「性交を金銭に変えるな」はエロス資本の搾取 週刊プレイボーイ連載(527)

なぜかほとんど指摘されませんが、AV女優という職業は、アジアでは日本にしか存在しません。

世界価値観調査では、日本は一貫して、スウェーデンと並んで世界でもっとも「世俗的価値」の高い国になっています。わたしたちは、冠婚葬祭で複数の宗教を適当に使い分け、生まれ故郷をさっさと捨てて都市に集まり、伝統は歌舞伎や相撲など娯楽として楽しむだけの究極の「世俗社会」に生きているのです。――日本人が北欧と異なるのは「自己表現価値」が低いことで、これが他者を気にする同調圧力(ムラ社会)を生みます。

世俗的な社会では、性を含むさまざまなタブーがなくなっていきます。スウェーデンは世界に先駆けてポルノ大国になりましたが、アジアでは日本がその地位を独占しています。売春産業が発達した国はアジアにもありますが、日本以外では、若い女性がアダルトビデオに出演することなど考えられないのです。

マッチングサイトのビッグデータでは、パートナーとして同じ人種を(平均的には)好むことがわかっています。アジア系の男性は、アジア系の若い女性に魅かれるのです。

そうなると日本のAV女優は、たんに国内の市場ではなく、中国・韓国・台湾や東南アジアを含む数億人規模の巨大市場に自分の魅力を売り込むことができます。アジアの男たちは、たとえ政治イデオロギーが「反日」でも、みんな彼女たちのお世話になっているのです。

地方の平凡な女の子でも、いまではAVへの出演を機に数万人や数十万人のフォロワーを獲得することが可能です(「フォロワー10万人でAV出演」などのプロモーションが盛んに行なわれています)。これはとてつもないブルーオーシャンなので、“夢”を目指す女の子が次々と現われるのは不思議ではありません。

AV出演の背景には貧困や性暴力があるとして、「被害防止・救済法」が成立しました。もちろん悪質な業者が女性を搾取することは防がねばなりませんが、一連の報道で疑問なのは、ことさらにネガティブな事例(AV出演でトラウマが悪化した、など)を探し出し、AVが彼女たちに「自己実現」の機会を提供している事実を無視していることです。これが「公正な報道」なのか、きわめて疑問です。

イギリスの社会学者キャサリン・ハキムは、若い女性には大きなエロティック・キャピタル(エロス資本)があり、それをさまざまなかたちで活用していると論じました。すべての女性が知っているように、エロス資本は思春期とともに生じ、10代後半から20代前半で最大になり、30代半ばで失われてしまいます。

世の中には、エロス以外にマネタイズできる資本をもたない女性がたくさんいます。ハキムは、“愛”という美名のもとに風俗業を否定し、この稀少な資本を無料で男に提供するよう強要することは「差別」だと批判しました。

「性交を金銭に変えるな」と主張する「フェミニスト」(その多くは大学教員や弁護士などのエリート)は、エロス資本を使って「自分らしく輝きたい」と願う(非エリートの)女性たちからなぜ人生の可能性を奪うのか、この問いに答えなければなりません。

参考:キャサリン・ハキム『エロティック・キャピタル すべてが手に入る自分磨き』共同通信社

『週刊プレイボーイ』2022年6月27日発売号 禁・無断転載