『治安フォーラム』2020年7月号に掲載された拙稿を同誌の御好意で掲載させていただきます。


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大きな絵


アメリカは超大国であり、イランは地域大国である。アメリカは中東においては現状維持勢力であり、イランは現状を佳しとしていない。つまり現状変革勢力である。となれば、そもそも構造的に両者の利害の調整は難しい。これがアメリカとイランの関係を考える際の第一のポイントである。第二のポイントは両国関係の歴史的な経緯である。


まず第一のポイントから語り始めよう。アメリカはイスラエルを支持し、サウジアラビアと密接な関係を維持している。イランから見ると、イスラエルはパレスチナ人の土地を奪って成立した国家であり正統性がない。しかもガザ地区を封鎖してパレスチナ人を苦しめ、ヨルダン川西岸地区ではパレスチナ人の土地を奪って入植を続けている。こうした人権の蹂躙をアメリカは黙認し巨額の援助をイスラエルに与え続けている。


サウジアラビアではイスラムの名をかざしたサウド王家の中世的な独裁が続いている。しかも、この王家は狂信的なイスラム解釈を自国民に押し付けているばかりか、その輸出を行ってきた。それが世界のイスラム教徒の過激化の背景にあり、アルカーイダやIS(「イスラム国」)のようなテロ組織を育てた。


にもかかわらず人権と民主主義を看板に掲げるアメリカは、このサウジ王制と密接な関係を構築してきた。両者の接近は第二次世界大戦中にさかのぼる。この時期に当時のアメリカ大統領のフランクリン・D・ルーズベルトとサウジアラビアの建国者のアブドル・アジーズ国王が会談している。サウジアラビアはアメリカの石油会社に油田の開発を許し、アメリカは同国の安全を保障するというのが両者関係の基本である。


こうした構図の中でもトランプ政権とサウジアラビアの関係は、ひときわ密接である。その証拠に、トランプは、2017年1月に大統領に就任すると最初の外国訪問としてサウジアラビアに向かった。この訪問の背景には、同国のアメリカからの巨額の兵器購入がある。この訪問の際に報道されたサウジアラビアがアメリカから購入する兵器の総額は、日本円にして10兆円を超えた。サウジアラビアの兵器購入は、ある意味では同国によるアメリカに対する「ミカジメ料」のようなものである。巨額の支払いによって、サウジアラビアはアメリカという用心棒を雇っているのである。このミカジメ料に当たる英語は、まさにプロテクション・マネーである。「保護料」である。


アメリカの中東における覇権は、イランの目にはこのように映っている。イランは、中東の現体制に異議申立てをしているわけである。その結果としてアメリカとイランは、そして双方の同盟者たちが、シリアでイラクでアフガニスタンでイエメンで対立して勢力争いを展開している。両大国間の力一杯の綱引きが行われている。これが大きな絵である。


>>次回につづく