代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

国交省が「流域治水」に転換した

2020年08月25日 | 治水と緑のダム
 先月の7月22日、永田町の参議院の議員会館で、気候危機の時代の水害対策を検討するシンポジウムが開かれました。主催は、参議院議員の嘉田由紀子さんや衆議院議員の大河原雅子さん、阿部知子さん、篠原孝さんなどの国会議員でつくる実行委員会でした。私もゼミの学生たちと受付など会場設営のボランティアをしながら拝聴しておりました。 
 youtubeで動画が公開されたのでシェアさせていただきます。

流域治水の最前線 シンポジウム「温暖化時代の水害政策を求めて」


プログラムは以下のようになっています。
第一部
基調対談 高橋裕著「国土の変貌と水害」から50年
〜治水政策子弟三代から見る日本の河川政策の歴史と思想〜
篠原修(東京大学名誉教授・政策研究大学院大学名誉教授)(9:14)
大熊孝(新潟大学名誉教授)(19:18)
進行:嘉田由紀子(参議院議員、前滋賀県知事)

第二部
講演① 知花武佳(土木学会台風19号災害総合調査団幹事長・東京大学准教授)
「土木学会台風第19号災害総合調査団の提言に見る流域治水」(38:24)

講演② 森本輝(国土交通省水管理・国土保全局河川計画課河川計画調整室長)
「気候変動を踏まえた水災害対策について〜あらゆる関係者が流域全体で行う持続可能な「流域治水」への転換〜」(1:01:09)

講演③ 吉田秀範(滋賀県土木交通部長)・速水茂喜(滋賀県流域治水政策室長)
「滋賀県での流域治水条例制定と今後の課題」(1:20:20) 

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 私も拝聴していました。私にとって、何といっても驚いたのは国交省の河川計画課の森本輝氏の発表でした。(1:01:09から) 

 国交省がはじめて「流域治水」という概念を明確に論じ、流域治水への転換を訴えているのです。「流域治水」とは、滋賀県の嘉田県政のもとで始められた施策です。国の方向性が、滋賀県が目指してきた方向性に合流しつつあります。

 国交省のこれまでの治水計画は、上流のダム建設によって、少しでも洪水ピーク時の河川流量を下げ、河道から一滴も漏らすことなく、海まで安全に流し切るというものでした。しかし近年の豪雨は、その前提をあざわらうかのように、ダムの洪水調節容量を凌駕し、緊急放流を生み、洪水は堤防の計画高水位を超え、甚大な被害を生み出す「破堤」という最悪の事態を頻発化させてきました。もはや従来の国交省の従前の河道主義に基づく治水計画では対処不能になっています。
 
 それに対する滋賀県は、嘉田由紀子県政下で全国の自治体に先駆けて、「流域治水条例」を施行しました。「流域治水」とは、「河道で流し切る」という従来の原則には拘泥せず、しかし「破堤」という最悪の事態を回避するように堤防は強化し、流域全体で雨水の貯留・浸透対策を強化し、「地先の安全度マップ」を作成して水害リスク情報を全県民に提供し、避難計画や避難訓練を徹底し、さらに危険地域での建築に制限をかけ、浸水地域での既存の宅地の嵩上げを支援するなど、流域全体で治水に取り組むなどの方向性です。

 越水破堤が頻発し、物理的に河道内部に洪水を閉じ込めることが不可能であることが明らかになった現在、あふれることを許容しつつも、破堤は許さず、被害は最小限にとどめ、流域全体で洪水を受け止めるという流域治水への転換が必要になります。

 国交省の河川計画課の森本氏の発表のサブタイトルは「流域全体で行う持続可能な『流域治水』への転換」です。管見の限り、国交省が「流域治水」という言葉を使うのはこれが初めてでした。国交省は本年7月から「流域治水プロジェクト」をスタートさせたとのことです。
 国交省の発表資料には、「田んぼダム」などの施策もも含まれています。ちなみに、かつて私が利根川・江戸川有識者会議の委員を務めたとき、利根川流域でも「田んぼダム」を提起しましたが、国交省から黙殺されたものでした。
 
 国交省の方針転換そのものは評価したいと思います。しかし、国交省の施策はいまだ不十分です。越水しても破堤しにくい「耐越水堤防」については、いまだ国交省にとっては禁句となっていて、森本氏の資料には登場せず、質疑応答の際に会場から質問されても、耐越水堤防については言葉を濁して語らず、でした。
 
 これまで国交省はダムとスーパー堤防の整備を優先するため、より低コストで迅速に整備可能な、既存の堤防の強度を高める「耐越水堤防」の技術をお蔵入りさせてきました。堤防を強化するより、ダムで水位を下げることの優先順位が高かったのです。いまでもこの原則にこだわっているようで、「耐越水堤防」は禁句のようです。「転換」も道半ば。

 しかし国交省の施策も変わりつつあり、シンポジウムの基調講演者である大熊孝先生や嘉田由紀子議員らが推進してきた理念と歩み寄りを見せつつあります。少なくとも一歩前進でしょう。

 

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