本稿は、ヌーラ・エラカート来日講演報告集編集チームが、監訳・編集・発行したものです。以下にご紹介します。


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まえがき



本冊子は、2018年12月に、BDS japanおよび多田謠子反権力人権基金の招きで来日した、ジョージ・メイソン大学准教授(現在はラトガース大学准教授)のヌーラ・エラカートさんが大阪と東京で行った3つの講演の記録集です。


エラカートさんは、国際人権・人道法の研究者であると同時に、「対イスラエル学術文化ボイコット・キャンペーン」(PACBI)の諮問委員を務めるなど、BDS(ボイコット・資本引揚げ・制裁)運動のスポークスパーソンとしても活発に活動し、CNN、MSNBC、Fox Newsなど主要ニュースメディアでコメンテーターとして発言されています。このBDS運動を牽引するパレスチナBDS民族評議会(BNC)が2018年度の多田謠子反権力人権賞の受賞団体として選ばれ、同評議会を代表するかたちで来日されることになりました。


日本滞在中、エラカートさんは、「BDS japan発足集会 in 関西」(12月14日、通訳・佐藤愛)、多田謠子反権力人権賞受賞発表会(12月15日、通訳・高橋宗瑠)、「BDS japan発足集会(東京)」(12月15日、通訳・高橋和夫)と、三日連続で講演をされました。ハードスケジュールにもかかわらず、それぞれの講演会で異なるテーマ(エルサレム、ガザ、難民)について話をされました。なお、12月15日の集会では、反アパルトヘイト運動に深く関わっておられた勝俣誠さん(明治学院大学名誉教授)にも講演をいただいており、本報告集の最後にその内容を掲載させていただきました。


この時期のパレスチナ情勢は、トランプ政権による「世紀のディール」の方向性が徐々に明らかにされ、それに対する抗議の意味をもつ「帰還大行進」がガザで厳しい弾圧を受けている状況でした。また、各国のイスラエル・ロビーによるBDS運動に対する攻撃も強まっていました。こうしたパレスチナ人の苦境は、オスロ合意において前提とされていたはずの二国家解決の可能性が閉ざされてしまったという現実を反映するものと考えられますが、日本におけるメディア・識者の論調の多くはそうした変化に追いついているとは決していえない状況でした。エラカートさんの講演は、このような現在にまで続く厳しいパレスチナ情勢に対して、草の根の解放運動・連帯運動との関わりの中で鍛えられてきたオルタナティブな問題認識を提示するものでした。


BDS運動は、2005年7月に170以上のパレスチナ人の市民組織が、様々な政治的・地理的な違いを超え連名で発した、イスラエルに対する国際的圧力の強化を訴える呼びかけを契機として始まりました。それは、オスロ合意以降、死に体となっていたアラブ・ボイコットに代わり、①国際人権・人道法の理念をベースとし、②草の根の市民による非暴力直接行動を通じて、③占領の終結・アパルトヘイト政策の廃絶・難民の帰還権実現を訴える、というものです。


この運動は、2010年頃より国際的に急速な広がりを見せ、日本でも各地でBDSの呼びかけに呼応する取組みが行われてきました。2010年に発表された「無印良品」のイスラエル進出を半年ほどの抗議運動の結果、撤回させたことは、日本におけるBDS運動の最初の重要な成果でした。その後も「ソーダストリーム」や「イスラエルワイン」など、入植地製品を主な対象に、ボイコット・キャンペーンが、BNCや国内外の市民運動との連携の下で行われてきました。


そうした中で全国的なネットワークを作ろうという機運が次第に高まり、2018年の初頭より、各地の運動体・活動家が集まり、「BDS japan準備会(相談会)」が数度にわたり開かれるようになりました。そのプロセスで、2018年度の多田謠子反権力人権賞の候補にBNCを推薦するということも行われました。同年12月にはBDS japan発足集会を東京と大阪で開催することになり、さらにBNCの人権賞受賞決定も重なり、ヌーラ・エラカートさんの連続講演が実現する運びとなりました。


なお、発足集会後、BDS japanは、入植地のサッカーチームを支援するPUMAに対するボイコット要請や、ロックバンドBorisのテルアビブ公演中止要請などの行動を行ってきましたが、バックグラウンドの異なる人々・団体の寄り合い所帯でありながら、メールのみのコミュニケーションで物ごとを決定していくことの限界もあり、2020年7月に解散し、地域や活動形態に応じていくつかのグループ(BDS Tokyo、BDS関西、BDS Japan Bulletin)に再編成されるかたちで現在に至っています。BDS japanというわずか2年足らずのプロジェクトは日本における市民運動の成熟度を問う取組みであったようにも思います。


本報告集は、もともとはBDS japanとして作製する予定だったものですが、同団体の解散に伴い、残金・残務の清算組織を兼ねるかたちで「ヌーラ・エラカート来日講演報告集編集チーム」が立ち上げられ、役重善洋・法貴潤子・岡田剛士・杉原浩司が主にその責を担い、かたちにしたものです。3つの講演の音声記録から日本語訳を作成する作業は、翻訳家であり、大阪講演の通訳を担っていただいていた佐藤愛さんに委託しました。最終的な文言の調整や編集、レイアウトは「編集チーム」が行いました(ウェブ版作製は外注しました)。


内容についてはできるだけ、ヌーラ・エラカートさんの講演内容を忠実に再現することを心掛けましたが、読みやすさ、理解しやすさを重視し、翻訳者・編集者の判断でやや強めの意訳や言葉の補充を行っている箇所も少なからずあります。したがって、ヌーラさんの講演内容に関する責任は「編集チーム」が負うものとします。写真・図表は、講演会場で撮影したものを除き、いずれもエラカートさんが講演で用いたスライドから使わせていただきました。また、勝俣誠さんの講演については、本人から講演原稿をいただき、そのまま掲載するというかたちにさせていただきました。


なお、大阪および東京での「BDS japan発足集会」については、インターネットでの視聴が可能となっています。

最後に、ヌーラ・エラカートさんの招聘を含め、BDS japanの活動にご支援いただいた皆さん、多田謠子反権力人権基金事務局の皆さん、ヌーラ・エラカートさん、勝俣誠さん、他、本報告集作製にご協力いただいた全ての皆様方に深く御礼申し上げます。


2020年12月30日


ヌーラ・エラカート来日講演報告集編集チーム一同


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