挑戦し続けて見えてきたサーキュラーエコノミーの実現 サイクラーズ

 雑誌Wedge 2022年3月号に掲載された拙稿です。Wedge Infinityにも掲載されました。ぜひご一読ください。オリジナルページ→https://wedge.ismedia.jp/articles/-/26321

 

「東京でリサイクル事業をやるという意味を考えた末の結論が、高度リサイクルに進むことだったのです」と語るのは、産業廃棄物処理大手のサイクラーズ(旧東港金属グループ)社長の福田隆さん。

 廃棄物処理は一種の装置産業で、広い土地を持つ地方の企業の方に優位性がある。工業地帯とはいえ、東京・大田区という都会にある立地をどのように生かしていくかが大きな課題だったという。

 創業は1902年(明治35年)。福田さんの曽祖父が東京・神田で非鉄金属地金を扱う「故銅店」を開いたのがルーツだ。29年(昭和4年)に祖父が社長を継ぐと非鉄金属事業を拡大、回収した金属から銅合金などを精錬する事業を軌道に乗せた。

どうやって
東京の立地を生かすか

 廃棄物処理業に本格的に乗り出すのは3代目の父・勝年氏の頃(80年代)。家電リサイクルなどにも乗り出した。ところが2002年にその父が急逝。隆さんが28歳で4代目として社長を継ぐことになった。そのとき、考えたのが「どうやって東京にあるという立地条件を生かすか」ということだった。

 大都市東京は膨大な量のゴミを日々排出する。その中から再資源化できるものを選別し、リサイクルに回していく。アルミスクラップや鉄スクラップ、廃プラスチックなど、取り扱い品目を増やし会社を成長させてきた。07年には千葉・富津に大規模リサイクル工場を開設。本社工場の土地の狭さを補う投資に踏み切った。

 そんな中で、福田さんはさらなる「高度化」に踏み出す。リサイクルとITを結び付けられないか、と考えたのだ。きっかけは17年。「ディープラーニング」技術の進化で盛り上がっていた第3次AIブームをみて、コンピュータープログラムのコーディングから学べる講座に参加したのだ。

 もともと福田さんは経済学部の卒業。理科系とはまったく縁がなかったが、「事業にもっとITを取り入れなければダメだ」と痛感した。

 「必要だと思ったら嫌なことでもできてしまうのが自分の強みなんです」と、福田さんは笑う。大学卒業後、国内メーカーや外資系で営業職を務め、「そろそろ戻ってこい」と父から言われて入った東港金属ではいきなり営業をやれと言われた。大口の顧客に逃げられ、その分の穴埋めをしろ、という命令だった。

 スクーターを買うと飛び込み営業を始める。1週間で50軒ほどを回ると4軒の客が取れた。「飛び込み営業なんて、何百軒回って1軒取れるかどうか。それがあっという間に4軒取れた。この業界はあまり営業をする慣習がなく、お客さんは廃棄物処理に悩んでいたんです」。まだまだ成長する余地が大きいと感じたのだ。その経験がのちに、事業を積極拡大していくベースになった。もちろん、環境意識の高まりや、SDGs(持続可能な開発目標)の広がりなども追い風になった。

メルカリのサービスこそ
自分たちがやるべき

 話を戻そう。ITの必要性を感じた福田さんは18年5月に子会社「トライシクル」を設立する。インターネットを通じたリサイクル・サービスの開発を行うIT会社だ。

 そのとき考えたライバルは、メルカリ。メルカリがやっているサービスは本来、リサイクル業者である自分たちがやらなきゃいけない事業だと感じた。まずはメルカリのようなマッチング・システムを作ろうと考えたのだ。ちなみに社名をカタカナの今風にしたのは、ソフト開発ができる若者を採用する上でのブランド・イメージを考えたためだ。

 2019年に誕生したのがアプリ「ReSACO(リサコ)」。企業が使わなくなったモノを最適な方法と価格で売り、それを必要とする企業が買えるマッチング機能がウリで、資源リサイクルの世界初の「B2B、サーキュラーエコノミー(循環型経済)対応プラットフォームアプリ」になることを目指した。

 当初スタートさせたアプリはまさしくメルカリ型の1対1のマッチングアプリだった。不用品を必要とするところにリサイクルする仕組みだ。ところが、サービスがスタートしてもユーザーがまったく増えなかった。なぜか。

 客に聞いたところ、大量に処分したいモノを抱える法人客にとって、1対1のマッチングは手間ひまがかかりすぎるため、ニーズがなかったのだ。

 そこで福田さんはモデルを一気に変えることを即断する。法人向けの「無料回収サービス」や「不用品まるっとおまかせサービス」など法人の需要に合わせた仕組みに変えたのだ。これで一気に集荷量が増えた。リサイクルさせるためには、じっくり販売していかなければならない。その際、富津の広い土地が役立った。19年11月にリサイクルセンターを稼働させた。

専用ソフトを開発して
業界全体のDXに貢献する

 新型コロナウイルスの蔓延で、飲食店などの閉店が相次いだり、テレワークの広がりでオフィスを縮小したりする動きが強まり、設備機器などの引き取り要望が大きく増えた。既存のリサイクルショップなどは新規に売れるメドが立たないため、買い取りを手控えている。

 そんな中でトライシクルはグループに廃棄物処理の「東港金属」があるため、最終的に廃棄することになった場合でも処分コストが安い。さらに他のリサイクルショップと違い、リアル店舗を持たないことも優位だ。最近では年間の取り扱いが1万2000件くらいに達している。その半分近くが無料回収したものだ。

 トライシクルはこのアプリだけが事業ではない。本格的なIT企業へと育ちつつある。

 廃棄物処理業界は規模の小さい会社も多く、デジタル化はほとんど進んでいない。かといってニッチ産業のためIT大手が業界専用のソフトを開発してくれるわけでもない。そこで、トライシクルが業界向けのソフトを開発して販売することにしたのだ。業界全体のデジタル・トランスフォーメーション(DX)化に貢献しようというわけだ。

 開発したのが、産業廃棄物の委託契約を電子化するサービス「エコドラフトwithクラウドサイン」だ。従来、紙で行っていた委託契約を電子化でペーパーレス化。それにより契約書作成の手間や印紙代・切手代などのコストを大幅に削減できる。合意締結では弁護士ドットコムが運営する「クラウドサイン」を利用している。

 創業から120年。4代にわたって続いてきた秘訣は何だと思うかと問うと、「常に新しいこと、面白いことに挑戦するカルチャーではないか」という答えが返ってきた。

 もともと創業した曽祖父は医師・薬剤師の家に生まれながら、独立して故銅の世界に飛び込んだ。その後も本業を大事にしながら、時代の流れに合わせて会社の形を次々に変えてきた。「サーキュラーエコノミー」が世の中のキーワードになる中で、サイクラーズグループはまだまだ変身していくことになるのだろう。