参院選後、活動に陰り？

　れいわは、昨年の参院選で、比例代表の特定枠で重度障害者の舩後靖彦氏と木村英子氏が当選し、「れいわ旋風」とも呼ばれた。そのとき私は政治部にいて、参院の文教科学委員会で舩後氏の初質問を取材した。重度障害者が国会で質問するという歴史的な場面を目の当たりにして感動したことを覚えている。

　ただ、山本氏自身についていえば、比例代表の候補では最多の99万超の個人票を集めたものの、3議席目には届かずに落選した。現職の国会議員ではなくなったため、公の場での露出は減り、今年予定していた全国を巡回するイベントも新型コロナウイルスの影響で中止。活動に陰りが出ていたのは否めず、「れいわ旋風」は影を潜めているように見えた。

　今回の都知事選では山本氏は当初、不出馬を示唆していた。しかし、告示が3日後に迫った15日、土壇場で出馬を表明。既に立憲民主、共産、社民の3党は宇都宮健児氏（73）を支援する方針が決まっていて、山本氏は出馬会見で「小池（百合子）さんの票を削りにいく。選挙自体どうでもいいと思っている人たちに対して、リーチできるのも私」と強調したが、野党内や支持層から「野党票が割れて小池氏を利することになる」といった批判が出た。

「首相になる」じゃなかったのか？

　まさに「空気を読まない」出馬に踏み切った山本氏だが、そもそも、これまでは首相を目指していたはずだ。なのになぜ都知事なのか。そんなことが気になって、告示日の18日、第一声を行う新宿駅南口に向かった。到着すると、レゲエ音楽が流れ、「私じゃなく政治が頑張れ」と書かれたTシャツを着たスタッフが懸命にビラ配りをしている。演説台の後ろでは、「早く演説がしたい」とばかりに、水を飲んでスタンバイしている山本氏の姿が見えた。真っ白なポロシャツにスポーツタイプの腕時計を身に着け、浅黒くがっしりした体つきは、はつらつとした印象を与える。

　予定していた午前10時になると、演説が始まった。事前告知をしていなかったためか聴衆は50人に満たないほどで、ややさびしい。「次の国政を目指し、先々は総理になり、生活を底上げするということを言ってきましたが、なぜ都知事選なのか。その話をしたい」と切り出す。「子どもの7人に1人が貧困。女性1人暮らしは3人に1人が貧困。コロナの前から、ずっと貧しくなってて、何とか生き延びてきた。今、目の前で困っている人たちをすぐに底上げするためには、目の前の選挙に出て、権力を取り、実行に移すしかないと思った」と出馬の理由を説明。「目の前で苦しんでる人たちを放っておかない。災害や不況の度に、もう死にたいっていう状況の人たちなくしましょう。あなたの生活を確実に底上げさせてください」などと訴え、全都民に10万円を給付するなどの総額15兆円の経済対策を語った。

 

　なるほど、わかりやすくいえば、「首相を目指していたが、新型コロナウィルスの影響で困ってる人を救うため、目の前の都知事選に打って出る」という話だが、首相から都知事への急な方針転換の理由としては少々、節操のなさを感じないでもない。仮に都知事になっても、解散・総選挙になったら知事の職を放り出して衆院選に出馬しないか……などと邪推してしまう。

公約の「五輪中止」は？

　また、山本氏はこの日の演説の終盤で「感染者の多い国々から、日本の国内に入ってくることになったら、東京がコロナを培養するシャーレになる」と五輪・パラリンピックの中止を訴えた。目玉の選挙公約のひとつだが、陣営のホームページに載っている街頭演説の全文を確認したところ、19日以降の主要な演説ではなぜか「五輪・パラリンピックの中止」は訴えなくなってしまった。

　疑問に思い、もう一度街頭演説を聞きに行った。

　25日午後、世田谷区にある京王線・明大前駅前でマイクを握った山本氏。学生街ということも踏まえ、「学業を諦める方々がいて、学ぶ権利を大人が守る局面にある」と授業料の1年間を無料にすることを主張。都が進める都立病院の独立行政法人化については「医療従事者がコストカットされていく。コロナでさんざん疲弊しているのに、削ろうするなんて鬼だ。絶対に許しちゃいけない」と語気を強め、「この国の最高権力者はあなた。投票行動や力を合わせていくことで、世の中を変えられる。東京を変えましょう。そして国を変えていきましょう」と呼びかけると、大きな拍手が起きた。だが聞きたかった五輪には触れなかった。

　もしかして撤回したのか？　演説後の山本氏本人を直撃した。すると、「（五輪中止は）さんざん報道で対立軸として取り上げてもらっているから、話さなくてよいでしょう。演説時間がもっとあるなら話してもいいけど、みなさんの生活に関わる話をもっとしなくてはいけないから」と説明。「じゃあ五輪中止の公約を取りやめたわけではないのか」と尋ねると、「都知事になったら中止にしますよ」と語った。

　う－ん。個人的には、山本氏自身が声高に叫ぶことで選挙戦の争点にしてほしかったので、残念な思いも残った。

「底辺の人に目線が行っている」

　山本氏の演説のうまさはピカイチといっていいだろう。特に多用しているのが「あなた」というフレーズだ。選挙ポスターにも「あなたはすでに頑張りすぎている」と記載されているが、18日の演説でも「あなたが生きていていいと思えるような東京にしたい」「あなたを守りたいというトップを選んでいただきたい」と、約40分間に「あなた」を計17回繰り返した。山本氏の演説を生で聞くのは今回が初めてだが、なんだか直接自分に話しかけているようで、親しみがわいてくる感じがする。

　第一声の演説を熱心に聞いていた女性に声をかけた。東京都北区に住む清掃員、近藤則子さん（79）。山本氏の演説を聞いて支持者になったそうだ。この日は朝の仕事を終えて、次の清掃先への移動中に立ち寄ったという。「太郎さんの魅力？　常に底辺の人に目線が行っているところ。私も肉体労働しているから、一番共感を持てますね」と語り出した。「昨年れいわが出てきて、太郎さんの演説を聞いて、『これだ！』って。目線が低いから一緒に行動したいと思ったんですよ」。れいわが配信する演説の動画もチェックしており、「太郎さんを見ていると元気が出るんです。街頭演説でもよくヤジを受けたりするんですけど、『ありがとうございます』とか『そんなあなたも守りたい』と返すんです。ほかの野党の議員でこんな人はいないですよ」と絶賛。ちなみに、近藤さんは「仕事でボランティアのお手伝いができないから」と3万円を陣営に寄付していた。3万円は大金だ。立憲民主党や国民民主党などの主要野党が、労働者層の受け皿になれていない現実が表れているのではないか、と感じた。

ネットで圧倒的な拡散

　一方、今回の選挙戦は新型コロナウィルスの影響で、山本氏が得意とする街頭演説を十分できないという不利な側面もある。密集回避のため場所や日時を一部非公表とする「ゲリラ方式」で演説を行うが、陣営幹部も「街頭演説は山本の持ち味。人を集めたいが、密になったら批判を浴びるし、バランスを取るのが難しい」と話すなど手探りの状態だ。

　代わりに力を入れているのがインターネットを使った運動だ。18日の演説でも山本氏は「基本的に肖像権はないので勝手に撮って、SNSにあげてください」と拡散を呼び掛けており、ユーチューブでのこの日の演説動画の再生回数は、29万回（25日時点）を超える。同じ18日に小池百合子陣営が公開した動画の再生回数約8100回、宇都宮健児陣営の約680回（いずれも25日時点）と比べると、圧倒的な数字だ。日々の街頭演説の様子はネットで生中継で配信され、再生回数はそれぞれ数万回になる。陣営幹部は「しばらく存在感が薄れていたが、都知事選で露出が一気に増えてきて、勢いが出てきている」と語る。寄付金も、昨年の参院選を上回るペースで集まっているという。

野党からは警戒感が

　毎日新聞と社会調査研究センターが20日に実施した世論調査では、れいわの支持率が前回から2ポイント上がって3％となり、野党内では4位となった。今回の都知事選が、れいわの党勢拡大となる弾みになるかもしれない。

　他の野党は警戒感を強めている。立憲民主、共産、社民の3党は宇都宮氏を支援しているが、仮に都知事選で、山本氏が宇都宮氏の得票を上回れば、れいわが野党内で発言権を強めることが必至だからだ。野党内では「山本氏が2位になったら立憲の立場は弱くなる。山本氏としては立憲を壊しつつ、共産とも距離を置けるということで一石二鳥だ」といった声も漏れており、都知事選次第では今後の野党共闘の枠組みに変化が起きかねない。

　実際、野党内では異変は起きている。告示日の前日には、立憲民主の須藤元気参院議員が、党の方針に反して山本氏支持を打ち出し、離党を表明。須藤氏は20日の秋葉原や24日の新宿で応援演説に駆けつけ、盛り上げに一役買った。れいわ関係者も「隠れて実は応援してくれている野党議員は他にもいる」とほくそ笑む。

　他の野党の支持層を奪って党勢を拡大し、今後の野党共闘で主導権を握る――。そんな狙いも透けて見えるが、当の山本氏は18日の演説後の囲み取材で、「2位争いに興味はない。交代を求めていくのは、小池知事。国政で野党第1党がどうとかいう話にも興味がない」と、目標はあくまで都知事だと強調。ただ、その一方で、「都知事が代わり、政権交代していくことが必要。政治のダイナミズムを都知事選から始めたい」と国政への影響拡大にも触れた。

　都知事選にもかかわらず、国政での勢力争いを見据えた各党のさや当てが続く。しらけムードに拍車がかからなければよいのだが。

 

 

もの静かな聴衆

　選挙戦初日の第一声。選んだ場所は、都庁の前だった。宇都宮氏は2012年、初めて都知事選に立候補し落選。以降、都政の諸課題を知ろうと、都議会の傍聴を続けている。ここを選んだのは「今度こそは」という強い思いの表れかもしれない。

　曇天のもと、ネクタイを締めたスーツ姿でマイクを握った宇都宮氏。まず発したのは、やはり新型コロナウイルスについてだった。

　「コロナ災害に伴う国や東京都の自粛要請。そして休業要請などによって、多くの都民が仕事を失い、住まいを失い、営業が困難となり生活や命が脅かされています。そしてしわ寄せはとりわけシングルマザー、非正規労働者、身体に障害をもつ方々、そういう社会的経済的に弱者といわれる方に及んでおります。今回の選挙は、私は都民ひとりひとりの生存権がかかった選挙だと考えています」

　聴衆は数十人と多くはないが、時折うん、うんと大きくうなずいている。

　宇都宮氏はさらに、病院と保健所の強化に加え、公社病院の独立行政法人化の中止を主張した。都は22年をメドに、現在14ある都立・公社病院を独立行政法人に移行する方針だ。宇都宮氏は独法化されると経営面での採算が重視され、コロナ対応の質が低下する、として反対姿勢を示した。

 

 

　都内の50代の女性は「まっすぐな人だし、弁護士としての実績もあるので支持しています」と期待を込めた。聴衆のリアクションは決して悪くはないが、熱狂というよりは落ち着いた反応。宇都宮氏も、現職を名指しして声高に批判するようなことはほとんどない。「旋風」というよりは人肌に優しい癒やし系の「そよ風」といったところか。

多重債務者救済、派遣切り支援……人物像は

　演説では聴衆におだやかに語りかけ、誠実な性格をにじませる宇都宮氏だが、著書「わるいやつら」（集英社新書）などをひもとくと、強い信念と行動力が垣間見られる。

　愛媛県の小さな漁村で半農半漁を営む家庭の長男として生まれ、小学生の頃に大分県に移住。貧しさから抜け出して家族を楽にさせてあげたい、と猛勉強して東大に入学した。だが大学で、自分より貧しい被差別の女性の手記や炭鉱の子どもの作文集に触れ、衝撃を受けた。立身出世を目指す生き方に疑問を抱くようになり、弁護士として社会活動をすることを決意。在学中に司法試験に合格した。

　弁護士になって対峙（たいじ）したのが、消費者金融やヤミ金の問題だ。多重債務者の救済活動に取り組み、暴力団まがいの取り立てをする業者と交渉した。根本解決には上限金利の引き下げが不可欠と考え、日弁連に「上限金利引下げ実現本部」を設置。数々の市民団体と協力して340万人の署名を集め、与野党議員の説得に奔走した。その努力が実を結び、06年には「グレーゾーン金利」を撤廃する貸金業法の改正が実現した。ちなみに、宮部みゆき氏の小説「火車」に消費者金融問題を追いかける弁護士が登場するが、そのモデルは宇都宮氏だ。

　問題の背景には貧困があるとして、「反貧困ネットワーク」代表や「年越し派遣村」名誉村長を務め、派遣切りの解決に力を注ぐ。10年に日弁連会長に就任し、東日本大震災の被災者が無料で法律相談を受けられる「東日本大震災被災者援助特例法」の制定に尽力するなど、被災者支援に取り組んできた。社会的弱者の味方という姿勢は一貫しているようだ。

サンダース氏との類似点はどこ？

　都庁前で第一声を上げた18日の午後。JR新橋駅前には宇都宮氏を支援する野党各党の国会議員の姿があった。そこで、社民党党首の福島瑞穂参院議員がこう持ち上げた。

 

 

　「日本のバーニー・サンダース！　日本の希望！　それが宇都宮健児さんです！」

　20日、武蔵野市のJR吉祥寺駅前で行われた街頭演説では、宇都宮氏の口からも飛び出した。「私はアメリカのサンダース（上院）議員、大変尊敬しています。ときどき、『日本のサンダース』と呼ばれることもあります」。照れくさそうに笑顔で語った。また、25日のJR上野駅前の演説でも「アメリカで活躍しているサンダースさんは私より高齢。私もまだまだ働けます」とアピールした。

　サンダース氏は宇都宮氏より5歳年上の78歳。ユダヤ系移民の貧しい家庭に生まれ、少年時代は両親が家計を巡って口論を繰り返していたという。バーリントン市長や下院議員を歴任してきた。前回（16年）の大統領選の民主党予備選では、よりリベラル色の強い「民主社会主義」を訴えて国民皆保険や公立大の無償化などを打ち出した。今回の民主党予備選でも最終的にはバイデン氏が候補に決まったものの、若者の大きな支持を得るなど予備選を盛り上げた。オーバーアクションの演説で、会場が熱狂する様子は日本でもたびたび報道されている。

　宇都宮氏がサンダース氏になぞらえられるのは、少年時代の環境や弱者救済の政策面で似通っているからだが、どうやらそれだけではないようだ。

　12年、共産党、社民党などの応援を受けて都知事選に初挑戦し、96万票を得た。14年は98万票。さらに16年も立候補を表明したが、その後に野党統一候補として鳥越俊太郎氏が出馬表明。候補者の一本化のため、宇都宮氏は出馬断念に追い込まれた。3回目となる今回は立候補を重ねる意味を強調している。

　宇都宮氏は20日の街頭演説で、サンダース氏の自伝を引用してこう紹介した。

　「選挙運動は1回1回の投票、それだけじゃないんだ。（略）（選挙を）やるたびに前進をすればいつのまにか勝利できるはずだと。（略）若者や労働者層、貧困層に訴えかけて（サンダース氏の支持層は）多重化しています」

 

 

　確かに、宇都宮氏もサンダース氏のように何度も選挙に立候補し、そのたびに街頭演説などを繰り返して自身の主張を訴えてきた。その分知名度は上がり、考えも有権者に浸透していく。さらに今回は立憲民主、共産、社民のほか、国民民主の小沢一郎衆院議員や中村喜四郎衆院議員からの支援を得るなど、幅広い応援態勢になった。陣営幹部は「野党の結集が実現した。これまでにない雰囲気のなかで戦っている」と手応えを語る。サンダース氏のように選挙を社会運動として捉え、継続することで支持を拡大できるという狙いのようだ。

「具体性」に「？」

　「家が近所で、たまたま通りかかったんです。宇都宮さんは堅実でしっかりした人という印象があって、話を聞こうかなと思って。ここに書かれた政策、共感できるものが多いです」。25日に上野駅前であった演説会場にいた大学院生の女性（26）に声をかけると、配布された選挙チラシを見ながらそう話してくれた。そして「ただ」と、一呼吸おいてこう語った。「もう少し具体的な中身を知りたくなりますよね」

　そして彼女はこう続けた。「例えば『カジノ誘致を中止』とありますが、カジノはギャンブルとはいえ大きな財源になるはず。中止というなら、その分の財源をどうするか明記してほしい」。なるほど。大枠では共感できるけれど、内容が具体的でないためにもうひとつ「刺さってこない」らしい。

　具体性でいえば、争点の一つであるコロナによる「経済的な補償」もそうだ。宇都宮氏は演説で、コロナによる経営難に見舞われた練馬区のとんかつ店主が、4月末に焼身自殺と見られる火災で亡くなった件にたびたび言及している。武蔵野市で20日に行った演説では、「経済的に追い詰められて、自ら命を断つような人もいるんです」と紹介。続いて「何のために都政があるんですか」と話すと感極まって涙ぐみ、約20秒間演説が止まった。

　ただ、具体的な補償の中身になると「自己責任ではなく社会的連帯を重視する」「きっちりやっていくべきだ」という文言が目立った。経済的弱者への支援はもちろん重要だが、どんな補償を、どこから財源を……という疑問がわいた。都の財政でいえば、「貯金」にあたる財政調整基金が約9000億円あったが、コロナ対策で取り崩され数百億円程度まで落ち込む見込みとなっている。さらには五輪延期による負担も求められそうだ。何をやるにせよ、財源確保の議論は避けて通れないのではないか。

政策「第2弾」を公表

　宇都宮陣営も財源に関する提言が必要だと考え、26日、財源の確保策を公表した。

　政策ビラに「具体的！　だから実現できる、信頼できる！」「根拠もしっかり！　だから実現できる、計画できる」と表記。その上でコロナ対策の財源として、①外環道など大型の道路などの開発や不要不急の財政支出を見直して予算を組み替える②条例改正を行い、約1兆円残っている都の基金を活用して新型コロナウイルス対策の基金を創設する③医療機関への財政支援などを国に求める――の3点を掲げた。

　石原慎太郎知事の下で1999年からの4年間、副知事を務めた青山佾（やすし）・明治大名誉教授に聞いた。青山氏は「私は①と②については異なる意見だけれども、具体的な政策を打ち出したことは重要だと思う。さらに、弱者に寄り添う姿勢など宇都宮さんの信念や持ち味が有権者に伝われば、より大きな支持を集められるのではないか」と指摘した。政策だけでなく、伝え方も重要なようだ。

　そよ風は大きな旋風となるのか。これからの戦いぶりに注目したい。