「地域で頼りにされる存在」へ 逗子の老舗タクシー会社

雑誌Wedge 2021年11月号に掲載された拙稿です。Wedge Infinityにも掲載されました。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/24829

 

 神奈川県の逗子は三浦半島の付け根にあり、首都圏に最も近い海水浴場のひとつ「逗子海岸海水浴場」を擁する風光明媚な土地柄である。御用邸がある葉山の玄関口に当たることから、古くから別荘地としても栄えてきた。その拠点である逗子駅前で100年近くにわたって営業を続けてきた老舗タクシー会社がある。「逗子菊池タクシー」。創業は1923年(大正12年)で当初はトラック運送を手がけていたが、全国で続々とハイヤー(タクシー)会社が誕生する中で、逗子でのハイヤー事業に乗り出した。

 「会社が長く続いたのは、良いお客さまに恵まれた土地柄だったことが大きいと思います」と3代目の菊池尚社長は言う。戦前から、逗子や鎌倉に邸宅を構えて国鉄(現JR)で東京に通っていた富裕層が多く存在した。逗子駅とお宅の送り迎えという仕事が創業当初からあったのだという。

 戦後の高度経済成長期には住宅開発が進み、都心に通うサラリーマンが急増した。半島にある逗子は山がちの地形で、駅から先の公共交通機関はバスだが、バス停から自宅までは急勾配だったりするので、タクシーへの依存度は高かった。「毎日決まった時間にお迎えに行って、駅までお送りするお客さまがたくさんおられました」と菊池社長。「何時の電車に乗るのでタクシー1台」といった電話を受けて配車するケースも多く、利用客を求めて空車を走らせる「流し営業」はなかった。いわゆる「固定客」に支えられてきた会社なのだ。

 もちろん、固定客ばかりではない。逗子に観光客が押し寄せた時代もあった。戦後の復興期から高度経済成長期にかけて、庶民の夏のレジャーとして「海水浴」が大ブームとなり、逗子は人気を博した。逗子駅に東京から列車が到着すると、逗子駅前の広場が人で埋め尽くされる光景も珍しくなかった、という。逗子駅から葉山やその先の油壺、城ヶ崎へとタクシーを利用する客もいた。

進む高齢化で高まった
生活の足としての役割

 しかし、時代は大きく変わる。逗子の町もご多分にもれず高齢化が進んだ。通勤のために駅まで送迎していた得意客がリタイアしていった。逗子菊池タクシーの保有車両もピークだった2003年の41台から36台になった。

 だが、タクシー利用者がめっきり減った、というわけではない。高齢化で足腰が弱った分、買い物や病院通いなど生活の足としてのタクシーの役割はむしろ増しているのだ。病院への送迎では横須賀や大船、横浜といった中長距離の仕事も増えている。要介護の高齢者がタクシーを利用するケースが急増してきた。

 そんな客層の変化に対応して、ドライバー教育を大きく変えた。20年ほど前のことだ。「旧ホームヘルパー2級」などの資格取得を奨励したのだ。のべ20人ほどのドライバーが資格を取得したという。その頃、都会のタクシー会社では乗降に時間がかかる高齢者を嫌うドライバーがまだまだ多くいた。収入が歩合制で、まさに「時は金なり」のドライバーにとって、致し方ない面もあった。だが、「常連客」が中心の逗子菊池タクシーでは、「不自由を感じるお客さまを積極的にドライバーが手助けする」(菊池社長)方針に転換したのだ。

介護タクシー」も早々に導入した。資格を持ったドライバーが病院などへの送迎だけでなく、付き添いや買い物の手伝い、ベッドからベッドまでの移動介助なども行う。メーター料金の他に、ヘルパー指定料金500円や、30分1500円の介護料金を受け取る。もちろん、車椅子ごと乗れるユニバーサルデザインの車両も4台導入している。逗子市役所から「移送サービス」の認定を受けた人なら利用料金の9割が介護保険の特別給付の対象になる。

 タクシー業界で取り組んでいる「子育てタクシー」も早くから手がける。事前登録した上で、4歳以上の子どもだけを幼稚園や塾などに送迎する「ひよこコース」というサービスや、妊娠中の女性が陣痛に備えて登録しておき、いざという時にタクシーで産院まで送る「こうのとりコース」などがある。通常の迎車料金と走行料金だけで利用できる。実際に産院まで送ることになったケースはそれほど多くないものの、念のために登録しておくという妊婦さんは多いという。

「父の代から言われてきたことは、何しろ、地域で一番頼りにされる存在になれ、ということでした」と菊池社長。必要とされるサービスを提供し続けられれば、事業は持続する。

ドライバーの
定着率が高い

 逗子菊池タクシーにはもうひとつ特徴がある。ドライバーの定着率が高い、というのだ。「流し営業」がないので、あくせく営業成績を追いかける必要もない一方で、客層が良いことから、安定的な収入が得られる。また、顔見知りの顧客も増え、長年の人間関係が出来上がって、トラブルも少ないためだという。20年以上勤務するベテランも少なくない。一方で、業界全体の問題でもあるが、平均年齢はどんどん上昇し、60歳近くになっている。

 新型コロナウイルスの蔓延で、タクシー業界は大打撃を受けている。逗子菊池タクシーも例外ではない。通勤などで外出する人の数が激減し、酒を飲んで深夜に戻ってくる客もいなくなった。深夜の時間帯の出勤時間を減らし、交代で休んで雇用調整助成金を得ることで、何とか持ち堪えている。そうなると、タクシーがないと出かけられない高齢者などが、会社にとってますます「上顧客」になっていく。

 自動運転など新しい技術の誕生で、タクシーのサービス自体が根底から変わる可能性もある。菊池社長は業界団体のリーダーとして、新しい時代のタクシー会社の役割を追求する勉強会も始めている。「神奈川県のタクシー会社は経営者が代替わりの時期を迎えていて、将来に備えて変えていこうという意識が強い」と菊池社長。アプリを使った配車サービス「GO」など新しいサービスも積極的に導入している。

 菊池社長は、タクシー会社の役割が全てなくなるはずはない、と将来を見据えている。「運転が自動になっても、運行管理や、お客さまの手助けなどは必要です。タクシーは形を変えても最後まで残る仕事ではないかと思います」という。地域で必要とされ、「一番頼りにされる存在」であり続ければ、どんなに時代が変わっても、会社は必ず存続していく、ということだ。