スローキャリアな限定正社員

 さて昨日の続きで、海老原さんのご講演からは離れて私の意見を書いてみたいと思います。とは申し上げてもこれまでと大きく変わったことが書けるわけでもなく、例によって「スローキャリアな限定正社員」の導入などによる多様化、という話です。
 基本的な問題意識は「大卒ホワイトカラー総合職はほぼ全員が幹部候補生」「現業部門の正社員はほぼ全員が監督者候補生」という人事管理がサステナブルではなくなってきているという点にあり、これは昨日ご紹介した海老原さんのご講演と共通したものです。経済や企業組織が順調に拡大し、幹部や監督者のポストも増えていた時期であれば、多くの人が速さの違いはあってもそれなりに順調にキャリアの階段を上れていたわけですが、成長が停滞し、ポストが不足している現状では、厳しい競争を戦っても階段を上れない人が多くなっているわけで、もはや「階段を上らない」働き方を積極的に導入・拡大していかなければならないのではないかとの考え方もまったく同感です。
 現実にも、1990年代以降非正規雇用が大幅に拡大し、非正規比率は1987年の19.5%が2007年には32.6%にまで上昇したわけですが、その内訳を見ると臨時の非正規は12.6%から10.9%に低下する一方で、常用の非正規は6.9%から21.7%に大きく上昇しています(佐藤博樹(2013)「無期雇用の多元化と企業の人材活用の課題」による)。つまり、主として季節変動や景気変動に対応するための非正規は増えておらず、比較的長期の勤続を想定した非正規が増えたといえると思います(これは例の「5年無期」の際に雇止めではなく無期化が多かったこととも整合的です)。つまり、常用非正規の増加はかなりの部分「昇進昇格させなくていい」労働力の需要に応じるものであったと言えるのではないでしょうか。たしかに非正規雇用はジョブ型に近い性格を持っています。しかしこれは、「ジョブかメンバーシップか」という質的な問題ではなく「ファストトラックとスローキャリアをどの程度持つか」という量的な問題としてとらえたほうが適切ではないかと思います。
 こうした中で、非正規雇用の拡大にともない、正規・非正規の二極化といった問題も指摘されるようになり、それを受けて「多様な正社員」への期待が高まったことは周知のとおりです。これについても、実態を見ると、各企業においてすでに事実上勤務地限定だったり、職種限定だったりする例は当時すでに多数見られました。さらに、勤務地限定は多くの場合職種限定をともない、また、キャリアにおいても半分くらいはスローキャリアというのが実態であったわけです。
 であれば、こうした「スローキャリアな限定正社員」を人事管理のしくみとしてきちんと位置付けて拡大していけば、それほど大きな混乱を招くことなく、問題の相当の部分は解決可能ではないかと思っているわけです。職種限定になるにしても、同一職種内での異動はありえますし、スローキャリアとはいえ監督者や管理職への昇進もありうるので、ジョブ型というよりはメンバーシップ型に近いでしょう。これまた実際問題として、企業は人事権を手放すつもりはないし、学生も学校も太宗は新卒一括採用を望んでいるのであれば、なにも無理にジョブ型にする必要もないでしょう。問題はどの程度の割合まで拡大するかということで、これは産業・企業によって多様になるかもしれません。
 スローキャリアということで、たとえば一部の人は課長クラスまで昇進するが、大半は係長クラスまで、ということであれば、これは昨日ご紹介した海老原さんの「ワークライフバランス・ジョブ型」とかなり似たものになります。類似の運用がすでに各企業において事実上行われている(係長止まりの人もいる)ことも昨日書いたとおりです。違うのは、キャリア途中で入社時(典型的には新卒採用時)に限定正社員として企業・本人双方が合意して入社することと、したがってそれが明示されていることです。
 もう一つ重要なのが雇用終了の問題で、メンバーシップなので解雇回避の努力は必要だと思われますが、それは限定された勤務地・職種の範囲内だということは明らかにする必要がありそうです。もちろん拠点閉鎖や事業転換などがあった際に別の勤務地や別の職種をオファーすることは望ましいでしょうが、必要とまではしないことが限定正社員普及に向けて重要と思われます。そうすれば、拠点閉鎖などに備えて有期契約にしている非正規雇用というのを大幅に減らすことができる可能性があります。
 本日は時間切れなので次回に続きますが、もちろんこのやり方にも問題はあり、また課題も多々存在しますので、さらに続けて書いていこうと思います。