phaの日記

パーティーは終わった

面白かった本2021



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毎年書いている、今年読んで面白かった本のまとめです。
今年はブックガイド本『人生の土台となる読書』を出したので、その関連の読書が多かったかも。マンガは『このマンガがすごい!2022』でも審査員として選んでいるので、そちらもよかったら見てみてください。
では行きます。
 

 

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をのひなお『明日、私は誰かのカノジョ』

今年は『明日カノ』が面白すぎましたね。レンタル彼女の仕事をしている女性たちの生き方の話。
ストーリーがそんなに甘くないところと、みんなしっかりと強く生きているところがいい。今の若者の言葉遣いとかをうまくすくいとっているなと思う。
5巻から始まるホスト編で、夜職の人たちを中心に一気に人気が加熱したらしい。このホスト編で出てきたキャラ、ゆあてゃがすごくいいんですよね……。ゆあてゃと萌ちゃんの関係性が良すぎた。

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『明日、私は誰かのカノジョ』5巻より

先が気になりすぎて、サイコミのアプリで毎週10ページくらいを読むのに120円課金してしまう。単行本を売るよりアプリの売り上げのほうが儲かってそうで、すごいビジネスモデルだなと思う。
今、AmazonでKindle版が、期間限定で3巻まで無料になっているのでぜひ。

星来『ガチ恋粘着獣 ~ネット配信者の彼女になりたくて~』

男性ネット配信者グループと、彼らにガチ恋している女子たちの話。
一人目のヒナのエピソードは典型的だしホラーだな、という感じだったけど、二人目の琴乃さんの、推しのことは好きだけど推しの隣に自分みたいなロクでもない人間がいてほしくない、みたいな葛藤ぷりがすごくよかった。
 

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『ガチ恋粘着獣 ~ネット配信者の彼女になりたくて~』5巻より

 
上で紹介した『明日カノ』でもネット配信者の話をやってるし、最近「推し」とか「ガチ恋」とかについてのマンガがめちゃ増えたなと思う。


増村十七『バクちゃん』

バク星人のバクちゃんが宇宙から現代日本に移民としてやってくる話。SF仕立てのところもあるけれど、基本的には現代日本で外国人移民が突き当たる問題みたいなのを書いている。といっても硬いだけの社会派的なマンガではなく、かわいいキャラが動き回る、マンガ的な楽しさにも溢れている。

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『バクちゃん』1巻より

 
海外の国のこととか、外国の人とか、人間はよく知らないもののことを警戒する癖がある生き物だ。だけど、その対象についてちゃんと知れば共感することができるようになる。相互理解のためにとても良いマンガだと思った。
残念ながら2巻で打ち切りになってしまったらしいけれど、打ち切り後に評価が上がっているみたい。

book.asahi.com


ネルノダイスキ『いえめぐり』

ネコのような登場人物たちが変な不動産物件を見て回る話。
とにかく大量の不思議な物体の書き込みがすごくてドサイケ。特に最後の物件は圧巻なのでサイケが好きな人はみんな読んでほしい。

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ネルノダイスキ『いえめぐり』より

 
 

上野千鶴子・鈴木涼美『往復書簡 限界から始まる』

上野千鶴子と鈴木涼美の二人が「恋愛」「性」「仕事」「自立」などのテーマに沿って、主に女性の生き方について語り合う往復書簡。
二人とも普段は文章がとても巧みだ。しかし、巧みに書けるからこそ、深く掘り下げて語らずに済む部分があったのだろう。この本は、往復書簡という形式を取ることで、二人が今まで語っていなかったであろう部分があらわになっている。二人がどう生きてきたかが、迷いも含めて正直に語られていて、すごくよかった。


荻原魚雷『中年の本棚』

中年の本棚

中年の本棚

Amazon

中年の著者が、中年に関する本、いわゆる「中年本」を紹介していくという書評集。中年の生き方に迷っている身として面白く読んだ。
荻原魚雷さんの本の紹介のしかたはいいな、と思った。自己主張はさりげなくて、本に寄り添って丁寧に本の良さを紹介している、という感じで。見習いたい。
僕が中年本で思い出すのは、『中年の本棚』でも取り上げられている、竹熊健太郎さんの『フリーランス、40歳の壁』かな。

竹熊さんはヒットした仕事の二番煎じをするのが嫌で、同じような依頼は断って、新しいことばかりをしようとしていたら仕事がなくなってしまった、と語る。そういう飽きっぽさは自分にもすごくある……。


TVOD『ポスト・サブカル焼け跡派』

音楽と政治の関係について、70年代から現代までを振り返りながら、80年代生まれの男性二人、コメカとパンスが語り合う対談本。
世の中の資本主義的な大きな流れと、その流れに各アーティストがどのように立ち向かい、もしくはどのように寄り添っていったか、という歴史が語られていく。取り上げられるアーティストは70年代の矢沢永吉、坂本龍一から、現代の星野源、秋元康、大森靖子まで。
「歌は世につれ、世は歌につれ」と昔から言うし、政治というのは人間が社会と向き合う姿勢のことだから、どんなことでも政治と関係あるんだな、と思った。

さまざまなアーティストが取り上げられている中で、僕が好きだと思ったのは、ファンクバンド、じゃがたらのボーカル、江戸アケミだ。
資本主義的な大きな世の中の流れについて江戸アケミは苛立ちを表すのだけど、安易に仲間や共感を求めるのではなく、あくまでビートやグルーヴを中心に置いて、ただ「お前自身の踊りを踊れ」と言っていて、そこがいい。僕も「お前自身のだるさを信じろ」とか言いたい。

パンス 具体的なイデオロギーこそないし、政治的な活動をしていたわけでもない。それよりももう少し射程が広いというか――日本人の精神性自体に対する苛立ちがあったと思うんだよね。ただそれは憎しみのような形での表出ではない。かといってひねくれてもいない。とにかく直接的。非常に稀な存在だと思う。

「でも・デモ・DEMO」の、「あんた気に食わない」「暗いね 暗いね 日本人って暗いね」ってフレーズが好きだ。

www.youtube.com

ゲームマスターとしての秋元康、という話も面白かった。AKBグループで何か問題が起きたとき、秋元は主体的に説明や謝罪をせず、「それはAKBという空間の中で彼女が自主的にやったことだから」みたいな立ち位置に立つ(本当は権力を持っているはずなのに)。それは、現代日本において、あらゆることが自己責任化される風潮、というのとリンクしている、とか。


植本一子『ある日突然、目が覚めて』

ecdstore.thebase.in

2021年6月から7月の日記。新刊でも紹介したけど、植本さんの日記はなぜかずっと読み続けてしまう。作中で何かすごい事件が起きるというのではないけれど、その日常の手ざわりにずっと触れていたくなる。
 
 
 

最果タヒ『パパララレレルル』

短編や掌編がたくさん収められた作品集。どれも短いのだけど、予想と微妙に違う言葉の連続に振り回されるのが心地よい。1ページくらいで収まる長さの作品も、ズババババッ、と世界を切り裂いていって、その裂け目から何か面白い景色が見えた気がする、という瞬間に終わる、みたいな感じでいい。

「愛とか恋とかの話にならなくちゃ、ポップカルチャーにならないんですけど」
「そういうのは死んだ奴に任せておけばいい」
 
  「恐竜の卵」より

 
 
 

三田三郎『鬼と踊る』


歌集。特に大したことの起こらないこの平凡な世界は、普通のように見えるけど実は異常なのではないか、と、淡々とした調子で語りかけてくるような感じがいい。

足元にください冷気ではなくて猫をあるいは強い打球を
 
キッチンでうどんを茹でている人にドロップキックをしてはいけない
 
2分後に暴言を吐く確率を見積もりながらビールおかわり
  
ワイドショーを気が狂うまで観たあとの西日は少し誠実すぎた
 
なぜここは歯医者ばかりになったのと母は焦土を歩くみたいに

 
 
 

佐藤文香『菊は雪』


句集。世界から薄皮一枚で隔てられているような疎外感と、それでも世界が好きだという愛情との二つを感じさせるような、澄んだ視線でできている。

書きて折りて鶴の腑として渡したし
 
雪渓や副流煙を吸ひたがる
 
山眠る三連プリン三人で
 
雪少しわたくしはかしこくて暇
 
だるい春なり魚屋の貝たちの

 
 
 

松村圭一郎他『働くことの人類学【活字版】』

さまざまな民族の「働く」とか「お金」について、座談会形式で話している本。もともとはポッドキャストの番組だったらしい。この本はKindle Unlimitedにも入っている。
今でも貝のお金を使っている社会の話や、狩猟採集民の話とか遊牧民の話とかを聞くと、僕らの考える「働く」とか「お金」についての考えは、たくさんあるうちの一つのパターンにすぎないんだな、と気付かされる。
現代社会の人はだいたい一つの仕事を専業でやっているものだけど、狩猟採集民はそんな僕らのことを「ひとつのことをするやつら」とバカにしている、みたいな話が面白かった。


ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス』

人類の歴史を斬新な視点から紹介しつつ、科学の発達によって人間は人間を超える存在になりつつあるかもしれないけれど、大丈夫か、というようなことを論じる本。
博覧強記の著者による面白エピソードがたくさん詰め込まれているから分厚いけれど、論旨はシンプルだ。
現代の社会は人間中心主義という思想に支えられているけれど、それが終わろうとしているかもしれない。AIが人間より賢くなったら、この社会の前提が完全に崩れてしまうんじゃないか。そんな危機感の話だ。
そうなったら世界はどうなるのだろうか。僕は何もよくわからないから全部AIに決めてほしい。


『サピエンス全史』を読んだときも感じたのだけど、ハラリの視点とか語り口は自分好みだな、と思う。なんか、人類の営み全てから距離をとって皮肉ぽく見ているみたいな感じが。
ハラリが自分の研究と自分がゲイであることを関連させて語っている以下の文章が面白かった。

kaseinoji.hatenablog.com

Q: あなたがゲイであるという事実は科学研究に影響を与えましたか?
Q: Does the fact you’re gay influence your scientific research?
 
はい、とても。ゲイの男性にとって、人が作り出したストーリーと、リアリティとの違いを理解することは極めて重要です。
Very much so. As a gay man, it is crucial to know the difference between stories invented by humans and reality.

『サピエンス全史』や『ホモ・デウス』の、「人間は虚構のストーリーに従うことで文明を作り出した」という世界観はそんな原体験に底支えされているのだろう。


江永泉、木澤佐登志、 ひでシス、役所暁『闇の自己啓発』

読書会の本。ダークウェブ、監視国家中国、AI・VR、宇宙開発、反出生主義、アンチソーシャルなどについて書かれた本を取り上げつつ、四人が縦横無尽にさまざまな思想やカルチャーを引用しながら、反社会的な与太話を繰り広げる。これを読むと読書会をやってみたくなる。元はnoteの記事。

note.com

喋ってる人たちの根本に「この社会での生きづらさ、社会への違和感」が見えるところがいい。
普通の自己啓発というのは結局社会に都合のいい人間を生み出すものなので、そうではなく、さまざまな知識を学ぶことでこの閉塞感のある社会をぶち破りたい、ということで『闇の自己啓発』なのだそうだ。
僕の好みとしては、ものすごく博識でいろんなことを知ってるけど、その人自身がどういう人なのかはよくわからない、という人はちょっと物足りない。この本みたいに語り手の実存が見えるのが好きだ。


劉慈欣『三体』三部作

三体

三体

Amazon

あまりに面白すぎて、読み終えるのが寂しいから少しずつ読もう、と思ってたけど、面白すぎるのでつい一気に読み終えてしまった。
今年一番面白かった本、というか、ここ10年で一番くらい面白かった本なんじゃないだろうか。この話は一体どこに連れて行ってくれるんだろう、と、読んでる間中ずっとワクワクしていてた。いろんな時間、宇宙、惑星を見せてくれた。
1も面白いんだけど、尋常じゃなく面白くなってくるのは2(黒暗森林)と3(死神永生)なので、ぜひそこまで読んでほしい。
フェルミのパラドックスの答えが鮮やか。途中で、カイジぽくなったり、ひかりごけぽくなったり、滝本竜彦っぽい雰囲気があったりして、日本カルチャーの影響がいろいろありそう。
ラストはもうちょっとあれがああなってもよかったんじゃないか、とも思うけど、作者はああいう展開が好きなんだろうな……。
これくらい面白い本をずっと読み続けていたいのだけど、なかなかこのレベルは他には存在しない。しかたないか。でも、もっと若い頃は、これくらい夢中になる気持ちでたくさん本を読んでた気もする。京極夏彦とか。読書量が増えると新鮮な感動から遠ざかってしまうのか。睡眠を忘れるくらい夢中で本を読みふけりたい。


ダニエル・L・エヴェレット『ピダハン』

アマゾンの奥地に住むピダハン族の話。めちゃめちゃ面白かった。
ピダハン語はどの言語にも似ていなくて、数や色を表す言葉や、伝聞や、遠い未来や過去を表す言葉がない。彼らは自分が直接体験したことしか興味がないからだ。現在しか見ていない彼らの幸福度はとても高い。
この著者はキリスト教の伝道者としてピダハンのところに行ったのだけど、彼らとともに暮らすうちに自分の信仰心に疑いを持つようになってしまい(ピダハンには「なんで会ったことも見たこともないキリストの言葉を信じているのか」とか言われてしまう)、ついには信仰を棄ててしまうのだ。
この紹介動画がわかりやすくてよかった。ゆる言語学ラジオは面白くてときどき見ている。

www.youtube.com
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リチャード・C・フランシス『家畜化という進化』

イヌ、ネコ、ウシ、ラクダなど、動物たちはどんな風に家畜化していったかを詳しく書いた本。
キツネを家畜化しようとした実験というのがあって、従順なキツネばかりをかけ合わせていくと、ペットにできるくらい人懐っこいキツネが生まれたらしい。
そこで面白いのは、性格が従順になっただけじゃなく、耳が垂れたり尻尾が巻いたり毛の色が変わったりという、飼い犬みたいな身体的特徴が出てきたというところだ。いいな。飼いたい。

遺伝学に大きな影響を与えた「キツネの家畜化」実験をご存じですか?(ブルーバックス編集部) | ブルーバックス | 講談社

進化というのはでたらめに起こるものではなく、ある程度起こりやすい方向に起こるらしい(進化の保守性)。
キツネもイヌも哺乳類だから共通した祖先を持つので、同じような出やすい特徴が出てくるということなのだ。
家畜に見られる類似した形質はまとめて「家畜化表現型」あるいは「家畜化シンドローム」と呼ばれ、従順性、社会性の向上、多彩な毛色(特に白色)、体のサイズの低下、四肢の短縮、鼻づらの短縮、垂れ耳、脳のサイズの減少、性差の減少などが含まれる。家畜化表現型は、人間の存在する環境下で起こる一種の収斂進化であり、それ以外の環境下では起こらない。
なるほど、と思ったのは、家畜化の最初期段階は、人間が家畜化するのではなく、動物自身が勝手に家畜に近づいていくのだそうだ。
どういうことかというと、例えばオオカミからイヌの場合。
人間が集まって住むようになると、オオカミが人間の集落の近くで暮らすことで、残飯を食べたりするチャンスが高まって、生存率が上がるようになった。
そしてその場合、人間の集落の近くで暮らすことができるのは、人間をあまり怖がらない個体だ。そうやって人間をあまり怖がらない個体が増えていく。
つまり、人間の存在によって、人間を怖がらない個体が生きやすいという、新しい淘汰圧が生まれたのだ。これは人間が操作したわけではなく、勝手に起こっていった変化だ。
そしてその中から、人間に積極的に飼われたりするくらい、人になつく個体が出てくるようになって、イヌになっていった。
こういう話、なんかすごく好きなんだよな。


キャスリン・マコーリフ 『心を操る寄生生物』

僕らの行動は寄生生物によって変化している、という話がいろいろ載っている本。
猫に寄生するトキソプラズマの話は有名だけど、それ以外も、インフルエンザウイルスが人を社交的にさせる(そのほうが多くの人に感染して増殖しやすいから)とか、腸内細菌が気分や食欲をコントロールしているとか、吸血鬼のモデルになったのは狂犬病患者(光を嫌う、強い匂いが苦手、水を避ける)だとか、いろいろおもしろい話がたくさん。
クモに寄生して変なかたちのクモの巣を作らせる寄生バチとか本当に精巧ですごいな、と思う。これもランダムな試行錯誤で生まれてきたものなのだけど、信じられない。

クモを操り一方的に搾取する寄生バチ、殺す直前に自分専用の強固な網まで作らせていた(神戸大学研究) : カラパイア

進化というのは生き物単独で起こるものではなく、他の生物との絡み合いが起きながら進んでいくんだよな。




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今年はこんなところでしょうか。来年も面白い本がたくさん読めますように。
こんな感じの本をいつも紹介しているので、この記事が面白かったら新刊の『人生の土台となる読書』も見てみてください。


 

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