日産は「国が助ける」ことを真っ先に決めたのは、いったい誰なのか  政府保証の付与の背後に経産省

現代ビジネスに9月17日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/75711

 

保証額1300億円

日産自動車の借入金に、政府が保証を付けている事が明らかになった。

5月に政府系金融機関の政策投資銀行が行なった1800億円の日産への融資のうち、1300億円に政府保証がついていたと朝日新聞が9月7日の朝刊1面トップで報じた。「日産に政府保証融資1300億円 政投銀 返済滞れば8割国負担」という刺激的な見出しだった。

5月の段階で、日産への融資のうち、みずほ銀行の3500億円について、2000億円に日本貿易保険通じた政府保証が付いていた事が明らかになっていた。結局、5月に行われた7000億円の融資のうちほぼ半分を政府が保証していたことになる。

政府は4月末に成立した補正予算などで、新型コロナウイルスの蔓延で打撃を受けた企業への金融機関の融資を支援するため、政府機関を通じた政府保証などの拡充を決めた。それを真っ先に利用したのが日産ということになる。

朝日新聞は記事で「政投銀はコロナ関連で大手・中堅企業に147件(約1.8兆円)の危機対応融資を実行したが、政府保証つきは日産の1件のみ」だったと指摘している。

新型コロナの打撃を受けているのは日産だけではない。にもかかわらず、なぜ日産を真っ先に助けるのか、国民負担になりかねない保証の実行を誰が決めたのか、明らかになっていない。果たして日産を真っ先に国が助ける「大義」はあるのだろうか。

財務、経産が主導したが

日産は2020年3月期に6712億円の最終赤字を計上した。長年CEO(最高経営責任者)を務めたカルロス・ゴーンの拡大戦略のつまずきで、工場の閉鎖など構造改革を迫られたのが主な理由だ。

新型コロナの蔓延が始まった「中国」の業績はこの連結決算には2019年12月までしか含まれておらず、巨額赤字は新型コロナが主因ではない。

もちろん、4月以降は大打撃を被っているが、それはトヨタ自動車やホンダなどその他の自動車会社も状況は同じだ。にもかかわらず、なぜ日産だけを、真っ先に支える決断をしたのか。

どの企業にどれぐらい融資するかは、当然、金融機関が判断することだ。企業内容に問題はないか、再建計画は信頼に足るか、返済能力はあるか。金融機関が独自の審査を行うことで融資の可否を決める。

その際、リスクが大きいと判断すれば、政府保証の枠組みなどを利用するというのが順番だ。今回も、政投銀やみずほがリスクを審査し、政府保証を依頼した、というのが建前だろう。

だが、取材してみると、話は大きく異なる。政投銀には所管の財務省貿易保険には所管の経済産業省から、日産への融資に保証を付けるよう指示があったという。

ただ、本省の担当者も、特定の企業に政府側から保証を付けることを決めるのは問題があると考えたのだろう。制度自体の利用を促す一方で想定される対象企業のリストを示し、「あくまでも例です」と伝えたという。

そこは以心伝心。政投銀にも貿易保険にも幹部に役所のOBが天下っているから、日産が焦点であることは自明だった。

パイプ役の存在

では、経産省が日産を支えることを決め、財務省にも働きかけた、ということなのだろうか。ゴーン時代、経産省は日産に対して冷淡だった。「あの会社は日本の会社じゃない」と言う幹部もいた。

それが一変したのが、日産株の43%を保有する仏ルノー が、日産の支配を目論んでいる事が明らかになってきたゴーン末期から。政治家も巻き込んで日産をルノーから守る、という姿勢になった。

もっとも、現在の日産は政官界とのパイプが太いとは言えない。2019年にCEOを退任した西川廣人氏や、同じく副社長を退いた川口均氏がもっぱらパイプ役を務めていたため、2人が日産から去った今となっては政府に頼みに行くルートが切れている。

日産の現経営陣が政府とのパイプとして期待するのは、取締役で、「筆頭独立社外取締役」「指名委員会委員長」の肩書を持つ豊田正和氏。

豊田氏は1973年通商産業省(現経産省)入賞でナンバー2の経済産業審議官にまで上り詰めた人物。日本エネルギー経済研究所の理事長を務めながら、ルノーの圧力が強まっていた2018年6月に日産に社外取締役として送り込まれた。

豊田氏が動けば、株式会社化しているとはいえ経産省の完全支配下にある貿易保険に現役官僚を使って保証を付けさせることくらい簡単にできる。

もちろん、役所にモノを頼む以上、タダでは済まない。退官する経産官僚に天下りポストを用意することになる。かつて日産は経産省にとって格好の天下り先だったが、ゴーン時代に途絶えて久しかった。日産の苦境に救いの手を差し伸べる代わりに再び天下り先として急速に存在感を増している。

どう考えても「政治」の判断

貿易保険はそれで分かるが、財務省管轄の政投銀を動かすことまで、経産省の力でできるかである。日産に保証を付けることについて、官邸や政治家が動いたのではないか。誰しもがそう考える。

西川氏や川口氏がもっとも頼りにしていた政治家は、官房長官だった菅義偉氏だ。折しも9月16日に首相に選出されたが、横浜市に本社を置く日産にとって、横浜市議も務めた菅氏は地元選出の大物議員ということになる。

ルノーからの攻勢にさらされた日産をどう守るかが議題になった際には経産大臣(当時)だった世耕弘成参院議員だけでなく、官房長官の菅氏に報告が上がり、差配を受けていたと見られている。

日産への政府保証について官房長官として菅氏が関与していたかどうかはまったく分からない。だが、国会論戦が始まれば、野党の追及を受けることは必至だろう。

焦点は、日産に真っ先に政府保証を付けた「大義」があり、その決定プロセスにやましい点がないかどうかだ。「独立した金融機関が独自に判断したものと理解している」という模範答弁はすぐにボロがでる。政投銀や貿易保険を取材すれば本省の指示が明らかになるからだ。

では、政府部内で「日産を救済する」かどうか、きちんと議論されたのか。政権発足早々、菅新総理は説明責任を問われることになりそうだ。