有効求人倍率7ヵ月連続上昇、労働移動停滞で人手不足が急速に進む 原因は政府の「失策」にあり

現代ビジネスに9月2日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

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景気先行きへの不安と人手不足の同居

物価の急激な上昇など、景気の先行きへの懸念が強まる中で、人手不足が鮮明になっている。

厚生労働省が8月30日に発表した有効求人倍率は全国平均で1.29倍と7ヵ月連続で上昇。2年3ヵ月ぶりにすべての都道府県で1倍を超えた。

有効求人倍率は仕事を求めている人ひとりに対して何人の求人があるかを示す指標。2019年4月には1.63倍のピークを付けたが、その後、消費増税新型コロナウイルスの蔓延で大きく低下。2020年10月には1.04倍にまで低下したが、急速に持ち直してきた。

もちろん、全国平均が1倍を超えたと言っても、地域間の格差は大きい。最も高いのは福井県の2.10倍で、これに島根県の1.90倍、富山県の1.76倍が続く。逆に最も低いのは沖縄県の1.01倍で、神奈川県の1.05倍、大阪府の1.07倍などとなっている。

それでも、企業がハローワークに出した新規求人件数は大きく増えている。新たに職を求める新規求職者に対する新規求人の割合である「新規求人倍率」は2.40倍に達した。

有効求人倍率では新型コロナ前の水準に戻っていないものの、新規求人倍率は新型コロナ前の2020年2月の2.24倍をすでに上回り、直近の最高だった2.48倍(2019年4月)に迫っている。新規に企業の人手不足感が急速に高まっている。だが、この人手不足、景気が回復しているからだと率直に喜べない。政府の「失策」である可能性が高いからだ。

雇用調整助成金が歪めた労働市場

政府は新型コロナの蔓延で経済が凍りついたのに対応、雇用調整助成金の特例を導入して、余剰人員が生まれた企業への支援を始めた。事業がストップして仕事が無くなった従業員の人件費を、国が助成金で肩代わりすることで、失業者の発生を防いだのだ。その政策自体は、未曾有の経済危機への緊急対策としては意味があった。

問題はそれをいまだに続けていることだ。雇用調整助成金は支給決定額の累計が2020年4月から7月までの3ヵ月弱で4兆円に達した。人件費が払えず資金繰り破綻しかねなかった企業にとっては救いの手になった。ところが、新型コロナがそれ以降も蔓延し続けたこともあって、雇用調整助成金の期限は延長が何度も繰り返され、2022年8月についに累計支給決定額は6兆円を超えた。

この間、日本の失業率は3%前後の低水準で推移し続けた。米国の失業率が新型コロナ直後に14.7%にまで上昇、その後、新型コロナ前の水準に戻ったのとは対照的だ。この間、米国ではポストコロナ型の新しい企業への労働移動が起こったのに対し、日本では旧来型の企業に雇用を抱えさせる結果になった。

つまり、日本の場合、景気変動の中で本来は淘汰されるべき企業に雇用が張り付き、ポストコロナ時代に大きく成長しているIT産業などで、猛烈な人手不足が生じている。同じ国内に人員余剰と人手不足が混在している不思議な状態に陥っている。「助成金」という政府のお金が労働市場を歪めていると言っていいだろう。

本来、発展が望めない生産性の低い企業から、成長余力がある企業へと労働移動が起こることで、賃金水準も上がっていくというのが欧米などのパターンだ。いったん「失業」という辛い目に会いながらも、より条件の良いところへ職を変えていく。政府は失業期間中に生活が破綻しないよう手厚い失業給付を出した。これが米国のパターンだ。

日本は生産性の低い企業に助成金を出して雇用を抱えさせたため、給与水準は上がらない。むしろ残業がなくなっている分、給与も減っているケースが少なくない。

岸田首相の八方美人政策

岸田文雄内閣は「新しい資本主義」を掲げ、「分配」を重視する姿勢を打ち出していた。その一環として、給与水準の引き上げを訴えている。8月に全国の最低賃金の引き上げ幅が固まったが、引き上げ幅は1時間あたり30円から33円で全国加重平均では31円増の961円となった。

「過去最大の引き上げ」だと岸田首相を胸を張るが、そもそも3%以上の引き上げは安倍晋三内閣からの“公約”とも言える引き上げ水準。しかもデフレが続いていた過去と比べ、足下の物価上昇を考えると、実質では僅かながらの引き上げに止まっている。

今回の引き上げは平均3.3%だが、7月の消費者物価指数の上昇率は2.6%に達する。単純に差し引けば0.7%しか最低賃金は上がらないことにある。安倍内閣時代よりも大幅に後退しているとも言えるのだ。

政府は6月に閣議決定した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」で、ようやく「労働移動の円滑化」を掲げた。「成長分野への円滑な労働移動を進め、労働生産性を向上させ」るとしたのだ。

ところが一方で、6月末までが期限だった雇用調整助成金の特例を9月末まで延長。さらに、支給額の上限などは引き下げるとしながらも、10月以降も継続する姿勢を打ち出した。労働移動と言いながら、雇用を抱えさせる助成金は続ける。この矛盾した政策は、結局はすべてにいい顔をしたい岸田首相の八方美人志向のためなのだろう。