長老支配、派閥均衡…高齢「菅内閣」誕生前に浮かぶ、数々の懸念 鮮明になる「古い自民党」への回帰

現代ビジネスに9月3日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/75353

フラット化の兆しがあったが

安倍晋三首相が辞意を表明する1週間前、自民党で史上初の出来事があった。

8月21日に全国青年部長・青年局長合同オンライン会議を開催、そこで青年局の組織規約改正を行い、オンライン上で議決が可能になった。

これまでは党大会の直前に行われる「青年部局全国大会」に実際に出席して議決する必要があったが、新型コロナウイルスの蔓延や災害発生時には、オンラインで迅速に議決できるように変えた。

この日は委任状を集めるなど従来の規定に従ったものの、会議には全国の青年局のメンバーら180人がオンラインで参加した。

2019年秋に小林史明衆議院議員が党の青年局長に就任すると、オンライン会議の導入を一気に進めた。小林議員は当選3回の37歳。上智大学理工学部卒業後、NTTドコモに務めた経験を持つ。

世の中で進むDX(デジタル・トランスフォーメーション)化を、もっとも遅れている組織の代表格と思われる自民党に持ち込んだ。昨年来、会議にオンラインでの参加も取り入れてきたが、新型コロナウイルスの蔓延がオンライン化の背中を押した。

自民党は全国に地方組織を持ち、「青年局」も置かれている。党組織はピラミッド構造で、支部から県連、そして党中央へと意見が集約されていくのが伝統的な組織のあり方だった。

ところがオンライン会議の導入などDX化は組織のあり方も変える。「オンライン会議になって、党中央の青年局長と直接話ができるようになった」と地方議員を務める若手などは目を見張った。いわば、フラットな組織に変わる大きなきっかけになったのだ。DXをきっかけに、自民党組織が大きく変わるのではないか、そんな予感を抱かせた。

いつか見た派閥の論理

ところが1週間後、予期せぬ事態が起きる。安倍首相が突如、辞意を表明すると、かつての長老支配、派閥支配を彷彿とさせる動きが党内に広がったのである。

フラットな組織への転換を進めようとしていた小林議員ら青年局所属の議員が、全国の党員で投票を行うフルスペック(完全な形)での総裁選を求めたのは当然の流れだった。だが、そうした声は「派閥の論理」にかき消されていく。

9月1日に開いた党の総務会では、小林議員や小泉進次郎環境相などが「フルスペック」の総裁選を求める声を挙げたが、「結局はガス抜き」(ベテランの総務会メンバー)に終わり、党員投票を省略し、両院議員総会で新総裁を選ぶことに満場一致で決した。

地方票のウェートが半分以下になる両院議員総会での選挙戦では、国会議員の票が決定的な力を持つ。

選挙方法が決まった段階で、下村博文・元文部科学相稲田朋美・元防衛相、野田聖子・元総務相など、いったんは出馬に意欲を見せた議員たちも相次いで不出馬を決めた。一方で、派閥の長老たちが、次々に菅義偉官房長官への支持を表明、菅総理誕生への道筋が引かれている。

河野太郎・防衛相は最後の最後まで出馬にこだわったが、最後は所属派閥の領袖である麻生太郎・副総理兼財務省に、「ならば、派閥から出ていけ」と恫喝されて出馬を取りやめたと噂される。

長老たちの春

派閥の長老が談合で次の総理を決める――。かつて見た光景だ。今回の菅後継の仕掛け人は二階俊博幹事長。

禅譲を期待した岸田文雄政調会長や地方組織の期待が高い石破茂・元幹事長ら前々からの有力候補を外し、一気に菅氏支持をとりまとめた。

「あんなに機嫌の良い二階さんは初めてみました」と二階氏に近いベテラン議員が言うほど、キングメーカーとなった自らに陶酔しているという。

菅総理・総裁が誕生すれば、大臣ポストなどは二階氏の同意なく任命できなくなるに違いない。ご本人が希望するという幹事長続投は、本決まりだと自民党議員の誰もが口をそろえる。

国民の間で人気のある河野氏を抑え込み、いち早く菅支持を打ち出した麻生氏は、さっそく、副総理兼財務相の留任が語られている。これも麻生氏本人の希望だという。

二階氏81歳、麻生氏79歳。そして菅氏は71歳である。

古い自民党へは戻らない」

安倍氏自民党総裁に返り咲いた2012年、安倍氏は「古い自民党には戻らない」と強調して総選挙を戦った。当時、政権与党だった民主党への批判は強かったとはいえ、自民党の支持率も決して盤石とは言えなかった。政官業の癒着、長老支配、派閥均衡の組閣などいわゆる「自民党的」なものへの国民のアレルギーは強かった。必死に安倍首相は「古い自民党」を否定してみせたのだ。

そして第2次安倍内閣が発足した時、安倍首相は58歳、菅官房長官は64歳、自民党幹事長は55歳の石破氏だった。また、総務会長には51歳の野田氏、政調会長には63歳の甘利明氏を据えた。いまや長老の代表格である麻生氏は当時71歳。総理も経験した重鎮として、党内支持基盤が盤石ではなかった安倍総理総裁を支える役回りを担ったが、例外的な高齢だった。

当時、安倍首相が「古い自民党」を否定して国民の支持を回復しようとしたのは、今と同様、「国難」に直面していたからだ。長引くデフレで経済は疲弊し、東日本大震災からの復興が求められ、外交はボロボロの状況だった。

今また新型コロナウイルスの蔓延で経済縮小が起きている未曽有の「国難」に直面している。そんな時に、自民党はかつての「古い自民党」に戻っていくのだろうか。菅内閣は適材適所ではなく、閣僚ポストを支持を打ち出した派閥に均衡配分することになるのか。

そんな長老支配、派閥均衡に戻る自民党とその内閣を、国民は許すのだろうか。圧倒的な議席数を国会で握り、野党も結束を欠く中で、古いスタイルで総理総裁を決めても国民は自民党を指示してくれる、と思っているのだろうか。

安倍首相は7年8カ月の間、プロンプターを使って国民に直接政策や考えを訴えるスタイルを使ってきた。国民の前で説明するというのが首相として当然の責務だと多くの国民が考えるようになった。

だからこそ、6月以降、まともな記者会見を開かなかったことに国民の不満が募ったのだ。もはやこの国ではかつてのような「密室政治」は許されないのではないか。

長老支配・派閥均衡の菅政権は、国民への説明責任を果たし、多くの人たちの支持を得ることができるか。1年以内に行われる総選挙で試されることになる。