新型コロナウイルス対策の切り札はワクチンだと言われている。そのワクチン開発の切り札は中東系の移民である。

 

日本でもファイザー社のワクチンの接種が始まった。このファイザー社のワクチンを実際に開発したのは、同社と提携しているドイツに拠点を置く企業のBioNTech社である。ここではバイオンテック社として言及しよう。この企業のウグル・サヒンCEOの言葉は、「私は、ワクチンがコロナウィルスのパンデミックを終わらせることができると確信しています」と力強い。

 

サヒン博士は、昨年1月に中国のウーハンで新型コロナウィルスが広がっているとの情報に触れると、これがパンデミック、つまり全世界的な大流行に広がる可能性を直観した。そして、直ちに他の研究を停止して、ワクチンの開発に会社をあげて取り組む決断を下した。そして、1年とたたないうちにワクチンを開発し、米英を始め各国で認可を獲得した。これまでは、ワクチンの開発に何年もかかるとされていただけに、異例のスピードだ。

 

バイオンテック社は、サヒン博士と妻で免疫学者のオズレム・トゥルジェリが始めたベンチャー企業である。これまではガン治療薬の開発を行っていた。CEOのサヒン博士は現在55歳で、トルコ系である。

 

父親はトルコからドイツに出稼ぎに来て自動車工場の組立工として働いていた。サヒンは、ドイツのケルン大学で医学博士号を取得した後、ザールランド大学の付属病院で医者として勤務し、その後にマインツ大学の教授になっている。妻も同じくトルコ系である。

 

トルコのメディアは、この新しいワクチンを「トルコ人」からの人類へのクリスマス・プレゼントと表現している。トルコの外務大臣が夫妻に電話をするなど、トルコでは大きな話題である。ワクチンは、トルコ系移民の頑張りの成果である。この夫妻の研究熱心は伝説的である。結婚式の日も式の後に実験室に戻ったと伝えられている。ファイザー社はバイオンテック社の技術に早くから着目し、同社と提携関係に入っていた。

 

もう1つ例を挙げよう。ワクチン開発競争でバイオンテック社などとともに先頭集団を走っているモデルナ社というベンチャー企業がある。アメリカ企業である。このCEOも外国生まれだ。フランス出身のステファン・バンセルである。

 

しかも、この企業の創業者の1人で、現在は会長を務めているヌーバール・アフェヴァンは、レバノンの内戦を逃れてアメリカに移民した人物だ。もっと詳しく書くとアルメニア系レバノン人である。

 

このモデルナ社には多くのレバノン系の人々が、特にレバノン系アルメニア人が、働いている。

 

ファイザー社のワクチンにしろモデルナ社のワクチンにしろ、接種される際には、ぜひとも、思い起こしていただきたい。中東系の移民の頑張りが人類にワクチンをもたらしたのだと。

 

※『経済界』2021年5月号54ページに掲載