脱「脱原発」に踏み出した岸田首相は世論の風圧に耐えられるか 新増設を強引に進めれば内閣の命取りに

現代ビジネスに8月27日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

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岸田首相の「決断」

岸田文雄首相が8月24日、原子力発電所の「新増設」について検討するよう指示した。これまで、安倍晋三内閣も菅義偉内閣も、国論を二分しかねない原発の新増設については硬く口を閉ざしてきたが、この姿勢を大きく転換した。

参議院選挙に大勝し今後3年間は選挙がない「安定期」に入ったタイミングで経済産業省が「勝負」に出た格好だが、さっそく大手メディアなどから反対論が噴出。岸田内閣は旧統一教会問題などで予想外の支持率急落に直面しており、世論の風圧に耐えられるかどうか。強引に議論を進めれば、政権の命取りにもなりかねない。

「次世代革新炉の開発・建設など政治判断を必要とする項目が示された。あらゆる方策について年末に具体的な結論を出せるよう検討を加速してください」

首相官邸で開いた第2回「GX(グリーン・トランスフォーメーション)実行会議」の終わりにあたり、岸田首相がこう発言した。官邸で開く会議での首相の発言は「総理指示」と呼ばれ、政策実行にあたって担当省庁がお墨付きを得た格好になる。各新聞が「政策転換」だと書いたのはこのためだ。

ちなみにこの会議。脱炭素社会に向けた政策を議論する場で、経団連会長、連合会長、学者らのほか、中部電力会長、ENEOS会長などエネルギー産業関係者も参画している。脱炭素のためには原発の活用が不可欠という論理で原発新設に踏み出したい経産省の意向が表れた人選と言える。

過去の政権の棚上げへの憤懣

当初、岸田首相は、原発の新増設や建て替え(リプレース)について「現時点で想定していない」としてきた。ところが、7月27日に開いたこの会議の第1回会合で、「原発の再稼働とその先の展開策などの具体的な方策について、政治の決断が求められる項目を明確に示してもらいたい」と発言していた。「政治の決断」という言葉の裏には、安倍内閣菅内閣が、新増設やリプレースの議論を棚上げしてきたことへの経産省の憤懣がある。

原発を将来も使い続けるのか、国民を二分する議論は内閣支持率に大きく響きかねないので、支持率の高かった安倍内閣ですら、議論を封印してきた」と経産省の幹部は言う。この封印を解くことが経産省の悲願だったのだが、この会議で、それを実行に移したわけだ。

2回目の会議では、「GX実行推進担当大臣」を兼ねる西村康稔経産相が「日本のエネルギーの安定供給の再構築」と題した資料を提出。そこには「『エネルギー政策の遅滞』解消のために政治決断が求められる事項」として、原子力について「再稼働への関係者の総力の結集、安全第一での運転期間延長、次世代革新炉の開発・建設の検討、再処理・廃炉・最終処分のプロセス加速化」という文言が書かれていた。

いずれも議論が「棚上げ」にされてきた問題点である。この資料を前提とした議論を受ける格好で、冒頭の岸田首相の「指示」が出たわけだ。もちろん、この首相の発言もすべて経産官僚が書いたものだ。

3.11後、「自然死」を狙っていたが

原発を巡る政府の方針については、3〜5年に1回改定され閣議決定される「エネルギー基本計画」に盛り込まれる。直近では2021年10月に改定された「第6次エネルギー基本計画」が最新だ。そこには「原子力については安全を最優先し、再生可能エネルギーの拡大を図る中で、可能な限り原発依存度を低減する」と書かれている。

2011年3月の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原発事故を受けて、当時の民主党政権が「脱原発」に大きくカジを切り、その後、政権交代で返り咲いた第2次安倍内閣では、「安全性が確認できた原発から再稼働する」としたものの、「原発依存度は可能な限り下げる」という姿勢を一貫して続けてきた。

もっとも、現在ある原発の稼働期限は40年が原則で、その後、認められている1回の延長をしても60年で稼働が止まる。今後、多くの原発がこの年限に差し掛かり、このまま「新増設」や「リプレース」をしなければ、いずれ原発依存度はゼロになる運命だった。

安全神話が崩れた後も、「原発はコストが安い」「原発が止まれば電気が足らなくなる」「原油高に対抗できるのは原発」といった主張で、経産省は新増設議論の開始を仕掛けたものの、政権は国民の批判を恐れて踏み出せずにきた。

蛮勇ではなく世論の醸成を

2月に始まったウクライナ戦争の余波で、LNG液化天然ガス)の価格が大幅に上昇するなど、原料不足や調達価格の高騰が大きな問題になっている。経産省にとっては絶好の機会が巡ってきたということになる。「安定的にエネルギーを供給するには原発が不可欠」という議論が大手をふってできるようになったのだ。

さらに原発二酸化炭素を排出しないため、脱炭素に不可欠という理屈も加わっている。そこに国民の審判を仰ぐ選挙がない「安定の3年」を手にする政権が生まれた。経産省にとっては、二度とない「勝負」のチャンスだったわけだ。

原子力を今後どうするのかを議論することは極めて重要だ。老朽化した原発の稼働年限をさらに伸ばすという議論も同時に始まっているが、古い原発よりも最新鋭の原発の方が安全性が高いことは自明だと経産官僚も認める。立地に同意を得たからと言って1ヵ所にたくさんの原子炉を置く(福島第1原発は4基だった)ことをやめ、運転の安全性や災害対応力を高めることも議論すべきだろう。

だからと言って、新増設に賛成しそうな産業代表を集めた会議で、首相が「リーダーシップ」という名の蛮勇を奮って新増設の方向に強引に持っていくことがあってはならない。

迂遠なようでも国民世論の醸成をはかり、真正面から議論していくことが必要だろう。「今は有事だから」とばかり議論を疎かにすれば、必ず国民の反発を招くことになる。国民の不信感が募れば、そうでなくても支持率が急落している岸田内閣の命運が尽きることになりかねない。