労働時間削減も「最低賃金」はナゼ上がらない?日本の「残酷すぎる現実」  非常事態で審議会の議論平行線

現代ビジネスに7月23日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/74307

深夜に至るも結論出ず

最低賃金引き上げの水準を示す厚生労働省中央最低賃金審議会厚労相の諮問機関)の「目安に関する小委員会」の議論が難航している。

7月20日に4回目の会議が開かれたが、7時間半立ってもまとまらずに深夜に中断。21日も午後6時から再開したが、深夜になっても結論は出なかった。


メンバーは「使用者側委員」4人、「労働者側委員」4人、「公益委員」4人の合計12人。労働者側の組合代表らが最低賃金を引き上げるよう求めたのに対して、使用者側つまり経営者側が最低賃金の引き上げに強く反対。議論は平行線のまま決着をみていない。

最終的にはごくわずかの引き上げで妥協が成立するか、あるいは小委員会として目安を示さずに議論を終える可能性もある。

中央最低賃金審議会が決めた目安をベースに各都道府県ごとに決められ、10月1日から適用される。

安倍政権になってから順調だったが

政府は全国平均で時給1000円の早期達成を掲げており、昨年度まで4年連続で3%程度の引き上げが続いてきた。その結果、東京と神奈川では全国で初めて最低賃金が1000円台に乗せた。

昨年までは人手不足が深刻だったこともあり、経営者側も引き上げに応じざるを得なかった。地方の人手不足はより深刻で、目安を上回って引き上げた県もあった。


昨年度の全国加重平均の最低賃金は時給901円。第2次安倍晋三内閣が発足する直前の2012年度は749円だったので、7年で152円、20%も上昇した。

アベノミクスによって円高が是正され、企業収益が改善したのを受け、安倍首相自らが「経済好循環」を掲げて、企業の収入増を「賃上げ」によって従業員に積極的に還元するよう求めてきた。

何を守るべきなのか

ところが今年度は状況が一変した。

新型コロナウイルスの感染拡大の余波で企業収益が大幅に悪化。日本商工会議所など中小企業3団体は、「中小企業・小規模事業者の経営実態を十分に考慮するとともに、現下の危機的な経済情勢を反映し、引上げの凍結も視野に、明確な根拠に基づく、納得感のある水準を決定すること」として、大幅な引き上げには強く反発していた。

 リーマンショック時の2009年度の引き上げ率は1.42%、東日本大震災時の2011年度は0.96%だったことから、小委員会でも経営側は、1%未満の引き上げでないと認めない姿勢を示していたもようだ。

経済活動が急速に縮小している中で、最低賃金をどう扱うべきなのか。議論は真っ二つに分かれる。

経営側の主張は、企業業績が悪化する中で最低賃金を引き上げれば、生き残るためには従業員を解雇したり、パートやアルバイトの労働時間を減らさざるを得なくなるというもの。雇用を維持するためにも最低賃金は据え置きもしくは微増に止めるべきだ、というのだ。

一方、労働側の主張は、もともと日本の最低賃金は先進国と比べても低く、消費を活発化させ経済を成長させるには最低賃金の引き上げが不可欠だ、とする。ここで賃上げを止めれば、消費減退を加速し、再びデフレスパイラルへと陥ってしまう、としている。

ニューディールの議論

実は1929年から始まった世界大恐慌の折にも似た議論があった。当時のハーバート・フーヴァー大統領は企業経営者に賃金水準を維持するよう求めたが、それによって購買力が維持され、消費を喚起できると考えたからだった。

もっとも、賃金水準の維持を求めたことで、解雇の流れが加速したという批判もある。実際、米国で労働者の4分の1が職を失ったと言われる「どん底」は、株価暴落から4年を経た1933年のことだった。

その1933年にはフランクリン・ローズヴェルト大統領がニューディール政策の一環として「全国産業復興法(NIRA)」を制定、最低賃金や労働時間の制限を定めた。

今では当たり前のようになっている週40時間という規定も、この当時盛り込まれたもので、労働時間を制限することで雇用機会を増やそうという狙いがあった。今でいう「ワークシェアリング」である。

日本企業はこんなに貯めこんでいるのだから

今の日本は、大恐慌当時の米国に比べて経済の「体力」が大きく違う。

日本企業が溜め込んだ「内部留保」は2018年度で463兆円。第2次安倍内閣が発足した2012年度は304兆円だったので、52%も増えている。冒頭で見た最低賃金の引き上げよりもハイペースで企業の「貯金」が増えたのである。

批判が強い中で、それでも企業が内部留保を積み上げてきた理由は、「危機に備える」というものだった。新型コロナが蔓延して経済が凍りついたいまこそ、その「危機」だろう。企業は内部留保を大きく取り崩してでも、雇用を維持すべきということだろう。

最低賃金で働いている人は、パートやアルバイトなど非正規雇用の人たちが多い。

新型コロナで経済縮小が始まった4月以降、正社員の雇用はまだ守られているが、パートやアルバイトの雇い止めは急増した。政府は雇用調整助成金の対象にパートを加えるなど対策に乗り出したが、6月以降、営業再開が進むとともに、雇用調整が本格化すると見られる。あるいはパートが職場に戻っても、労働時間を削られ、結局は収入が減るということになりかねない。

まさに「非常時」だけに最低賃金の大幅な引き上げは難しいという結論になるのはやむを得ないだろう。

だが、最低賃金は引き上げないという選択をするのならば、パートやアルバイトを含め雇用は守る一方、パートなどの労働時間も維持し、生活を守ることを第一に考えるべきだろう。