コロナ大恐慌の突破策「岩盤規制」をぶっ壊せ!  コロナ後の新常態 危機を好機に変えるカギ

Wedge Infinityに掲載されました。雑誌Wedge 6月号(5月20日発売)にも掲載されています。ぜひご一読ください。オリジナルページhttps://wedge.ismedia.jp/articles/-/19633

Wedge (ウェッジ) 2020年 6月号 [雑誌]

Wedge (ウェッジ) 2020年 6月号 [雑誌]

 

  ピンチはチャンスに変えられる。新型コロナ禍によってオンライン診療が認可されるなど、危機はそれまであった意味のない規制を浮かび上がらせ、抵抗勢力である霞が関を屈服させることとなった。今こそ、積み残しになっていた「岩盤規制」を壊し、「次の成長」に向けた基盤を作るチャンスにすべきだろう。企業もこの危機を「コロナ後」の成長に向けた基盤を作れるかどうかで、選別される時代に入る。

 国税庁が5月1日、1本の通達を出した。アルコール度数の高い酒を手の消毒用として出荷する場合には酒税を課さないとしたのだ。新型コロナので蔓延で消毒用のアルコールが不足し、ドラッグストアなどの棚から姿を消して久しい。酒造メーカーは度数60度以上の「酒」を作ることが可能で、それならば消毒用に使える。一升瓶に入れて近隣の病院などに納めたいという声が上がったが、「飲むことが可能なアルコール」は酒税法で「酒」と定義され、酒税がかかるという難題が生じた。蒸留酒はアルコール度数に応じて酒税が上がる仕組みのため、高度数のアルコールだと、1升(1.8リットル)あたり1100円から1400円前後もの酒税を納めなければならない。

 そんな杓子定規の規制に批判が集まり国税庁はしぶしぶ非課税を決めたが、今回の措置はあくまで「臨時的な特例」という立場だ。「飲用不可」などとラベルを貼って消毒用として出荷することを求めている。一方で、無免許での製造や販売は酒税法違反に問われると、国税庁は注意を呼びかけるのも忘れない。

 新型コロナへの対応を機に、本当に必要な規制なのかを示す結果となった。消費税が導入されているのに、なぜ「酒」だけに高税率を課すのか。酒税が明治以来、国の税収の柱だったことが理由で、それが脈々と続いているにすぎない。ところが今や酒税収入は税収全体の3%を切っている。地ビールや地酒がブームになっても新規参入には高い壁が設けられ続けてきた。新型コロナ禍は、そんな「岩盤規制」自体を問い直すきっかけになっている。

 「予備費を使ってパソコンを支給したらどうか」。ある省の事務次官厚生労働省の幹部にそんな苦言を呈していた。加藤勝信厚生労働相が「テレワークの推進」を呼びかけている足元で、厚労省の課長補佐が、自宅に持ち帰れる業務用パソコンを支給されていないため、テレワークができないということが話題になった。パンデミック対策を考えてきたはずの厚労省ですら、交通が途絶し役所に通勤できなくなる事態を想定していなかったわけだ。

 首都圏のある自治体でも、緊急事態発令後も全職員が登庁して勤務に当たっていた。4月下旬になってようやく、職員の半数を在宅にすることを決めたが、「実際には自宅でできる業務はごく一部だ」とその自治体の幹部は話す。従来、業務に当たって、個人のパソコンを利用することは禁じられてきたからだ。在宅勤務で役所のホスト・コンピューターに接続できる権限を付与設定したパソコンは、1万人以上の職員に対してわずかに60台だという。情報流出などの防止を優先するあまり、テレワークせざるを得ない事態はこちらも「想定外」だった。

 霞が関や一部の伝統的企業のカルチャーは、「責任が問われかねないリスクはとらない」というもの。必要だと分かっていてもなかなか見直しには着手せず、前例踏襲で済ませてきた。岩盤規制と呼ばれる規制の裏には、それを守る既得権者がいるケースもあるが、規制自体を見直した場合に受ける「批判」や「責任追及」を恐れるという役所文化がある。

 安倍晋三首相は、アベノミクスを掲げる中で「規制改革が一丁目一番地だ」と繰り返してきた。ところが、政府の特区諮問会議が出した資料では、2017年6月を最後に特区法改正はなされず、岩盤規制改革は放置されているとして次のように書かれている。

 「この2年余りの間、新たに決定・制度化された規制改革措置は、すべて法律事項以外であり、かつ僅か一桁(9件)に止まっており、その前の約3年間の82件に比べ、改革は著しく停滞している」

 要は、規制改革はピタリと止まってしまっていたというのだ。

放置されてきた岩盤規制
今こそ必要な改革

 それが新型コロナ対策で、動き出さざるを得なくなっている。4月7日には政府の規制改革推進会議が、受診歴のない患者も含め、初診からオンライン診療を認めることを決めた。また、オンライン服薬指導についても規制を大幅緩和した。これまでは医師会や薬剤師会の反対で、オンライン診療は進んでいなかった。当面新型コロナ対策での「時限措置」ということになっているが、おそらくこれが「ニューノーマル」となり、元に戻すことはできないだろう。

大企業にも迫られる
トリアージ(選別)

 「中堅に資本支援1兆円 地方企業の破綻防ぐ」―─。5月1日付の日本経済新聞は1面トップで、新型コロナ蔓延による営業自粛などで経営危機に陥っている中小企業に官民ファンドを通じて資本注入することを政府が検討していると報じた。1件あたり100億円規模の出資も認めるとし、「地域の雇用と経済を支える中核企業の破綻を防ぐ」としている。

(出所)世界銀行「Doing Business2020」 写真を拡大

 経済がまさに「凍りついた」ことで、観光関連の旅館やホテル、外食産業など地域の産業は崩壊の危機に直面している。4月の新車販売台数が速報で28.6%減となるなど、今後、裾野の広い自動車メーカーの減産が本格化すれば、経済への打撃は計り知れない。企業が倒産して経済システムが壊れてしまえば、新型コロナの蔓延が終息しても、経済が復活することができなくなる。資本注入は不可避の選択と言える。

 経済活動の凍結が長引けば、中小企業のみならず、大企業にも資本注入が必要になり、「実質国有化」されるところも出始める。米国のドナルド・トランプ大統領は早い段階から航空会社への支援を想定して経済対策を打ち出している。

 だが、すべての企業を国が資本注入して救うことは現実には難しい。そうなると企業を選別することが必要になる。新型コロナ後の経済社会で絶対に必要な企業を残すために「トリアージ」しなければならなくなる。

 テレワークの進展に伴う業務のオンライン化やデジタル化で、社会は間違いなく大きく変わる。新型コロナが終息しても「元の世界」には完全には戻らないだろう。そうなると求められる産業や企業も大きく変わる。ここで構造転換を進められるかどうかが、コロナ後の成長を可能にするかどうかの分かれ道になるだろう。

大恐慌の教訓
危機を変化のきっかけに

 実は、現代では当たり前と思われている制度や仕組み、生活習慣などが、1929年に始まった世界大恐慌をきっかけに出来上がったものがいくつもある。未曾有の危機を乗り越えようと、様々な改革が検討され、実行された結果だ。例えば「週40時間労働」が基準になったのも、大恐慌後の改革から始まった。最低賃金や16歳未満の児童労働の禁止なども、今流で言うワークシェアリングを実行するために導入が求められた。

 1930年代にはオフィスの光景も大きく変わったと言われる。「個人秘書にかわって速記者のグループが最新の口述録音機を使って仕事をする光景が見られた」(秋元栄一著『世界大恐慌講談社学術文庫)という。つまり、1920年代に一気に花開いた技術革新とそれに伴う働き方の変化は、大恐慌以降、元に戻るどころか、むしろ加速したわけだ。

 5月4日、政府は緊急事態宣言の延長とともに「新しい生活様式」を打ち出した。テレワークやオンライン会議、時差通勤などが「新しい働き方」とされ、食事もテイクアウトや宅配へのシフト継続を求めている。やはり、新型コロナが終息しても、生活は元には戻らない、ということだろう。

 「新しい働き方」が求められれば、企業の行動も変わる。昨年あたりからDX(デジタル・トランスフォーメーション)が叫ばれるようになった。紙とハンコで進めてきた業務をデジタルに置き換えるだけでなく、すべての業務をデジタルで行うことを前提に見直し、業務全体を効率化するという動きだ。2020年に入ると先進的な企業の間では部門横断的にDXに取り組む責任者である、CDXO(チーフ・DX・オフィサー=最高DX責任者)を任命する例が相次いだ。

 つまり、時代の変化が始まっていたところに、新型コロナ禍による「新しい生活様式」が加わり、変化を加速させつつあるのだ。新型コロナに伴う経済凍結は、このままでは90年前とは比べものにならない経済収縮をもたらし、社会の仕組みを根本から見直すことが突きつけられることになる。