日経2題

 今朝の日経新聞から2題。まずは社説です。「「同一労働・賃金」機に透明な賃金制度に」と言うのですが…前半は同一労働同一賃金の説明なので途中から。

 すでに企業の間では、手当の見直しが進み始めている。子育て世代への手当の支給対象を契約社員へも広げるなどの動きがある。正社員だけに支給している理由が説明できない手当は、廃止した方がいい場合もあるだろう。
 問われるのは基本給や賞与の決め方だ。厚生労働省の指針では、正社員とパート、契約社員とで能力、経験や成果などが異なれば、基本給に差を設けることが認められる。賞与も会社業績への貢献度などに応じて額を決められる。
 しかし、具体的にどんな基準で能力や貢献度の違いを判断し、支給額にどのように差をつけていいかは判然としない。
 混乱を防ぐためにも企業に求められるのは、正規、非正規を問わず職務ごとに対価を明確にし、成果の報酬算定ルールも定めた透明性の高い賃金制度づくりである。
 非正規社員の処遇改善は仕事に必要なスキル(技能)を自助努力で高め、賃金の引き上げを積み重ねていくことが本筋だ。能力開発への意欲を引き出し、併せて正社員も活性化するために、職務と成果を軸にした賃金制度が要る。
 非正規社員の処遇改善は企業の人件費増につながる。新型コロナウイルスの感染拡大の収束はまだ見通せず、経営が圧迫されるのを嫌った非正規雇用の削減が広がる懸念もある。
 だが、人口減少が進むなかでは一人ひとりの人材がより貴重になる。賃金制度改革を通じて企業全体の生産性を引き上げ、コスト増を補って余りある効果を出すことを考えるべきだ。
(令和2年3月30日付日本経済新聞「社説」から)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57322370X20C20A3SHF000/

 まずもってタイトルの「同一労働・賃金」というのがいかにも珍妙に見えるのは私だけでしょうか。ウェブ上でざっと探した限りでは他に用例は見当たりませんでしたが…。本文中では普通に「同一労働同一賃金」と書いていますし、1文字節約するためにわざわざ一般的でない用語を使う必要もないと思うのですが…。
 手当の見直しについてはそのとおりで、「ベアの積み上げが難しいなら手当で」といった交渉材料として利用されたものが残っていたりするとまさに「不透明」ということになるでしょう。
 指針が不明確で混乱を招く可能性があるというのもそのとおりなのですが「混乱を防ぐためにも企業に求められるのは、正規、非正規を問わず職務ごとに対価を明確にし、成果の報酬算定ルールも定めた透明性の高い賃金制度づくりである」っていやそのほうがはるかに混乱するから
 まず「正規、非正規を問わず」といいますが非正規は基本的に職務固定であり、かつ概ね市場賃金なので、ほぼ「職務ごとに対価を明確」にすでに近い実態にあるといえるでしょう。それに対して正規は長期雇用慣行のもとにキャリア全体を考慮した賃金制度になっているわけですが、そもそもこの「同一労働同一賃金」の検討が始まったかなり早い段階から前提として「我が国の労働慣行に十分に留意」とされていて、長期雇用慣行の変更は念頭におかれていなかったといえましょう。出来上がったガイドラインをみても「均等・均衡待遇を確保し、同一労働同一賃金の実現に向けて策定」と書かれていて、本来均等≒同一労働同一賃金と対照的な概念である均衡を取り込んでいて、菅野和夫先生も『労働法』最新版で「内容において日本独特の待遇原則となって」おり、「日本版同一労働同一賃金」であって、「これまでの均衡・均等原則の考え方と変わるところはない」と断じておられるわけです(pp.361-362)。したがって、今回の改正法施行は特段「正規、非正規を問わず職務ごとに対価を明確にし、成果の報酬算定ルールも定めた透明性の高い賃金制度づくり」を企業に求めるものではありません。
 現実の問題としても、「正規、非正規を問わず職務ごとに対価を明確にし、成果の報酬算定ルールも定めた透明性の高い賃金制度」をそもそもどうやって作るのかという問題があります。欧米では(きわめて大雑把には)エリート層とテンポラリーは市場賃金で、マスは産別労組が団体交渉・労働協約と拡張適用で労働条件を決めていくというしくみがそれなりにあるわけですが、日本ではそのどちらも(失礼ながら)貧弱なのが実態です。さらに、仮にそれができたとしても、移行時に賃金水準が上下したり、企業の要員配置や人材育成などに大きな影響が出たりすることは不可避です。さらに賃金水準の変動で住宅ローンが組めなくなるといった社会的影響も考えられ、それこそ大混乱に陥るだろうことは想像に難くありません。
 もちろん職務給もやって悪いたあ言いませんし現実にも稀少技術人材などには拡大しているわけですが、まあ新しい労働契約から徐々に増やしていくというのが混乱を避けるためには現実的なところではないでしょうか。
 あとは何言ってるのかよくわからないのですが、非正規の処遇改善で人件費が上がるから「賃金制度改革を通じて企業全体の生産性を引き上げ、コスト増を補って余りある効果を」出せということでしょうか。とりあえず非正規のコスト増を正規のコスト減で補えと言わなかったところはいいでしょう。ただまあ「賃金制度改革で企業全体の生産性向上」とかいうのは、2000年前後の成果主義騒ぎの顛末をすっかり忘れてしまったのかなあとは思います。
 次に取り上げるのは法務欄に掲載された「「解雇の必要性」は容認も 新型コロナ下、雇い止めの兆候 回避義務などの要素 焦点」という解説記事です。見出しのとおりで、新型コロナのあおりで業務量が激減したホテルなどでの雇止めが認められるか、について解説しており、前段では契約更新への期待権について解説したあと、解雇権濫用法理の類推適用について説明しています。ちなみに私のSNS周辺では「日々雇用で30年」が話題になっていますが、ここで取り上げるのは後段です。

…ウイルスによる雇い止めは整理解雇なので、合理性判断の基準は使用者が「整理解雇4要素」を満たすか否かだ(1)解雇の必要性(2)解雇回避の努力は(3)解雇者の人選は妥当か(4)労働組合などと十分協議したか――で、基本的に全て満たせば雇い止め有効だ。
 他方、期間中解雇には労働契約法の17条に「やむを得ない理由がなければできない」との規定がある。沼田教授は「裁判所がやむを得ない理由を認める基準は整理解雇より厳しい」と説明する。
 問題はウイルス感染が拡大し経済活動がまひ状態になったとき、整理解雇4要素の(1)「解雇の必要性」や、期間中解雇の「やむを得ない理由」にあたるかだ。沼田教授は「その場合は該当するだろう」と予測し「裁判官もウイルス拡大を無視できない」とみている。
 企業は4要素の(2)以下も満たすことを求められる。(2)の解雇回避義務を満たすには通常なら事前の希望退職募集などが必要だ。今回は厚生労働省雇用調整助成金の支給要件を緩めるなど各種支援策がある。使わないと義務を果たしたことにならない可能性がある。
 世界中で感染が広がるなか、使用者はウイルス終息後の訴訟多発まで見据え、人員施策を考えることが欠かせない。
(令和2年3月30日付日本経済新聞朝刊から)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO57319450X20C20A3TCJ001/?fbclid=IwAR3NDm7jjwTij6qRar2EzwEIzvpvtSfChsQDV0si84dwBU_1dbComhzCkOE

 いやいや「ウイルスによる雇い止めは整理解雇」じゃないよねえ。類推適用されるってだけで、雇い止めは契約満了であって解雇じゃない。まあ細かい話といえば細かい話かもしれませんが、執筆者の方(シニアライター礒哲司の署名がある)のプロフィール(https://r.nikkei.com/journalists/19122001)をみると「社会保険労務士試験に合格。労働法務のプロ」と書かれているので、だとするとちょっと寂しいかなと。
 あとはまあ労働法学者(なぜ沼田雅之先生なのかが疑問といえば疑問だが)に取材しながら書かれていることもあって間違いはない。4要素のうち2つしか解説していないうえ、解雇の必要性については裁判所は基本的に使用者の判断を尊重してきたことは業界ではほぼ共通理解(上掲菅野『労働法』にも記載あり)なので、なぜここをこうまで力説しているのかはかなり不思議です。
 それに対して回避努力の説明は適切かつ必要なもので、記事にもあるように中小企業には最大9割雇調金が給付されるほか金融面などでも手厚い公的支援が講じられていますし、やはり今朝の日経によれば経団連も雇用を守ろうと言っているらしいので、公的支援の活用や取引先への協力要請といった努力を尽くすことは求められるのではないでしょうか。
 そして人選の妥当性と手続きの妥当性については項目としてあげられているだけで説明はありません。これも謎で、実務的には必要性よりはるかに解説が必要な事項ではないかと思うのですが。特に組織率の現状を考えれば「労働組合などと十分協議したか」という項目だけでは「終息後の訴訟多発まで見据え、人員施策を考える」ためには不十分というか不親切ではないかと思うなあ。
 まあおそらく新型コロナで新聞社の現場も大忙しだろうとは思うのである程度取材や記事などに遺漏が増えるのも致し方なかろうとは思いますが、しかし社説とか法務の解説記事ってそういう人が書いてるんだっけ。がんばってほしいなあ。