11月3日のアメリカ大統領選挙の投票日まで残りの時間が100日を切った。世論調査では民主党のジョー・バイデンが現職のドナルド・トランプ大統領を大きく引き離し始めた。そろそろバイデン新大統領の外交を予想し始めても早すぎることはないだろう。その外交は、どうなるのだろうか。そして、誰が外交政策で大統領を補佐するのだろうか。


バイデンの外交顧問として知られているのが、トニー・ブリンケン(アントニー・ジョン・ブリンケン)である。ビル・クリントンとバラク・オバマの両民主党政権で、外交面で大きな役割を果たしてきた人物だ。ブリンケンは、1962年にニューヨークの裕福なユダヤ教徒の家に生まれている。


幼稚園からニューヨークの富裕層の子弟を対象にしている私立のダルトン・スクールで学んだ。この学校は、教育の質と授業料の高さで知られている。筆者がニューヨーク在住時に耳に挟んだ話では、高校でも数カ国語のコースが提供されているという。教育の質も高く内容も豊富で、才能のある子どもたちに無限の可能性を開く教育環境を提供するようだ。


さてブリンケンは、両親が離婚している。母親の再婚した相手はサミュエル・ピサールというポーランド系のユダヤ人で世界的に著名な弁護士であった。ピサールはナチスの絶滅収容所の生き残りで、アメリカに渡りハーバード大学で博士号を得ている。ハリウッドで弁護士として大変な成功を収めた。その顧客にはジェーン・フォンダ、エリザベス・テイラー、リチャード・バートン、カトリーヌ・ドヌーブなどがいた。母親の再婚した当時はパリに住んでいた。


この冒険小説の主人公のような義理の父親からパリ時代のブリンケンは、しきりに絶滅収容所の話を聞いたという。物心のつき始めたブリンケンは、ちょうど同じような年齢で収容所に送り込まれた義父から直に、ユダヤ人のたどった悲惨な体験談を記憶に染み込ませながら育った。


パリから帰国したブリンケンはハーバード大学とコロンビア大学のロースクール(法学大学院)で学んだ後、クリントン大統領時代に政府に入った。直ぐに国際情勢への幅広い知識と文才を見いだされ、クリントン大統領の外交問題のスピーチ原稿を起草するようになった。そして2001年に共和党のジョージ・ブッシュが大統領となると、ブリンケンは行政府を離れた。


翌02年、ブリンケンは上院の外交委員会のスタッフとして働き始めた。当時の外交委員会の委員長がバイデンだった。以降2人は堅い絆で結ばれてきた。バイデンはカトリック教徒だが、強いイスラエル支持で知られている。


バイデンは、しばしば次のように語る。つまり、「シオニストであるのにユダヤ人である必要はない。私はシオニストだ」である。その外交顧問のブリンケンもユダヤ系で義父はホロコーストの生き残りである。バイデン新政権のイスラエル支持に揺るぎはないだろう。


※『経済界』2020年10月号掲載