Suicide Mission
ボーイングが飛行機の作り方を覚えている人たちにしたこと
by Maureen Tkacik
2023年5月30日、サウスカロライナ州ノースチャールストンにあるボーイング社のドリームリフター。Gavin McIntyre/The Post And Courier via AP
ジョン・バーネットには、起きている時間のほとんどを彼に屈辱を与えるために画策しているような上司がいた。彼は毎週のミーティングで、バーネットが何か意見を言うたびに馬鹿にし、同僚マネージャーに彼をスパイするよう命じ、彼が他人とうまくやっていないという噂を流したり、「電子メールを使ってコミュニケーション」をとり、「彼が見つけた飛行機の欠陥を修正するよう働きかけた」といったことで彼を懲戒処分にした。
「ジョンは非常に博識でほとんどそれが欠点といえるほどで、問題が起きたときに邪魔になる」。これは上司が業績考課に書いたもので、26年間品質管理を担当してきたバーネットの評価を40から15までさげ、ルイジアナなまりのために「スワンピー」と呼ばれるバーネットを、同僚たちからも煙たがれる嫌な奴だと評価した。それとは対照的に、バーネットと5分も過ごせば真実は誰の目にも明らかだった。ジョン・バーネットは、余暇にはカーレースに参加し、ある元同僚によれば「人生を満喫している」ような人物で、かつての品質技術者の一人は、「ボーイングを愛し、自分の知識を誰にでも喜んで分け与える、素晴らしく楽しい上司」であったと回想する。
しかしスワンピーは、90年にわたり世界の製造業の頂点に上り詰めたボーイングが吸収してきたすべての教訓を忘れている組織の中にいた。多くの新自由主義的な組織と同様、ボーイングは「知識」という魅惑的な新理論の呪縛に陥っていた。その新理論は、基本的に概念全体を知的財産、企業秘密、データの組み合わせに還元し、熟練した経験豊かな労働者が持つ「思考」や「理解」、「複雑な推論」を、本質的に医療費の増加に見合わないものとして切り捨てるものだった。2005年にボーイングに入社したジム・マクナーニー最高経営責任者（CEO）は、それ以前は３M社を指揮しており、そこでベテラン社員を早期退職に追い込む前は、ジム曰く、３Mの経営陣は「経験を過大評価し、リーダーシップを過小評価していた」という。
一部の古参社員は彼を「プリンス・ジム」と呼んだ。彼は共同執筆した、お決まりの虚栄心たっぷりの “リーダーシップ “本{1}の中で、長年のエンジニアや熟練の機械工に対する中傷を繰り返した。飛行機の完全性を気にしすぎて株価を気にしないような連中は「驚異的な才能を持ったろくでなし」であり、部下たちに彼らを追放して会社を去らせるよう勧めたのである。彼は当初、787ドリームライナーの開発にこれらの有能なアホたちを従事させることを拒否し、その代わりに、真新しく画期的なワイドボディ・ジェットの開発とエンジニアリング設計の大部分を、エンジニアリング部門を持たないサプライヤーにアウトソーシングした。この計画は労働組合をつぶしてコストを削減する、ウィンウィンだと、彼は投資家たちに約束した。その代わりマクナーニーの計画は予算を500億ドルも超過し、予定より3年半も遅れた。
スワンピーは、マクナーニーの影響をうけたところへボーイングが派遣した清掃クルーの一員だった。ボーイングが787の胴体の一部を外部委託していたサプライヤーは、そのデザインをイスラエルの企業に再委託していたが、その企業が仕事を失敗し、世界的な信用収縮の最中にサプライヤーが資金難に陥った。そのためボーイングはそのサプライヤーを支配するプライベート・エクイティ会社を救済し、買収しなければならなくなった。2009年、ボーイングはワシントン州からサウスカロライナ州チャールストンにあるサプライヤーの非組合員工場に移動し、航空機を適切に組み立てるためのトレーニングを行うマネージャーを募集し始めた。ボーイングは、90年にわたる世界的な製造業の頂点への昇進の過程で吸収してきたすべての教訓を忘れた状態にあった。
しかし、2011年末に米連邦航空局（FAA）からボーイング初の787型機を顧客に納入する許可が下りた後、スワンピーの昔の同僚のひとりによると、マクナーニーの子分たちは経験や知識を持つ者を苛めや解雇のターゲットにし始めたという。スワンピーの最も親しい同僚の一人であるビル・ザイツは、西に戻るために降格になった。ジョン・ウッズという品質管理技師｛2｝は、鋼鉄よりもはるかに弾力性の低い複合材に施された損傷と修理を徹底的に文書化するよう検査官に要求したため解雇された。組合活動を支援するためにリストバンドを着用していた優秀な機械工や検査官は、疑わしい違反の濡れ衣を着せられた。エバレット工場の元マネージャーは、「エバレット工場の従業員は皆、ハエが飛ぶように辞めていった」と振り返る。
「何か問題が起きたら、その責任を取るという書類に署名しなければならなかったが、その書類には、あなたが何か間違ったことをしたために飛行機に何か起きたら、大きな罰金か懲役刑に処される可能性があるとはっきりと書かれていた」と、そのマネージャーは振り返った。「エバレットのマネージャーたちはそれを真剣に受け止めていた。チャールストンの首脳部はそうではなかった。
上司たちはスワンピーに “マルチファンクション・プロセス・パフォーマー “という新しいイニシアチブを吹き込み、それによって品質検査官は職務の90％を彼らが監督すべきメカニックに委託するよう指示された。これによってボーイングは生産をスピードアップし、数千人の検査官を削減することに成功すれば、数百万ドルを節約できるはずだった。スワンピーは整備士の自己点検に頼ることは非常識であるだけでなく、FAA憲章のもとでは違法であると考えていた。FAA憲章では、品質検査官は民間航空機で検出されたすべての欠陥、実施された作業、取り付けられた部品を一元化されたデータベースに記録することを明確に義務づけていた。スワンピーは自分が囚人のジレンマに陥っていることを知っていた。もし彼が従えば彼は法律を破ることになる。もし彼が従わなければ、安全でない慣行について苦情を申し立て、日常的に解雇されていた内部告発者となるのだ。
スワンピーはボーイングにとって、命令に従うことよりも正しいことをした彼を解雇することの方が大きな痛手となることを計算し、エバレットに戻ったかのように頭を低くして検査官を管理し続け、彼が遭遇したコンプライアンス違反（および不適合、これは似ているが同じではない）のエピソードを細かく記録することに特別な注意を払った。彼は、フロアパネルを取り付ける機械工が、フロアボードと貨物室の天井パネルの間の電線束や電気ボックスにチタンの細長い切れ端をポイ捨てしており、それが電気ショートを引き起こす危険性があることを発見したことを記録した。一連の謎のバッテリー火災により、FAAはすでに787初号機が納入されてからわずか1年余りで、数カ月間787を着陸禁止にしていた。彼は、飛行機に搭載される予定の300個の酸素マスクのパッケージのうち、75個が実際には酸素を供給していなかったと書いた。彼のチームは、納入予定の機体について300の欠陥リストを作成し、彼は400点以上の不適合な航空機部品が不良部品ケージから紛失していることを発見し、管理職や整備士が書類を提出せずに違法に飛行機に取り付けた可能性が高いことを突き止めた。
バーネット家より提供：ジョン・バーネットはボーイング社で30年以上、品質検査官やマネージャーとして働いた
スワンピーほど頑固な品質管理者はほとんどいなかった。シアトル・タイムズの記事では、ボーイングの内部文書が、787の製造不良の発生率が1年間で20パーセントも減少したことを誇っており、検査官たちが匿名で、「欠陥が徹底的に文書化されなくなった」と指摘する中で、欠陥が「いじめの環境」によってシステマティックに報告されなくなったと述べていた。顧客はだまされなかった。カタール航空は、チャールストンから受け取った飛行機の状態にあまりにも失望し、それらを受け入れないと拒否した。さらに、カタールの所有するアルジャジーラは、その状況を批判するドキュメンタリー映画「ブロークン・ドリームズ（壊れた夢）」｛3｝を制作した。この映画では、隠しカメラを持った従業員が整備士や検査官と飛行機について雑談する様子が映されている。
「彼らは町でスカウトされて雇われているんだ…、生活のためにハンバーガーを裏返して、サブウェイでサンドイッチを作ってたんだ」と、ある整備士が同僚について驚嘆し、もう一人の整備士は語り手に同僚が「コカインや鎮痛剤、マリファナでハイになって仕事に来る」という話を披露した。なぜなら尿検査が行われたことがなかったからだ。787ドリームライナーに乗るかどうか尋ねられたとき、15人のうちわずか5人が「はい」と答え、肯定的な回答でさえボーイングに好ましいものではなかった：「おそらく私は乗るだろう、私はちょっとした死への願望があるから」
『ブロークン・ドリームズ』が公開された翌日、スワンピーは4週間前に60日間の是正措置が取られたことを知らせるメールを受け取った。彼の違反容疑は、プロセス違反について連絡を取るために電子メールを使用したことであり、人事部のファイルには、架空の情報として、上司が以前に彼と「違反行為」について話し合ったことが記されていた。
スワンピーは馬鹿ではなかった。「リーダーシップは、もっともらしい否認を維持するために、Eメールには何も書きたがらない。リーダーが私を批判する材料を探しているのは明らかなので、問題を指摘するのを辞める。私はそれに従うつもりだ！」と彼は是正措置計画書類のコメントに書いた。そしてすぐに彼は夜勤の仕事に応募した。 その上司は、この仕事は最終組立チームで最も年功序列のマネージャーに任せると約束した。しかし、その仕事は1週間前に最終組立チームに異動してきたマネージャーにいった。そこでスワンピーは、自分がこれまで働いてきた唯一の会社から、組織的にブラックボックス化されていることに気づき始めた。
その後、彼はさらに2つの社内の仕事のオファーを取り消された。そのうちの1つはバーネットの経験の幅を本当に必要としていたグループからのものだった。「彼を必要としていたのに、彼らは気にしなかった」と、スワンピーの友人にシニアマネージャーが言った。「彼らはジョン・バーネットはどこにも行かないと言ったのだ」。
ついに2017年初め、スワンピーは49人の「解雇すべきクオリティ・マネージャー」のリストを印刷したものを偶然見つけた。ジョン・バーネットの名前がトップだった。スワンピーは病気療養のため休職することを決め、3月1日に早期退職となった。彼は同僚の裁判で知った労働弁護士に電話をかけ、チャールストン工場での7年間を詳細に記した航空内部告発状を提出する、終わりの見えないプロセスを共に始めた。彼がボーイング株の価値が3倍になったのと同じ期間に、会社が包括的に解体されるのを見たのだと思うと、彼は気分が悪くなった。
しかし、彼が会社を去った後の2年間に株価が再び3倍近くになったのを見るのは、まさに信じがたいものだった。
株価が440ドルの高値をつけた9日後、エチオピアのアディスアベバ近郊で真新しい737 MAXが時速約800マイルで地面に激突し、乗客乗員157人が死亡した。衝撃的なほど間抜けなソフトウェア・プログラムのおかげで、たったひとつの攻撃角センサーからの入力に反応してジェット機はノーズダイブするようプログラムされていたのだ。このソフトウエアはすでにインドネシアで別の737MAXで189人を死亡させていたが、ボーイングは航空業界に甘いインドネシアの評判を利用して事故の責任を大きく逸らしていた。しかしこれらの死の責任がボーイングにあったことは明らかだった。
スワンピーは737 MAXを直接いじったことはなかったが、787工場を動かした倫理観がそのプログラムにも害を及ぼしているのは明白だった。彼はメディアのインタビューで話をするようになり、やがてMCASの飛行制御システム墜落事故に関する犯罪捜査を開始した司法省の捜査がドリームライナー・プログラムにも及ぶようになった。
犯罪捜査は結局、米国の司法史上最も哀れな司法取引のひとつとして終わったが、FAA内部で何かが変わった。従来主要な監督官庁が担ってきた役割の多くを、ボーイング社が静かに引き受けたのである。この取り決めは倫理的に不合理ではあったが、実際には、安月給の官僚がボーイング社に取り入ろうとする機関に規制されるよりはうまくいっていたのだろう。 (スワンピーの親友で後に妻となるダイアン・ジョンソンは、FAAの連絡係としてボーイングで働いていた）。準管理職として働いていたボーイング社の従業員のほとんどは、スワンピーのように、自分たちが検査した飛行機で何か問題が起こることを恐れ、その結果について無関心に見える上司にはひどく懐疑的だった。
MAXが飛行停止になった時、FAAは、作業員や航空会社から多くの苦情が寄せられていた787のプログラムを詳しく調査し始めた。ボーイング社はFAAに対し、航空機のさまざまな部品を接続するために切断したシムの精度を検査する「ランダム・サンプリング」方式を承認するよう強く働きかけていたが、詳しく調べてみると、シムは同社が自慢していたほど正確なサイズ｛4｝ではなかった。8機が即座に飛行停止となり、ボーイング社はさらなる調査が終わるまで納入を停止することを余儀なくされた。不適合に不適合が積み重なり、数週間は数年に及んだ。ある記事は、「ボーイングがドリームライナーの欠陥を探したら、次から次へとでてきた」と要約した。{5}
2022年12月、『アビエーション・ウィーク』誌は、監査役が最も頭を悩ませた飛行機のセクションをマッピングした有用な図{6}を作成した。機首の先端から水平安定板まで、すべてのセクションが赤い矢印でマークされていた。2023年には1月、2月、そして8月にも、シム、水平安定板などの問題で納入が停止された。ボーイングの経営的虚無主義に警笛を鳴らしたスワンピーをはじめとする何百人もの人々が正しいことは完全に証明された。しかし遅すぎた。ボーイングにはもう後始末をするクルーは残っていなかった。あまりに多くの知識がボーイング社から流出してしまったのだ。
「新しい飛行機を1機空へ送り出すごとに、解決しなければならない問題が2万件ほど出てくる。そして長い間ボーイングのコアコンピテンシーは、問題を解決するまで人と資金をつぎ込むことだと言われてきた」。長年ボーイングの物理学者を務め、ボーイングのエンジニアを代表する労働組合である航空宇宙専門技術従業員協会（SPEEA）の元役員であるスタン・ソルシャーは言う。しかし、その人たちはもういない。
ソルシャーはもう何十年も前から、ボーイングの経営陣に対し、”優秀さ “との戦いによってもたらされる頭脳流出がもたらす破滅的な影響について警告を発してきた。彼によれば、マクドネル・ダグラスの管理職は1997年、さまざまなプログラムにおける管理職の平均年功率に対する生産性を測定した統計分析を発表し、その結果、環境に恵まれた従業員ほど生産性が大幅に低いことが判明したという。これは、ボーイング社内で、ボーイングの従業員が「完全に生産的」になるには4年かかるという一種の「経験則」のミラーイメージだと彼は指摘した。
しかし、ボーイング社を救うためのさまざまな取り組みに携わっている長年のボーイング社幹部によれば、737プログラムに配属された従業員の平均勤続年数はわずか5年で、それと比較してのために777プログラムに配属された従業員の平均勤続年数は15年から20年だという。ボーイングの2万もの問題を解決する仕事を任されていた典型的なエンジニアや機械工は5つの警報が鳴るような大混乱状態のボーイングを知らない。
これを視覚的に表現した恐ろしいものがある。シアトルの東、ワシントン州の乾燥地帯にあるモーゼスレイク市営空港{7}の衛星写真や、カリフォルニア州ビクタービルにある南カリフォルニア・ロジスティクス空港では、数百機のボーイング737 MAXが放置された駐機場に置かれ、誰かが修理して納品されるのを待っている。その一方で、実際に使用されているボーイング機{8}から驚くべき速さで破片が飛び散り{9}、犯罪捜査が進行中で、株価を重視する多くのCEOの一人が退任する{10}。ボーイング最大の労働組合である機械工組合が取締役会の議席を奪おうとしているのは、地方委員長の言葉を借りれば、「私たちはこの会社を自分たち自身から救わなければならない」からである。
SPEEA（航空宇宙技術者協会）は当然のことながら、取締役会が次期CEOに航空宇宙エンジニアを選ぶよう要求している。しかしそれが実現する兆しはほとんどない。これまで次期CEOの候補に挙がっていた人物の中に航空宇宙エンジニアはいなかったし、その座を射止めたGEのラリー・カルプもエンジニアではない。
ここまで読めばスワンピーがどうなったかはもうお分かりだろう。彼は数週間前に死体{11}で発見された。右こめかみに銃弾を受け、「明らかに」自傷行為だとされた。元雇用主に対する内部告発訴訟の3日間にわたる宣誓証言の3日目のことだった。彼の弁護士が先週発表した修正訴状がこの記事の多くの根拠となっている。
ここで注目すべきは、スワンピーの元同僚たちは誰もがかつての同僚が自殺したと信じていないことである。人前で話すことを恐れていたある元同僚は、自殺願望はないとわざわざ私に話してくれた。「もしいつか私が死体で見つかったら、たとえそれが交通事故か何かであっても、私は安全運転なので、どうか不審な点がないかみてほしい」。28年間ボーイングで働いていたスワンピーの妻ダイアンは、2022年末に60歳で脳腫瘍のため亡くなっている。
スワンピーの死と、彼が残した内部告発訴訟について、長年ボーイングに勤務していた元幹部は私にこう語った。「この連中に関しては、十分にシニカルになることはできないと思う」。つまりボーイング社がスワンピーを暗殺したと考えていたのだろうか？「（ボーイングは）極秘の軍事請負業者だ。スパイはどこにでもいる」と彼は答えた。さらに重要なことに、彼はこう言った。「米国の法律には重罪の実行中の事故死というものは存在しないという原則がある。例えば銀行強盗をしたとして、高速で逃走中に歩行者を轢き殺したとしよう。それは少なくとも第2級殺人だ」
Links:
{1} https://www.amazon.com/You-Cant-Order-Change-Turnaround/dp/1591842395
{2} https://www.aljazeera.com/economy/2014/9/10/interview-the-fired-engineer
{3} https://www.youtube.com/watch?v=rvkEpstd9os
{5} https://www.wsj.com/articles/boeing-dreamliner-delays-faa-defects-11651067545
{6} https://aviationweek.com/air-transport/new-boeing-787-fix-details-reveal-extent-gap-check-challenge
{9} https://www.nytimes.com/2024/02/05/business/boeing-737-max-uncertainty.html
{10} https://www.npr.org/2024/03/25/1240652652/boeing-ceo-dave-calhoun-steps-down-737-max-investigations
{11} https://prospect.org/justice/2024-03-14-strange-death-boeing-whistleblower/
https://prospect.org/infrastructure/transportation/2024-03-28-suicide-mission-boeing/