書類ねじ曲げてでも企業の農地取得阻止、内閣府の規制緩和姿勢が露呈 養父市問題で規制官庁に同調するだけ

現代ビジネスに1月7日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/79062

養父市長の怒りも……

新型コロナウイルス対策で後手後手に回っていると批判され、支持率の低下が止まらない菅義偉内閣。2020年末に当欄で、菅内閣の改革姿勢が本物かどうかを占う試金石として取り上げた「養父市問題」はその後、どうなったのだろうか。

まずは簡単に経緯を振り返ってみよう。

12月21日に首相官邸で開かれた「国家戦略特別区域諮問会議」と「規制改革推進会議の議長座長」の合同会議で、「養父市問題」について坂本哲志内閣府特命担当大臣と、河野太郎行政改革担当大臣や民間人議員の八田達夫大阪大学名誉教授らが「激突」。菅首相自らが割って入って「預かり」となった。

養父市問題というのは、特区に指定されている兵庫県養父市で導入されている「一般企業の農地取得」の5年間の「特例」期限が2021年8月末で切れるので、その扱いをどうするかという問題。

特区の制度では、特例が成果を上げた場合は全国レベルで規制を緩和する「全国展開」を行うことになっている。ところが内閣府の事務方が出してきた答えは「特例のまま継続」し「全国展開はしない」というもの。これに改革派が噛み付いた、というわけだ。

その後、取材してみると、年末の会議に向けて水面下でもバトルが繰り広げられていたことが分かった。

会議には養父市の広瀬栄市長が「養父市の規制改革の拡大に向けて」というA4版1枚の「手紙」を提出していた。政府の特区諮問会議のホームページにも掲載されている。ところがこの手紙を巡って、内閣府の事務方と広瀬市長の間で一悶着あったのだという。関係者から入手した広瀬市長が出した手紙の「オリジナル」にはこんなくだりがある。

「こうした中で、『本日の会議に是非とも出席させて頂き、私自身の口から、養父市の成功を直接説明させて頂きたい』と内閣府に強く申し入れたのですが、断られてしまいました。以前は、同志として、身体を張って一緒に戦ってくれた内閣府が、この3年ほどは、単に規制官庁に同調するだけになってしまっていることは、とても残念でなりません」

広瀬市長の内閣府に対する激しい怒りが伝わってくる。

……あっさりともみ消す

ところが、当日配布された手紙の当該部分はこう変わっている。

「こうした中で、当方から本日の会議で養父市の成功を直接お伝えしたいと考えたのですが、会議時間の都合上叶いませんでした。事務局の置かれている立場は理解できないこともありませんが、日本農業の将来を考え規制改革に全力を尽くしている養父市長としては、とても残念でなりません」

 

内閣府の事務方が市長の出席を断ったという点や、「単に規制官庁に同調するだけ」という内閣府批判はすっぽり抜け落ちている。関係者によると、内閣府の事務方が激怒し、恫喝まがいの剣幕で文章の修正を迫ったのだという。

「単に規制官庁に同調するだけ」という批判が間違いだというのなら、内閣府が修正させたのも分からないではない。だが、規制改革を進める立場のはずの内閣府は、規制官庁、この場合は農林水産省を向いているのは明らかだ。

政府のホームページには、養父市長の手紙と共に、農林水産省が提出した「国家戦略特区における企業の農地所有特例(養父市)について」という1枚の資料が掲載されている。

当初は養父市長の「修正された」手紙だけが配布資料として準備されていたが、それでは養父市は成功しているということを印象付けることになると思ったのだろう。内閣府の事務方が農水省に促して「養父モデルは失敗」と印象付ける資料を作らせたというのだ。まさに規制官庁に同調している証ではないか。

もっとも、その内容は反論になっていない。

特例の導入前から16社が農地をリースする形で農業に参入していた。特例が認められた後はそのうち4社が農地を取得し、さらに7社が新規参入したが、農地を取得したのは2社だけ。合計6社が所有する農地は1.6ヘクタールで6社が経営する農地の7%に過ぎず、残りはリース方式だ、というのである。会議の場でも「リースかどうかは関係ない」という批判の声が上がった。

首相も無視して農水省の意向を汲む

ところが、会議でのバトルの後、菅首相が「預かった」のを受けて、坂本大臣はこう発言している。

「総理から預かるとのことだったが、養父はリースが大半といったことも考え、来年度内に検討したい」

内閣府の事務方が農水省の官僚と同調して準備した路線に、大臣は見事に乗せられたわけだ。養父モデルは失敗だということにして、企業の農地取得の全国展開を何としても阻止したい勢力がいるのだろう。

2020年3月18日に開かれた「特区諮問会議」には、広瀬市長も出席、「企業の農地取得」などの実績を説明し、成果を訴えた。6月10日の会議でまとまった「評価」には次のように書かれている。

「本措置により様々な企業が養父市に進出し、多くの法人が設立され雇用創出、耕作放棄地の活用などの効果があった。また、ドローンによる農薬散布、無線遠隔草刈機、自動走行トラクターなど、スマート農業の取組を行うなど、企業の資本力・技術力を積極的に活用しており、さらなる展開が期待できる」

さらに10月22日に開いた会議では、民間人議員5名が連名で「企業の幅内取得特例は迅速に継続することを決定し、全国に展開すべきである」と求めていた。にもかかわらず霞が関連合の「巻き返し」が起きたのである。

結局、改革逆行のための政権か

では、「預かった」菅首相はどう決着を付けようとしているのか。

どうやら、玉虫色のまま、養父市だけ継続、ということになりそうだ、という。

特区諮問会議としての「決定」が出される見通しだが、その文章は「政府として、制度設計のあり方を来年度中に検討し、その結果に基づき全国への適用拡大について調整し、早期に必要な法案の提出を行う」という線で落ち着く模様だ。その間、養父市については特例措置の期限を延長するという。

制度設計のあり方から検討するわけで、農水省など反対派にとっては、養父モデルを終焉させる余地があるとも読める。一方で、改革派からすれば、「全国への適用拡大について調整」という文言が入れば、全国展開にも望みがつながる。結局、預かった菅首相は、この「玉虫色」をよしとするのだろうか。

しばしば「戦略は細部に宿る」と語られる。いくら菅首相が「縦割りと既得権益と悪しき前例を打破」すると繰り返しても、具体的な個別の事案が前に進まなければ、改革の実現は不可能だ。やはり、菅首相の改革姿勢は「掛け声だけ」ということなのだろうか。