梶ピエールのブログ

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シンガポールの英文紙Think Chinaに、一連のプラットフォーム企業への締め付けに関する文章を寄稿しました。

www.thinkchina.sg

以下は、記事の元になった日本語の文章です。

 よく知られているように、2020年末より、アリババやテンセントなどのプラットフォーム企業に対する政府当局の締め付けが強化されるという事態が相次いで生じている。さらに2021年9月現在、このようなプラットフォーム企業への締め付けは単なる独占禁止法の徹底という枠組みを超え、「共同富裕」という政府の再分配政策の名目の下でも進行中である。批判の矛先をかわすために、アリババおよびテンセントは相次いで、「共同富裕」政策を実施するための資金として、が2025年までに1000億元(約155億ドル)を拠出することを約束した。これは、8月に行われた、中国共産党中央財経委員会で、民営企業などの「自発的な寄付」により所得再分配を実現する、「第三次分配」が強調されたことを受けたものだ。
 さて、このような一連の締め付け、特に2021年に入ってからの「共同富裕」政策の提起はかなり唐突かつ、バランスを欠いた形で提起されたという印象を受ける。たとえば、2021年3月の全人代で示された第14次五か年計画の2035年までの長期目標では、民生の充実という文脈で「共同富裕」という言葉が用いられてはいたものの、長期目標の優先順位は明らかに、イノベーションやデジタル社会の推進といった、従来型の目標のほうに置かれていた。この段階では、上記のような大手IT企業への巨額の資金拠出の強要や、あるいは「教育の機会均等」を名目とした教育系のIT企業に対する締め付けが行われることは、誰も想像していなかっただろう。
 このように、一連の政策変化はあまりに唐突に、あたかも習近平国家主席の鶴の一声で決まったような印象をうけるため、一部では「文化大革命の再来」だとする見方も現れている。しかし明らかにそれは誤った見方である。文化大革命は、それまでの社会主義改造によって生産手段の公有化を徹底したうえで、社会主義をさらに貫徹する名目で文化・政治闘争へと発展した。習指導部は資本主義的な生産手段を否定しておらず、根本的な経済運営を変えているわけではない。
 もともと、プラットフォーム企業は政府の保護主義的政策の対象となってきた。
 プラットフォーム企業は極めて規模の経済が働きやすく、データという資源の利用に関して自然独占をもたらしやすい産業であるため、特定産業をターゲットとした産業政策なしでは国内企業の育成は困難だという性質を持つからだ。また中国では、これらのプラットフォーム企業をはじめとした民間企業が政府行政の業務を委託されることを通じ、様々なビッグデータの利用が可能になり、監視技術の開発能力を高めるとともに、行政の統治能力の向上を図る、という「持ちつ持たれつ」の関係が生じている。
 このことは、上述のようにプラットフォーム企業をはじめとしたIT産業がもともと規模の経済が働きがちであり、「放っておくと際限なく大きくなりすぎる」という性格を持つことの裏返しでもある。その存在や社会・経済への影響力が大きくなり、いわば「目立ちすぎた」ことから、現在はむしろその活動に大きく制限がかけられようとしているのだといえよう。
 さて、「目立ちすぎたものを叩く」という点で、私たちが思い起こすべきなのは、元重慶市トップで2012年に失脚した薄熙来氏が行った政治運動、いわゆる「重慶モデル」の経験だ。
 薄氏は、2007年11月に重慶市共産党委員会書記に就任すると、外国企業の積極的な誘致で高い経済成長を実現する一方、廉価な住宅を建設し、土地なし農民の住宅問題を解決する、などの「民生」を重視した派手な社会政策、「重慶モデル」を打ち出した。彼が在任期間に行った代表的なパフォーマンスに「打黒唱紅」というものがある。毛沢東時代にならって革命家を民衆に斉唱させる一方、前者は腐敗した政治家やそれと結びついた企業家(=マフィア)の一掃という名目で、私営企業家の資産を正式な裁判なしに没収し、大衆の喝さいをあびた。
 もう一つ、我々が想起すべきは「反腐敗キャンペーン」の成功体験である。2012年、第18期中央紀律検査委員会第2回全体会議において、習主席は「トラ」(高級幹部)も「ハエ」(下級幹部)も一緒にたたく大規模な「反腐敗闘争」を行うと宣言した。この結果周永康・前中国共産党常務委員会委員をはじめとした「大トラ」(省・部級幹部クラスの官僚)を含む、全国で約200万人の党員が処分の対象になったといわれる。どのような政府幹部がこのキャンペーンで摘発対象になったのかを検証した学術論文では、任期中に高い経済パフォーマンスを挙げた幹部ほど摘発の対象になりやすかった、と指摘している。つまり、胡錦濤政権期までならその経済政策の手腕を買われて出世を遂げ、同時にそれなりの蓄財を行ってきたような「勝ち組」の役人ほど、摘発の対象になったのだ。この「目立つ役人=勝ち組」にペナルティを課して庶民の怨嗟を和らげる、という手法には、昨年来の「目立つ」大手IT企業に相次いでペナルティが課される、という現象と相通じるものをみてとれよう。
 もともと、中国共産党には世論を気にするポピュリズムの傾向がある。さらに、習指導部は昨年来のコロナ化でサービス業を中心に都市の雇用機会が奪われ、貧富の差がさらに拡大しつつあることへの庶民の怨嗟が極大化しつつあることを正確に把握している。行政機関にはその意向を忖度し、22年秋の党大会を前に大企業たたきで歓心を買おうとの思惑もあるとみられる。
 このように考えれば、今回の一連の締め付けは中国経済の下押し圧力にはなるものの、経済の大きな減速は避けるよう当局は何らかのテコ入れを行う、と見たほうが良いだろう。経済安全保障を含む中国リスクに過剰に反応することは、海外の企業にとって商機をみすみす失う逆のリスクになることにも留意しておきたい。