコットにつながる突破口が存在するということでもあるのですが、いずれにせよ他の形でイスラエルを批判しようとはしません。また、エルサレムに大使館を移転させるような国もないでしょう。ですので、(占領の違法性を認める以外に)他のアクションを取らない、一貫したソフトな立ち位置であるということができます。このような状態ですから、私はヨーロッパがパレスチナ問題の風向きを変えるとは思いません。パレスチナの指導部がヨーロッパの諸大国に違う動きを取るよう求めたら変わるかもしれません。しかしながら、パレスチナの指導部がヨーロッパにパレスチナ国家の承認を求めていますが、すべての国が承認しているわけではありません。率直に言って、ヨーロッパはこれまで歴史的に国際社会の方向性に従ってきましたし、これからもそうするでしょう。ですからパレスチナ人がすべきなのは、国際的に人々を動かしていくことです。皆様が今まさにここでしておられる活動のように。南アフリカでもやってきましたし、オーストラリアも、米国の市民社会も巻き込んでいます。これはリーダーシップを取ることです。ヨーロッパの国々もいずれまた、これらの国々の後に続けるように。

>>次回につづく