トラック運転手に介護士も、働き方改革のウラで「過労死」が急増していた…! さらにコロナ不況が追い打ちをかけ…

現代ビジネスに7月30日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/74470

原因としての「精神障害」の増加

政府が「働き方改革」を打ち出し、残業時間の制限や有給休暇の取得促進に乗り出しているにもかかわらず、「過労死」が大幅に増えたことが明らかになった。

厚生労働省が公表した2019年度の「過労死等の労災補償状況」によると、過労死などに関する労災の請求件数は2996件と前年度に比べて299件、11%も増加し、過去最多となった。

そのうち労災補償の支給開始が決定されたものは725件と22件増加、自殺などで働き手が死亡しているケースも174件と16件増えた。

厚労省が「過労死等」に分類しているのは大きく2つ。ひとつは脳梗塞心筋梗塞などで倒れる「脳・心臓疾患」で、もう1つがうつ病などの「精神障害」。

かつては前者の方が多かったが、最近は精神を病んで自殺を図る人の増加が問題になっていた。2019年度は「脳・心臓疾患」による支給決定件数が216件(うち死亡86件)だったのに対し、「精神障害」による支給決定件数は509件(うち自殺88件)にのぼった。

では、いったいどんな業種で過労死が多いのか。「脳・心臓疾患」での支給決定件数で多いのは「運輸業・郵便業」の中の「道路貨物運送業」。つまりトラック輸送を担う運転手が最も多い。人手不足の中で過酷な労働を強いられている様子が浮かび上がる。

一方の「精神障害」でもっとも多いのが「医療・福祉」の中の「社会保険社会福祉・介護事業」。介護施設で働く人たちが人手不足の中で、精神的に追い詰められていることが分かる。

こうした「運輸業」や「医療・福祉」が上位に来る傾向はここ数年続いており、こうした産業で「働き方改革」が思うように進んでいないことを示している。

働き方改革」は進んだものの

政府が「働き方改革実現会議」を設置、初会合が開かれたのは2016年9月。これとほぼ同じタイミングで、前年末に自殺した電通社員について労災と認定され、労災保険の支給が決定したことが明らかになった。労働局は電通社員が仕事量の著しい増加で残業時間が急増し、うつ病を発症したため自殺したと「過労死」判定したのである。

この不幸な過労自殺が表面化したことで、政府の「働き方改革」は世の中の注目を集めることになった。もともとは、働き方を変えることで生産性を高めることが、日本経済の再成長には不可欠だという視点から始まった会議だった。ところが、長時間労働に対する世間の批判が一気に高まったことから、以下に長時間労働を規制するか、という方向に「働き方改革」は変わっていった。

2017年3月には働き方改革実行計画で、1カ月の最長残業時間が「100時間未満」と決められ、働き方改革関連法として成立した。その法律が施行され、規制が実施されたのが2019年4月1日から。つまり、2019年度は働き方改革が施行されたにもかかわらず、過労自殺は逆に増加したのである。

もっとも、中小企業については法律の適用を1年遅らせて、2020年4月からなっている。法律が適用されていない業界や企業で労災認定が増えたと見ることもできるが、長時間労働を規制するだけでは、過労死は減らない可能性もある。つまり、長時間労働だけが過労死の原因ではないかもしれないのだ。

厚労省の調査では、支給決定を受けた事例でどんな「出来事」があったかも集計している。そこには「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」が79件、「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」が68件あった。

パワハラなどの職場環境や、慣れない仕事への配置転換などが大きなストレスとなり、過労死へとつながっているケースも少なくないとみられる。

経済状況大幅悪化でストレス増

焦点は、新型コロナウイルスの蔓延で企業業績が急激に悪化する中で、過労死する人の数はどうなっていくかだ。

過去の統計を見ると、リーマンショックが起きた2008年度は、「脳・心臓疾患」も「精神障害」も申請件数、支給決定件数共に減っていた。ところが、2009年度になると「精神障害」による申請が急増している。同様に、東日本大震災直後の2011年度も「精神障害」による労災申請が急増した。

経済状況が大幅に悪化したことで、職場でのストレスが増えたことなどが遠因になったのではないか、と疑わせる。

新型コロナによる業績の急激な悪化が、従業員を精神的に追い詰めていく可能性があるということだろう。大幅な売り上げ減少に対応すために、従業員の数を減らすリストラなどを行う動きが強まれば、ひとり当たりの業務量が増加する可能性もある。

長時間労働規制が中小企業にも適用されることから、残業が減る可能性もあるが、だからといって働き手の精神的負担が軽減するとは限らない。将来への不安が強まる中で、これまで以上に職場のストレスが高まれば、過労死の増加傾向は続くことになりかねない。