「お役所仕事を続けたい」デジタル庁が船出から前途多難すぎる根本原因 みずほFGシステム障害も同じだ

プレジデントオンラインに9月6日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/49573

今年に入って「6回目」のシステム障害

みずほフィナンシャルグループ(FG)が8月19日と23日に相次いでシステム障害を起こした。2月から3月に相次いで4回のシステム障害を起こしたのに続いて、今年に入って6回という「異常事態」だ。

8月19日~20日にかけての障害では、傘下のみずほ銀行みずほ信託銀行の全店で窓口での入出金や振り込みなどの取引が一時できなくなった。復旧が遅れた外国為替取引では11件の送金に遅れが生じ、当日中の処理ができなかったという。システム障害によってキャッシュカードの紛失登録が遅れた結果、1件50万円の不正引き出しが起きていたことも判明した。8月23日には最大130台のATM(現金自動預払機)が一時停止した。

金融庁は5回目のシステム障害について、みずほに対し、8月31日までに障害の原因や対応などについて報告を命じていた。しかし、みずほは期限までに原因を特定できないまま、報告書を提出した。

大手新聞などが報じた報告書の内容によると、システム障害は8月19日午後9時ごろに、基幹システムと営業店の端末をつなぐシステムで発生した。都内に置かれたシステムのメインサーバーには2つのディスク装置があり、その1つが故障したが、もう1つの予備装置に切り替わるはずが起動しなかった。さらに同じ施設内に置かれたもう1つのサーバーへの切り替えも失敗。緊急事態に備えるために千葉県内に置かれていたサーバーで復旧作業を始めた。翌日8月20日の営業開始に間に合わず、全ての取引が正常化できたのは3時間後の正午前だった。

サグラダ・ファミリア”の代わりに開発された「MINORI

現行の新勘定系システム「MINORI」は、2011年6月から本格的な開発に入り、まる8年後の2019年7月に本格稼動した。総費用約4500億円とされ、従事したエンジニアは延べ35万人月という前代未聞の超ビッグプロジェクトだった。

富士銀行、第一勧業銀行、日本興業銀行の3行が経営統合した「みずほ」の旧勘定系システムは複雑怪奇で、ITブラックボックスと化していた。永遠に完成しないかに見えたことから、「IT業界のサグラダ・ファミリア」とまで揶揄やゆされた。2011年に大規模なシステム障害を引き起こしたのをきっかけにMINORIの本格開発が始まった。その新システムが相次いで不具合を起こしているのだ。報告書には、新システムが「当初想定した設計となっているか点検を検討する」とまで書かれているといい、状況は深刻だ。

DXの「Xの不備」がシステム障害の根底にある

なぜ、こんな事態に至っているのだろうか。

大手ITベンダーのトップは「システムの問題よりも、みずほの組織体制に問題があるのではないか」とみる。みずほは統合した旧3行出身者が派閥抗争を繰り返してきたが、そうした「旧行意識が今でも上層部には根強く残っている」といい、それが1つのシステムを作り上げるはずだったMINORIの開発にも影を落としている、というのだ。「システム開発責任者にも出身行意識が強くあり、システム設計の思想に溝があった」という。つまり組織体制がシステム設計にも影響しているというのだ。

今、民間企業や行政機関の間で、DX(デジタル・トランスフォーメーション)が最大の課題になっている。仕事をデジタルに置き換える「D(デジタル化)」だけではなく、仕事の仕方や組織体制を抜本的に変革する「X(トランスフォーメーション)」を同時並行して行うことの重要性が指摘されている。まさに、みずほはこの「X」の不備がシステム障害の根底にあるのではないか、というのである。

10万円の給付金、COCOA、ワクチン接種…システムは日本の「死角」

新型コロナウイルスの蔓延をきっかけに、このDXの重要性を多くの国民が痛感している。30年近くにわたってIT化を進めてきたはずの日本で、なぜこれほどまでにシステム不全が起きるのか、というほどトラブルを目にすることになった。特に昨年は、行政でIT問題が噴出した。2020年4月に当時の安倍晋三首相が決めた、ひとり一律10万円の特別定額給付金を、基礎自治体が配布する役目を担ったが、1カ月たっても給付されない自治体が相次いだ。

また、厚生労働省は新型コロナ感染拡大防止を狙って接触確認アプリ「COCOA」を導入したが、機能しない不具合が発生、ほとんど活用されないまま消えていった。ワクチン接種を巡ってはもともと作った「V-SYS」というシステムがワクチンの配分だけしか管理できず、誰にワクチンを打ったかすら把握できないということで、急遽きゅうきょ「VRS」というシステムを導入。ところが、今度は自治体の入力作業が追いつかないため、正確な接種率が分からないという問題が浮上した。

一方で、オリンピックにやってくる外国人客を管理するアプリ、通称オリパラアプリを開発するのに当初73億円の予算支出を決め大手ベンダーに役所主導で発注していたことが発覚、平井卓也デジタル担当相が調査に乗り出すなど大混乱を極めた。まさにシステムは日本社会の「死角」といっていい存在になっているのだ。

「業務フロー」を見直さずにデジタル化を進める

問題は、仕事の仕方を変える変革ができないまま、業者任せでデジタル化だけを行うため、利便性の低いシステムが完成。結局、国民が使わないため、元の木阿弥、紙での申請に舞い戻るといった事態が繰り返されているのだ。みずほもシステム障害が起きても、顧客への情報伝達がギリギリまで行われないなど、業務フローに問題があったことも認めている。つまり、みずほも日本国も地方自治体も同じ問題、業務のやり方、業務フローを根本から見直せないところに日本が「デジタル敗戦」と言われる状況に直面している根本問題があるのだ。

 

政府は9月1日、デジタル庁を発足させた。菅義偉首相が就任時に打ち出した「目玉政策」だ。日本の行政のデジタル化が遅れている背景には、「複数の省庁に分かれている関連政策を取りまとめて、強力に進める体制として、デジタル庁を新設」することが必要だとし、「省庁の縦割り打破」をぶち上げた。

霞が関にとって都合がいい「デジタル監」

それから1年、曲がりなりにもデジタル庁はスタートしたが、期待どおりの機能を担うかどうかは心許ない。強力なリーダーシップをもって政府のDXを推進する民間人を据えるとしていた次官級の「デジタル監」には紆余うよ曲折の末、石倉洋子・一橋大学名誉教授が就いた。政府の審議会委員や数多くの企業の社外取締役を務めた72歳。デジタルにはまったくの素人である。かといって官僚機構の仕事の仕方を組み換えられるほど霞が関に精通しているわけでもない。DXのDもXもリーダーシップを執れる人物では、どうやらなさそうなのだ。

残念ながら、仕事のやり方を「変えたくない」霞が関にとっては御し易い人物が就いたということだろう。これまでも日本政府はIT(情報通信)化を掲げてきた。2000年に「内閣官房IT担当室」を設置、その後「内閣官房情報通信技術総合戦略室(IT総合戦略室)」となった。民間出身の「内閣情報通信政策監(政府CIO)」も存在してきた。だが、20年経っても日本政府のIT化は遅々として進まず、新型コロナでその悲惨な実態が顕になった。明治以来の「お役所仕事」のやり方から霞が関の現場が脱却できないことが最大のネックだった。

各省庁にIT知識を持つ人材がほとんどいない

また、各省庁にIT知識を持つ人材がほとんどおらず、システム開発は「ITゼネコン」と呼ばれる外部の大手ベンダーに任せきり、ベンダーは今の仕事のやり方を前提にシステムを組むから、DXからはほど遠いものが出来上がる。しかし、どんなに出来の悪いシステムでも、大盤振る舞いで高額予算を出してくれるのでまさに政府様様さまさま。デジタル庁ができてその利権が失われるかと危惧していたが、どうやらその心配もないと胸を撫で下ろしているだろう。

デジタル庁が音頭をとって作るとしている国と地方の統合システムが、サグラダ・ファミリアと揶揄されたみずほの旧システムのようなことにならないことを祈るばかりだ。