なぜイランを攻撃しないのか?


国際政治学者・放送大学名誉教授の高橋和夫さんは、新三木会の12月例会でアメリカとイランとの関係について言及した。一時は戦争に陥ることも懸念されたが、トランプは何よりも大統領に再選されない事態になることを怖れて戦争を避けたというものだ。


アメリカ人は、イラン革命の際にテヘランのアメリカ大使館が占拠され館員らが人質となった事件を忘れていない。1980年代、レバノンのベイルートでアメリカの海兵隊員らの宿舎が自爆テロで爆発され240人が死亡したが、これはレバノンのシーア派・ヒズボラの犯行だ。そのヒズボラを育てたのはイランであり、イランによる犯行も同然という見方が米国内にはある。またイラク戦争では米兵の多くがIEDという携帯電話を利用した仕掛け爆弾の犠牲者になったが、その難しい部分はイランで作られており、イランに対する米国民の感情は悪化したまま来た。


トランプは大統領選で主張した通りイランの核開発を抑制する多国間合意から2018年5月に離脱した。イスラエルのネタニヤフ首相がイラン核合意はイランの核武装を防げない合意だとして反対していたのに同調したものだ。


イランに対する経済制裁も実施した。米国の企業はイランと取引してはいけないとかイランと取引する外国企業は米国市場に出て来るなとも言った。ドル決済の金融取引も認めない。さらにはイランから石油を買うなということになった。その頃から不思議なことが起こるようになった。


サウジアラビアの石油はペルシャ湾、ホルムズ海峡が利用できなくても輸出できるようにパイプライン網を造っていたが、それらが何者かによって攻撃された。日本のタンカーもホルムズ海峡付近で攻撃された。それら一連の出来事はイランの仕業であろうと国際社会は見ている。


アメリカのイラン偵察を目的にした無人機がイランで撃墜された。アメリカがイランを攻撃しかねない場面となったが、トランプは戦争を避けサイバー攻撃だけに止めた。


安全保障問題の大統領補佐官だったボルトンらはイラン攻撃を主張したが、民主党だけでなく共和党保守派も反対した。

Fox TVはトランプ支持のメディアだが、そのキャスターのタッカー・カールソンが戦争に反対した。カールソンはトランプの再選を望んでいるが、戦争をしたら再選できたいとトランプに言ったそうだ。

アメリカは中東の石油確保のために戦争をする必要がなくなっている。シェールガスが産出しているからだ。高橋さんは「アメリカ大陸に資源大国ができた。その名を知っているか?」と問いかけ、「それはサウジアメリカ」と答えを言って聴講者の笑いを誘った。

トランプの支持率は4割と過半数に達していないが、トランプ本人は気にしていない。米国で大統領選に投票するのは6割に過ぎない。つまり30%+1票を獲得すれば再選されるわけだ。大勝ちしなくても再び大統領になることができればよいとしているようだ。それには戦争をしないことだと考えている。

アメリカは2001年の同時多発テロ事件をきっかけに戦争を続けている。プロ野球のイチローが大リーグでプレーするようになったのが2001年だ。そのイチローは引退したが、アメリカはまだ戦争を続けている。アメリカ人は戦争に疲れている。

高橋さんはパワーポイントに自分が撮ったアーリントン墓地の写真を映した。母親が子供の墓の前で悲しみにくれている。高橋さんはその場面を狙って撮ったのではないという。アーリントンに行けば日常的に見られる風景という。

対テロ戦争はばかげているとトランプは明言した。「それを言っちゃおしまいよ」という類の言だが、オバマ前大統領と同じくトランプ大統領はブッシュ元大統領の否定形という位置づけだ。



高橋さんの講演後、2週間が過ぎて情勢に変化が生じた。年が明けて2020年1月4日付け日本経済新聞の一面トップ記事には「米軍、イラン司令官殺害」「ハメネイ師、報復の構え」「中東、緊迫の懸念」という見出しが躍った。

記事によると、米国防総省が2日、イラン革命防衛隊の精鋭組織「コッズ部隊」のカセム・ソレイマニ司令官を空爆で殺害したと発表した。場所はイラクの首都バクダッド。空爆はトランプ大統領の指示によるもので海外の米国人を守るための措置という。

日経の3面には「トランプ氏、強硬姿勢に」「大統領選 弱腰批判を意識」という見出しの次のような関連記事が載っている。「2019年6月にイランが米無人機を撃墜した際、いったんイラン攻撃を支持しながら直前になって中止を命じた。これがイランの強硬派を勢いづけ、サウジ東部石油施設への攻撃につながったとの分析があり、身内の共和党からもトランプ氏の姿勢を弱腰とする声が出ていた。今回の殺害劇には、こうした批判を払拭する狙いも透ける」。

同じ3面には「専門家の味方」という談話が載っている。その中で高橋さんが「イランはトランプ大統領が戦争を望んでいないことを読み切っている。11月の大統領選までは、両国の緊張関係は小競合いが続くとみる」と述べている。

これが日本にどのような形で影響するか、今後の情勢が注目される。

>>次回につづく